陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(一)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

レースを編んだような梢の影が、フロントガラスに投げられていく。
影の編み目から漏れた夏の陽光が、ちらちらとゆるやかなガラスの曲面に弾かれていた。

道の片側の街路樹から伸びた翠の闇が、快速で走る一台の車を包んでいく。昼下がりの陽ざしに、そして二時間を超えるドライブに、黒いボディはほどよく温められていた。
ナトリウム灯のオレンジ光をびっしりと浴びせるトンネルの数分間を終えてからこのかた、指二本分の車窓の隙き間からは山草の青い香りが伝わってくる。
まっすぐと長い一本道で、しばらくおなじようなのどかな景色が続いた。自動操縦に切り替えてもだいじょうぶそうな、安全に舗装された道路。
いつも安全運転でよそ見をしない主義の運転手は、フロントミラーを覗きこんだ。

「…あれ、いない? ヴィヴィオ?」
「はぁーい。ここだよー」

返事は頭の後ろからした。運転席のシートの頭に両手をやって、少女は微笑んでいた。フロントミラーに、大小の顔を並べたふたりが映る。

「なんだ、私の真後ろにいたの?」
「うん」

ヴィヴィオと呼ばれた少女は、運転手の側の後部座席で窓を背に、無造作に足を投げ出して座っていたらしかった。お昼間なのに一転、夕陽の世界に放りこまれたかのようなトンネル走行時には、あれほど騒いでいた少女も、いまはおとなしい。おとなしいとはいっても、車酔いしてぐったりしているというわけではなさそうだ。
チャイルドシートを去年卒業したというか、使うべき時期すらほとんどなかったに等しい彼女は、今日は好んで後部座席に陣取った。「助手席はなのはママの指定席なんだもん。だから空けておくの」なんて、殊勝なことを口にしながら。

「後ろでもね、ちゃんとシートベルトしておかないと危ないよ」
「フェイトママも、ヴィヴィオに気をとられていると危ないよ」
「…ひゃ?!」

首の後ろに、点のような感触が走る。シートの頭部と胴体の隙き間から、ヴィヴィオが指を出してきたのだ。小突いたり、こそばゆくするだけならまだいい。ヴィヴィオときたら、フェイトの眼前に、Cの字にした両てのひらでつくった眼鏡をかけてやった。当然ながら、幼児の指輪っかから見える世界はあまりに小さい。

「うわわッ!」

うっかりハンドルを切りそうになって、センター車線をはみ出しそうだった。たまたま対向車が来ず、前後にも車がいなかったのが、これ幸い。常日ごろはクールを気どっている執務官もこれには、いやな汗をかいた。
焦るハンドル操作の運転席の後ろでは、手を離した少女がくすくす笑い。シートの隙き間から後ろに流した運転手の黄金の髪を、指にくるくる巻いて弄んでいるようである。

「ほらほら、危なかったよね~?」
「…ヴィヴィオ。おとなしくしてないと、なのはママにあとで報告するよ。きょうは悪い子だったって」
「ごめんなさい。もうしません」

運転手がすこしいじわるな低い声で牽制すると、ヴィヴィオはすなおに引き下がった。
実の母子ではないが、ふたりにはそれなりの共通点があった。左目の紅さ、色素の薄い髪、お風呂場で欠かせないシャンプーハット(さすがに二十歳過ぎのフェイトはもう頼ってはいないが)──そして精神のアキレス腱、高町なのは。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「てのひらの秋」(二) | TOP | 映画「心の旅路」 »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは