陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(十五)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは


すぐ先には、カートにたんまり載せた返却済みのビデオを棚に配架しているスタッフの姿。だが、声はかけづらい。
やはりあのアトラクションの受付の女性とおなじ顔が、まさしくロボット然として黙々と作業をこなしていた。この店に実在する客や従業員よりも、視線をさらっていくように現れる映像のパッケージに描かれた人物たちのほうが、ほんものように活き活きとして見えていた。

ここに陳列された幾多のドラマよりもなお、手加減できない人生を生きてきたフェイトであるけれど、つくりおきの刺激的なストーリーを借りに来れるほどゆとりのある日常を送っている自分が、どこかしら自分でないような気もするのだった。それはやはりなにごとにも全力全開のパートナーがここにはいないせいだったろうか。

視線をタイトルに擦り付けるようにして、一帯を巡ってみても、求めているものは見つからない。
さっきから一つところで動こうとしない若いカップルの背中越しに、「春…」という文字の頭がみえた。それを手にしていた男のほうは、フェイトの懇願するようなまなざしを感じて、あきらめ顔で女の肩を抱き寄せつつ、立ち去ってしまった。棚に戻されたタイトルを確かめたフェイトはがっくり肩を落とした。一致したのはタイトルの頭一文字だけだった。思わず追い払ってしまった先客にも悪いことをしたうえ、また足を棒に振るような捜索を続けねばならないかと思うと、気が重くなる。しかし、いくら舐めるような視線を送ろうが、目的のタイトルはヒットしない。
文字の羅列を追いかけるのに疲れたフェイトは、倦んだ視線をあちらこちらへとさまよわせていた。棚に並んだビデオケースの背が、指で押すまでは音のわからない鍵盤の歯のように思える。

もう、適当に目についたものでいいやと諦めつけて見るともなしに棚を眺めていた折、その一角の床に座り込んでいる子どもを目にした。トラ柄のフードをかぶっていて顔はよく見えないが、ヴィヴィオよりは小さく年の頃五歳といったあたり。ひょっとしたら同伴の親とはぐれたのだろうか、と心配を深めつつ観察していると、幼児はなんと、ビデオのケースから中身をとりだして別のと入れかえっこしていた。万引きするのとおなじくらいタチが悪い。

「ちょっと、君。そんなことしちゃだめ…」
「あっれ~? フェイトちゃんじゃない?」
「…!」

いたずらっ子に注意のひと声をかけようとしたフェイトは、聞き覚えのある声にはたと制止した。
他人に関心を持たれないために、来客やスタッフをのっぺらぼうのマネキンのように眺めていたフェイトには、その声の主がありありと正体を現してきた。


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