陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(十四)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


映像通信技術が高度に発達しているミッドチルダの世界には、そもそもビデオだのDVDだのCDだのという、旧型のパッケージメディアは存在しない。人びとは美しい画質の大容量の映像や音楽を、ストレスなく家庭用の大型ディスプレイはおろか、指環ほども小さな携帯用のデバイスで楽しむことができる。とうしょ公務用に限定された無線のエアモニタ回線は、近年一般層にも利用の輪を広げている。

ところが、地球すなわち第九十七世界をはじめとした著作権に少々うるさい地域では、すぐれた映画やドラマ、アニメーションが発達したがために、無節操にこうした放送網に乗せるのをよしとはしない。しかも検閲の厳しい管理局下にあっては、すこしでも暴力描写やお色気シーンを含む映像は流通しがたい。したがって、現在もなお、ビデオテープ、CD、DVDというきわめてレトロな媒体に収録して、出荷されている。このレンタルビデオ店も、とくに地球圏の映像作品をあつかう輸入盤ショップのひとつ。レトロもいいところで、いまでは骨董品扱いのレコード盤やカセットテープまで飾られている。しかし、なぜ、こんないかがわしいビデオの多い、ミッドチルダの北端の、閑散としたお店を選んだかといえば。こういうお店に限って、若い女性や子どもの好みそうな作品はあまりレンタルされないので、テープに痛みが少ないからだった。

背丈をこえる棚の高さの最上段にまで、ところ狭しとビデオが並べられている。圧迫感を感じさせないように、天井を鏡張りにして店内を広く見せているが、これは商品をくすねる客を監視する役割も果たしているのだろうか。死角にはいりこんだ人影も拾うように角度をつけている上方のミラーの鈍い反射に向かって、ヴィヴィオは大きく手を振って、フェイトは身だしなみがおかしくないかさりげなくチェックした。

フェイトのお目当てのドラマコーナーと、ヴィヴィオが向かうであろうキッズコーナーとは隣接していた。
黄色や桃いろや赤の、子供らしい色づかいのPOPに関心をひかれたヴィヴィオは、ひとりでに繋いでいたフェイトの手をするりと抜けだしていた。とはいえ入口の計量システムからするに、ヴィヴィオがかってに外に出たりする心配はいらない。

運のいいことにドラマコーナーの客入りはまばらだった。
執務官補佐のシャーリー肝煎りのビデオのタイトルを、隙もなく目で追って探す。この店を教えてくれた副官は、店内の見取り図まで渡してくれた手の施しよう。しかし、日ごろこの類の店に行き慣れないフェイトは、目当ての一本を見出すのにずいぶんと手間取った。それも、そのはず、この店はつい二日ほど前に配置を入れかえたせいで、シャーリーの親切はフイになってしまっていたからだった。

「ハルノカナタ、ハルノカナタ…う~ん、ないなぁ」

それを口にすれば向こうさんから、のこのこ顔出ししてくれるわけでもあるまいに。いつもの癖で探索のターゲットの名前を呼んでしまう。膨大なファイリング資料からデータを抜き出すのがいやさに、欲しいものをつぶやくと、書類の位置をくまなく把握しているシャーリーが数秒と経たない間に用意してくれるのが常だった。JS事件以後おもてだった重要犯罪はないが、それでも法典の改正や過去の判例の調べ物などは多い。検索魔法要らずの有能な補佐役に、フェイトの煩雑な事務処理は助けられていた。


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「てのひらの秋」(十五) | TOP | 「てのひらの秋」(十三) »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは