江戸よりただいま!です。
人の波をかき分けて歩かなきゃいけない街、階段も多いしね。
万歩計つけて歩いてみればよかったなぁ。
が江戸で生活するようになって10年目。
おかげで江戸へは数え切れないくらい行ってるけど『旅行』という感覚はなし。
でも今回は姉と一緒だったので 【旅行記】 を書こうと思ってます。
今日はのお芝居の話を書こうかな。
『特攻隊の話』とだけしか聞いてなくて・・・なに?このタイトル・・・わからんなぁ。。
観て納得。
怖がらず、目をしっかり見開き『操縦桿を思いっきり押さえろ!そして突っ込め!』の【オサエロ】だったんです。。
泣けました・・・涙がポロポロ頬を伝いました。
「なんて無意味なことを! 将来ある若者の無駄死ではないか!
彼らはどんな気持ちで自爆していったのか・・・つらかったろうに・・・」
『特攻隊』については、今までそんなふうにしか思わなかった。
今回、演出家・脚本家のお二人の『特攻隊員』への思いの下、彼らのセリフや演技が決まり芝居が行われたわけで、それが真実・すべてではないことはわかる。
でもあの時代においては『特攻隊員』であることを誇りに思っていた若者たち。
そして笑顔でゼロ戦機に乗り込んでいく若者たち。
遺書には、
「この手紙が届く頃はもうこの世にはいません。
でも悲しまないでください。
『バンザイ!』と喜んでください、お願いします」
いや、そう思い込まざるを得なかったのではないか。
実際にここに登場する隊長のセリフ・・・
「日本人の最後のプライドを示そうではないか!
犬死・無駄な死を役人たちが日本の将来を真剣に考えるきっかけになればよい。
オレたちは将来日本が良くなるために、二度と同じ過ちを繰り返さないために、
これからの子どものために、そして孫のために死んでゆくのだ!」
確かにそれ以来日本は戦争がない国になった。
そういう意味では彼らの死は無駄ではなかったと思う。
しかし、今現在の社会、これからの子どもたち・孫たちに遺せるものはあるのだろうか。
ボロボロになった日本しか遺せないのではないだろうか。。
こうして若者たちが、かつて日本でも悲惨な戦争があったことを、なんらかの形で伝え残していくこと・・・とても大切だし意味のあることだと思う。
芝居でも映画でもいい。
というワタシも戦争は知らない・・・(戦地に赴いた父の話は何度も聞いたが)
『自分のことしか考えてないワタシ』はそんなこともアタマを掠め、考えさせられたお芝居だった。
【天人菊】・・・【特攻花】と呼ばれる所以。 (【大天人菊】かとも思うのですが)
突撃する途中、喜界島上空で【天人菊】の種を落とすことが約束だったらしい。
なぜそういう約束事が出来たのか、ちょっと理解できてないワタシです。
お芝居がすんだらに聞いてみよう。
あと2日間・5回の公演、みんなガンバレ~
声枯らさないでないでね~