歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「御所五郎蔵」 ごしょ ごろぞう (曽我綉侠御所染)

2015年12月05日 | 歌舞伎
「曽我綉侠御所染(そがもよう たてしのごしょぞめ)」というのが正式タイトルです。
タイトルの意味は下の方に書きます。

江戸末期の名作者、「河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)」の比較的初期の作品になります。

初演時はもっと長い作品で前後編になっており、
前編部分はとあるお大名家の話です。
お家騒動とかお花見でイケメン若衆が立ち回りとかお殿様の正妻の母親がお妾をなぶり殺しとか怨霊の祟りとか山賊とか殺人事件とか姉妹の敵討ちとか実は姉妹じゃなかったとか妖術使いとか「だんまり」とか
これでもかというイキオイで盛りだくさんなのですが、
盛りだくさんすぎて内容が薄く、今は出ません。

後編は、都での遊郭の場面になります。
これも、もともとは前半にお殿様と遊女の恋模様があります。
今はここもまるごとカットになり、
お殿様の以前の家来で今は侠客(きょうかく、やくざさん)の「御所五郎蔵(ごしょごろぞう)」に関する、後半部分だけが出ます。

いちおう前半(後編の前半)をさくっと書きます。

「浅間巴之丞(あさま ともえのじょう)」は東北にあるお大名家の「浅間家」のお殿様です。
今年は都での在番にあたるので都にやってきて、暇なのでたまに遊郭の見物にやってきます。
「浅間家」では以前お家騒動があったのですが、なんとか解決して反乱分子は追放されました。
追放された首謀者の「星影土右衛門(ほしかげ どえもん)」は、今は子分を連れて遊郭に出入りしています。
じつはいまだに浅間家を狙っており、お殿様の浅間巴之丞をケンカに見せかけて殺そうと仲間をけしかけます。

1回めの襲撃は、同じ遊郭を縄張りとする侠客の「御所五郎蔵(ごしょ ごろぞう)」が助けました。
このとき「五郎蔵」が「巴之丞」さまに、昔の家来であると名乗ります。
ここまでの部分は初演時の台本にもじっさいの場面はなく、セリフで説明されるだけです。

2回めの襲撃からお芝居は始まり、これはお供の家来たちが追い散らします。
さらに襲いかかってきた奇襲隊を巴之丞さまが自力でやっつけます。ふつうに強いです。

居合わせたのが全盛の遊女の「逢州(おうしゅう)」です。
お互い意識していたふたり。この事件がきっかけで急速に仲良くなります。

「逢州」と仲がいいのが遊女の「さつき」です。
「さつき」は「御所五郎蔵」の妻です。
浅間家の奥女中でしたが、同じく浅間家の家来だった五郎蔵と恋仲になりました。
お屋敷内での恋愛は厳禁なのでお手打ちになるところを奥様のとりなしで夫婦にしてもらい、追放され(してもらい)ました。
というわけで五郎蔵夫婦は浅間家に非常に恩と義理があります。

浪人しているうちに五郎蔵が病気になったのでさつきはしかたなく遊郭に身売りしました。
五郎蔵は元気になりましたが身売りの年季(契約期間)が残っているので、さつきはまだ遊郭にいます。
さつきはもとが武家屋敷にいたのもあり、今の境遇を悲しく思っています。

「逢州」も、じつは浅間家の関係者だったという話があり、
また、「逢州」の生き別れた妹というのが、巴之丞さまのお妾の「時鳥(ほととぎす)」で、
この「時鳥」が殺される場面が前編部分の山場なのですが、
この「時鳥」が幽霊になって巴之丞と逢州に会いに来るという場面があります。

この前半部分で、主人公が「御所五郎蔵」と呼ばれるようになった由来も語られますが、
ストーリーには関係ないので下の方に書いときます。

ここまでがまるまるカットです。
ここまでは、前編の続きのような内容で、ここで前編のものがたりが収束します。
以降のストーリーはむしろ、別な人物が主人公のサイドストーリーのようなかんじです。

なので前半に何があったかわからなくても、わりと混乱せずに見ることはできるのです。

さて、前半のできごとからしばらくたちました。
お殿様の巴之丞は、あまり遊郭で遊んでもいられないので反省して今はまじめにお屋敷にいます。
というわけで、現行上演では巴之丞さまは出ず、
主人公の「御所五郎蔵」の昔の主君としてセリフに出てくるだけです。

場面は前と同じ遊郭です。
「五条の遊郭」と実在しない名前がついていますが、これは吉原の中に大通りが5本あったことを暗示しており、
ようするに吉原のことです。
仮花道が作られ、舞台への花道が2本ある構成です。

出前のお兄ちゃんと按摩(あんま)のおじさんとの楽しいケンカの場面が冒頭にあり、
両方の花道から、それぞれ主人公の「御所五郎蔵(ごしょ ごろぞう)」とその子分、
敵役の「星影土右衛門(ほしかげ どえもん)」とその子分が出てきます。
双方が花道に立ち止まって、早春の遊郭の美しい様子、この街は四季を通して美しいということ、
そして何より美しいのは遊女たちだ、というようなセリフをいいます。
ここでの周辺の景色や街の描写は完全に吉原のものです。

このセリフは「渡り台詞」になっており、
東西の花道に並ぶ面々が順番にセリフを言います。
双方の花道のあいだでは会話はしていないのですが、
てんで勝手にセリフを言っているのが偶然つながって文章になっている、というかんじの楽しい演出で、
これは作者の「河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)」の得意技です。

さて
このふたりの関係はわりと複雑です。
・もともとどちらも「浅間家」のお侍で同輩。
・武士だった五郎蔵と奥女中だったさつきちゃんが恋人だったとき、土右衛門は横恋慕していた。
・ふたりの仲をバラして追放させたのは土右衛門。
・どちらも吉原を縄張りとする男伊達(ヤクザさん)の親分をやっているのでお互いがじゃま。
・土右衛門の子分が巴之丞さまを襲った時、阻止したのは五郎蔵。
・そのとき五郎蔵が土右衛門の子分たちをボコボコにした。

というかんじで、お互い遺恨がある間柄です。

星影土右衛門は五郎蔵に話があると声をかけるのですが、
お互いに「こっちに来い」と言って意地をはるところで双方の緊張感が伝わります。

ふたりの会話内容は

・昔の話をチラっと。
・五郎蔵が土右衛門の子分を殴った。土右衛門は仕返しをしないといけない立場。
・しかし土右衛門仕返しはしない
・その代わりに、遊女になっているさつきちゃんの客になるから文句を言うなと言う。
・五郎蔵は、仕返しが怖くて女房を自由にさせたとウワサになったらみっともない
・身請けしたければすればいいが身元保証人は夫の五郎蔵なので、土右衛門と結婚はさせない。
・さつきちゃんには手出しさせないから好きなだけ仕返しに来いと言う。

こんなかんじで交渉は決裂してケンカが始まりますが、
茶屋の若主人が出てきてとめに入ります。

ここは女主人でも若主人でも年取った主人でも、通りがかりの鳶の者でもなんでもよく、
その上演時の座組の中でふさわしい役者さんがこの役をやります。
ケンカするふたりよりも立場が上の役者さんか、その息子さんか、上方からの客演の大物の役者さんか、
そういうかんじです。
だいたい、ふたりをとめるセリフの中にお客様へのあいさつを混ぜ込みます。
お芝居の一部でありながら、客へのサービス的な意味合いもある部分です。

ここはふたりはケンカをやめ、五郎蔵は用事があるので退場。
若主人に誘われて土右衛門は一杯飲みに茶屋に入っていきます。


場面は変わって茶屋のお座敷です。

今日の客はなんだかガラが悪いみたいな従業員の悪口があります。土右衛門とその子分のことです。

さつきちゃんもここでお座敷に出ています。
新しい客がさつきちゃんを呼びたがっています。なんか得体が知れないので断りたいさつきちゃんなのですが、
その客というのが、星影土右衛門です。
五郎蔵に断られたのでさつきちゃんに直接交渉に来ました。

しかし、さつきちゃんは遊女ではありますが「お座敷だけ」という条件でお仕事をしています。
もともと遊女というのは、夜のお相手もするのですが、その前にお座敷で盛大な宴会をするほうがメインなのです。
夜の相手は断ることもでき、布団に入ってからでさえ「今日はしたくない」と言って「しない」権利を持ちます。
断られても通ってくる男はあまりいないのでそうそう行使できない権利ではありますが、
どうしてもイヤな相手なら断れるのです。
さつきちゃんは五郎蔵という夫がいるので、あまり稼げないのは承知の上で、顔がキレイなので
「お座敷だけ」の条件で仕事をしているという設定です。

というわけで、さつきちゃんは自分は客とは寝ないということ、
それでなくても夫の五郎蔵と遺恨のある土右衛門の相手をするはずがないということを言って
さくっと土右衛門を振ります。

悔しがる土右衛門ですがこの場はどうしようもありません。

ところで土右衛門は悪役なのですが、さつきちゃんに対しては非常にまじめです。
五郎蔵と正式に夫婦になったと聞いて一度はあきらめたが遊女になったと聞いてまた来た。
ずっと好きだった。ちょっとはわかってほしいというかんじでむしろ同情したいくらいです。
ここでも悔しがりながら力づくでとは思わず、
お座敷だけでも何度でも呼んでお金と時間をかけて口説く決意を語ります。


また場面が変わって茶屋の入り口になります。
さつきちゃんと五郎蔵との会話です。

五郎蔵はずっと忙しそうなのですが、じつはかなり困っています。
昔の主君の巴之丞さまのことです。
巴之丞さまはしばらくこの遊郭に出入りしていたのですが、いまは真面目にお屋敷にいます。
それはいいことなのですが、遊郭で遊んだ支払いがまだなのです。百両。現行上演だと二百両かも。
今出ない前半部分で「国に戻ったら奥州ちゃんとさつきちゃんを身請けしてあげるから」と言っているので、
そのときに支払いも一緒にするつもりなのだと思うのですが、
店の支払期限は過ぎています。
巴之丞さまが店に来ればそのとき言えばいいのですが、お屋敷にいては会えないので
お屋敷に行って取次の役人に言わなくてはなりません。
それはちょっと、お殿様の立場的にまずいです。

というわけで、五郎蔵はかわりにその百両を返そうと思っています。
しかしなかなか百両というお金はできません。
初演時の感覚で今の600万円台前半かと思います。
その支払期限が今日なのです。困った。

それを聞いたさつきさんが、自分もお客さんに聞いてみるから。と請け合います。
なんとか頼む、と言いながら自分も金策に出掛けていく五郎蔵です。

ここに、土右衛門の手下たちが五郎蔵に襲いかかり、五郎蔵が軽く撃退する場面がつきます。
わりと取ってつけた感がありますが、
五郎蔵は「侠客」という設定のわりに実際にケンカをする場面が一度もないので、
ここにかっこいい動きを入れたのだと思います。


またお座敷の場面になります。

なんとかしてみると請け負ったさつきさんですが、アテはまったくありません。
なにしろ「夜のお相手」をしませんから、キレイで客あしらいはいいのでお座敷の声はかかるのですが、
「なじみの客」というのはいないのです。
困っていると、百両貸してやろうという声がします。
驚き、喜ぶさつきさん。
しかし、そう、その相手は、月影土右衛門です。

土右衛門が出した条件は、五郎蔵と別れて自分を客として取れというものです。
もちろん身請けを視野に入れています。

全力で断りたいさつきちゃんなのですが、
とにかくその百両のお金は必要です。他にアテはありません。
五郎蔵の性格からしてお金ができなかったら死んでおわびとか言い出しかねません。

さつきちゃんは夫を助けるために土右衛門の条件を飲む決心をします。
もちろん土右衛門に身請けされて妻になる気はありません。
お金を五郎蔵に渡したら自分は死んでしまうつもりです。
そこまでとお思いかもしれませんが、さつきちゃんは死ぬ前に五郎蔵にほめてもらえれば満足なのです。

というわけで、さつきちゃんは土右衛門が好きになったフリをします。
そこまで思ってくださっているなんて知らなかった。
その献身的な男気に惚れた。
よく考えたら無茶ぶりばかりしてお金はないから自分に負担をかける五郎蔵より
土右衛門さまのほうがずっといい。

というか本当にそうだと思うのですが、当時の言い回しに「恋は思案の外」というのがありまして、
ほんとうに、理屈ではありません。

土右衛門が望むままに、五郎蔵への「退き状(のきじょう)」、お別れの手紙を書くさつきちゃんです。
ここでさつきちゃんは、一度手紙を書き損じてその部分を破って捨て、もう1枚書きます。
ここはわりと大事なところで、
先に書いたほうは、じつは五郎蔵に事情を説明する手紙なのです。
最後は自分は死んでしまうつもりなので遺書にもなっています。

さつきちゃんは、「退き状」が五郎蔵の手に渡る前に、この手紙をこっそり五郎蔵に渡すつもりだったのです。

しかし、なんと五郎蔵がちょうど折り悪く、この場にやってきてしまいます。
借金取りの茶屋の若い者と一緒に、お金の工面ができたか聞きにきたのです。
事情を説明するヒマもありません。ものすごく困るさつきちゃん。

手下たちが五郎蔵に「退き状」を渡してしまいます。驚く五郎蔵。
しかし百両は必要です。あとには退けないさつきちゃん。
しかたないので大勢の前で五郎蔵を振ります。いわゆる「縁切り場」という場面です。
この場は土右衛門を納得させなくてはならないので、かなりひどい事を言いつつ、
細かい言い回しや表情で五郎蔵に真意を伝えようとするのですが、五郎蔵は気付きません。

しかも、百両のお金を渡そうとしても意地になって受け取りません。まってそれじゃ意味ない。
茶屋の男は約束のお金返してと言うのですが、五郎蔵はヤケになっており、
女房のさつきちゃんが義理を捨てたのだから自分も義理も忠義も捨てる。借りた金ももう返さない。
そう言って暴れはじめます。ここにいる全員斬ってしまうぞ。

ここに、「逢州(おうしゅう)」ちゃんが出てきて五郎蔵を止めます。
逢州ちゃんは現行上演ではここで初めて出るのでわかりにくいですが、
五郎蔵の主君にあたる巴之丞さまの恋人です。最終的にはご側室になると思われます。
なので五郎蔵は逢州ちゃんの言うことは聞きます。
ここはおとなしくなる五郎蔵。
しかし、そのうち仕返ししてやるからな、と言って帰って行きます。

去り際に土右衛門に向かって言うセリフが有名なやつで、
「三十日(みそか)に月が出る遊郭(さと)も、闇があるから覚えていろ」
です。

「遊郭」を「さと」と呼ぶのは慣用句です。
当時の日本は太陰暦を使っていましたから(正確には太陽暦と併用)、月の満ち欠けと日付が一致しています。
一日(ついたち)は新月、十五日は満月、三十日(みそか)は月がなくて真っ暗です。
しかし遊郭は、毎晩明かりがともっているので、月がない日でも月が出ているかのような明るさです。
これを「三十日に月が出る遊郭」と表現したのです。
そんな夜も明るい街でも、暗い場所はあるものです。そういう場所を通るときを狙って襲ってやる覚えてろ。
という意味のセリフです。

五郎蔵退場。

五郎蔵に真意が伝わらず、しかもお金も渡せなかったのでショックを受けるさつきちゃんは
癪(しゃく)の発作を起こします。胃痙攣とかそういう系統です。痛そうです。

動けないさつきちゃんですが、土右衛門にしてみると、せっかくさつきちゃんを手にれたのです。
さっそく見せびらかしたいです。
なので一緒に歩いてなじみの茶屋のお座敷に行きたいと言いはります。こまるさつきちゃん。

ここで逢州ちゃんが助けに入ります。
自分がさつきちゃんの打掛(うちかけ)を着て、さつきちゃんの紋所が入った提灯を持って一緒に行く。
夜で暗いからさつきちゃんに見えるだろう。
土右衛門の顔も立つ。さつきちゃんはしばらく休める。というわけです。
納得する土右衛門。

お礼をいうさつきちゃん。自分の打掛を渡すときに、そっと五郎蔵への手紙も逢州ちゃんに渡します。
五郎蔵は逢州ちゃんの言うことなら聞くので、どうにか手紙を渡して読ませてほしいのです。

逢州ちゃんが土右衛門たちと退場します。

心配そうに見送るさつきちゃんのひとりごとがあります。


ちなみにですが、今出ない序盤冒頭の部分で、巴之丞さまがちょっと欲しい茶道具を買うために
小銭のようにぽんと百両出す場面があります。
もともと、お殿様にとってはその程度のお金なのです。
その百両という額のために五郎蔵夫妻はここまで苦しむことになります。
本当は冒頭の百両のエピソードも含めての、このお芝居なのだと思います。

この幕おわりです。


遊郭の夜道の場面です。
遊郭用語に「退け(ひけ)」というのがあります。
「退け」の時間になるとお座敷での宴会がおしまいになって店の入り口は閉まります。夜10時頃です。
お客さんはみんな寝ます。おふとんタイムです。
時刻は「退けすぎ」なので茶屋の灯もあらかた消え、暗いです。

逢州ちゃんは土右衛門や手下たちと一緒に茶屋に向かってあるいています。
五郎蔵が襲いかかります。
そう、逢州ちゃんをさつきちゃんだと思ったのです。
持っていた提灯が消えるので真っ暗になり、ますます気付けません。
逢州ちゃんを斬り殺してしまう五郎蔵。
このとき、逢州ちゃんが持っている手紙と五郎蔵が持っている「退き状」が入れ替わります。

五郎蔵は土右衛門にも斬りかかりますが、土右衛門はじつは妖術使いなので妖術を使って逃げてしまいます。
この妖術の部分は今は出ない序盤からの伏線になっています。
今はここで急に妖術を使うのでわかりにくいかもしれません。そういう設定なのです。

通しで出すとき以外は、ここで五郎蔵と土右衛門が斬り合っている動きで見得になり、おわります。

通しで出すときは、五郎蔵は逢州ちゃんの首を切り落として持って逃げます。

最後の幕に続きます。



五郎蔵内(ごろぞう うち)の場

五郎蔵の家です。けっこう小奇麗です。

五郎蔵の子分たちが五郎蔵が起きるのを待っています。もう夕方です。
奥の部屋には五郎蔵の母親の「お杉(おすぎ)」さんが寝ています。病気です。

ちょっとお杉さんの身の上の説明があります。

五郎蔵はもと武士ですから、お杉さんももとは武士の妻です。
しかし五郎蔵が小さいころに浮気をして家出しました。そのままあちこち流れ歩き、
遊郭で「遣り手(やりて)」という仕事をしていました。

「遣り手」というのは「遣り手ばばあ」とも呼ばれ、、遊女たちを仕切ってお座敷への割り振りを決める人です。
遊女たちの性格を把握しておだてたり叱ったりして働かせるタフな仕事で、裏街道的な人生経験が必要です。

お杉さんは逢州ちゃんのいる遊女屋にいたことから五郎蔵と再開し、
以来、五郎蔵はお杉さんを引き取ってやさしく面倒をみています。
いまはお杉さんは病気なので、手下たちが薬を煎じています。
お杉さんも過去を反省して、今は仏様のように優しい性格です。

ちなみにですが、初演では、敵役の「星影土右衛門」とこの「お杉さん」は、同じ役者さんがやっています。

やっと五郎蔵が起きてきます。
手下たちが昨晩の事件の話をします。すでに大騒ぎです。
逢州ちゃんが殺されたと聞いても五郎蔵は信じず、死んだのは誰か他のやつだろうと言います。

全体に五郎蔵は挙動不審で、
前の晩遊郭にいたはずなのに事件のことは知らないと言い張るし、事件の話をすると怒りだします。

ふと見ると畳に血が付いています。あわててお茶をこぼして拭き取る五郎蔵。
しかもこぼしたのを子分のせいにして怒ります。
さすがに呆れる子分たち。

怒りにまかせて五郎蔵は子分たちを全員家から追い出します。

子分たちは五郎蔵の様子がおかしいことに気付いています。
理由も見当がついています。昨晩の殺しに五郎蔵は関係しているのだろう。

彼らも侠客の子分たちです。親分に命をあずけています。
親分である五郎蔵が犯罪者になったからと言って見捨てることはしません。
なので悩みがあるなら自分たちに相談してほしいと言いますが、
五郎蔵はさらに怒って子分たちを追い散らし、
やむなく子分たちは逃げて行きます。

さわぎを聞いて、奥の部屋で寝ていた母親のお杉さんが心配して出てきますが、
五郎蔵は心配ないと言ってごまかして奥に追い払います。

誰もいなくなったので、五郎蔵は持って来た首を出して見てみます。
ここで初めて、五郎蔵は間違って逢州ちゃんを殺してしまったことに気付きます。
驚く五郎蔵。

さて、殺したのが逢州ちゃんですと、「間違えて殺して申し訳ない」以外にも大きな問題があります。
他の女の人ならまだよかったのですが、逢州ちゃんはまずいです。

逢州ちゃんは五郎蔵のもとの主君(今も心情的には主君)の浅間巴之丞(あさま ともえのじょう)さまの恋人だからです。
主君の恋人、ゆくゆくは側室になるであろう人を殺したのもまずいのですが、
世間の人はたぶん、巴之丞さまの廓通いが目に余るので、やむなく家来が逢州ちゃんを殺したと思うに違いないのです。
巴之丞さまは今は真面目にお屋敷にいるのに、世間は廓で遊び呆けていたと思い込むでしょう。
巴之丞さまに恥をかかせることになってしまいました。
そういう意味で、ものすごく主君に対して申し訳がないことを五郎蔵はしてしまったのです。

さらに、五郎蔵は殺した時に間違えて持ってきたさつきちゃんの手紙に気付きます。
書き置き、遺書です。
やっと五郎蔵はさつきちゃんが百両のために星影土右衛門になびいたふりをしたこと。
あとで死ぬつもりだったことを知ります。

カっとして後先考えすに行動した自分の自業自得とはいえ、なんという巡り合わせの悪さ。
不運をなげいて悔し涙を流す五郎蔵です。

さて、この部分はカットかもしれませんが一応書くと、
ここに、門付芸人(かどつけげいにん)のふたりがやってきます。女の子と男の人です。
家々の玄関先で唄を歌ってお金をもらって歩く人たちです。
さっき子分たちもちょっと話をしていたのですが、逢州ちゃんの事件はビックニュースなので、
すでに唄が作られて流しの芸人が歌って歩いているのですが、
歌っているのが、まさにこの二人組です。

逢州ちゃんは恋の恨みで殺されたという設定になっており、殺される様子も詳しく歌われています。
もちろんでっちあげなのですが、
自分が殺した逢州ちゃんがネタにされているのがつらい五郎蔵です。
とりあえず仏壇にあった母親の財布から小銭をやって追い払います。
この二人が、何か事情があるのか物陰に隠れます。

というこの部分は、今出ない前半部分を受けているのでカットかもしれません。


さて五郎蔵は死ぬつもりです。
死ぬ理由を書き置きに残します。

ここにさつきちゃんがやってきます。事件を聞いて五郎蔵のしわざだと確信し、
遊郭を抜けてやってきました。
五郎蔵が心配なのと、とにかく百両を五郎蔵に渡すためです。

しかし五郎蔵は、さつきちゃんとは縁を切ったのだからもう妻ではないと追い返します。
もう忠義の心もなくなったから百両もいらない。出て行けと言います。
母親のお早さんも出てきて仲裁しますが、五郎蔵は話を聞かず、
さつきさんはもちろん、病気のお早さんまでも追い出してしまいます。

途方にくれるふたり。

中にいる五郎蔵は、本当に怒っているのではありません。
自分は罪人ですから、このまま腹をきるつもりです。
子分も家族も、めいわくがかからないようにわざと追い出したのです。

五郎蔵は腹を切ります。
同時に外でもさつきちゃんが、短刀を胸に突き刺して自害します。
おどろいた母親のお早さんが体当たりで玄関の戸を倒します。
双方が自害したことを知るふたり。

五郎蔵とさつきちゃんは、それぞれ自分が死ななければならない理由を語ります。

お早さんは、こんなつらい思いをするのは自分のこれまでの悪行の報いだと思い知ります。

五郎蔵を捨てて家出したお早さんは他の土地で新しい夫を暮らすのですが、
そこで生まれた子供が旅先で迷子になり、違う子供と入れ替わります。
お早さんは入れ替わった子供を虐めたあげくに追い出します。

この子が、巴之丞さまの死んだ側室さんなのですが、このセリフもカットかもしれません。

ここに、さっき隠れていたふたりが出てきます。
カットかもしれませんが一応書くと、

死んだ逢州ちゃんには妹がいました。
本当の姉妹ではなく、妹の「やどかり」ちゃんは小さいころに旅先で入れ替わって逢州ちゃんの家に来ました。
実の妹はどこにいるかわかりません。
実の姉妹ではありませんがふたりは仲良く育ちました。
ふたりの父親が悪人に殺されました(母親はもういなかった)。
ふたりは敵討ちの旅をしましたが逢州ちゃんは悪者につかまって遊女に売られました。
妹の「やどかり」ちゃんはそのまま、家の下男だった「切平(せっぺい)」と旅をし、
お金がないのでこうやって唄を歌っています。

というわけで、この「やどかり」ちゃんが、お早さんの実の娘です。
お早さんの財布とやそかりちゃんの財布が同じ生地で作られていたので気付きました。

「やどかり」ちゃんは死んだ逢州ちゃんとは一緒に育った義姉妹です。
「やどかり」ちゃんと入れ替わった実の妹が、お早さんに育てられて虐められ、
いろいろあってお殿様の側室になった子です。

わかりにくいと思いますが、もしこの部分が出ても正確に把握する必要はありません。
正直、わからなくてもお芝居にそれほど影響はないです。

「やどかり」ちゃんはお早さんと母子の対面をし、死んだ逢州ちゃんの首とも悲しい対面をします。

さつきちゃんが持ってきた百両は「やどかり」ちゃんに託されます。
この子がお早さんの世話をすることでしょう。
一緒にいる男の人について「誰?父親?兄?彼氏?」とか思ってしまいそうですが、
「家来」です。脇役です。初演でけっこういい役者さんがやっていますが、ただの「家来」です。

さて「やどかり」ちゃんは、
今出ない前半部分で父親を殺した敵を追っているのですが、手がかりがほとんどありません。
唯一の手がかりが「妖術を使う」。これだけです。
そう、「妖術を使う男」。しかも「浅間の家の関係者」。最近会いましたよ。
星影土右衛門です。あいつか!!

犯人の目星が付き、お金の行き先も決まり、病気の母親も引き取り先が見つかって、
どうにか一安心の五郎蔵です。
さつきちゃんとももう一度夫婦になるために、母親の媒(なかだち)で盃をかわします。
もう死にそうです。

波乱万丈の生き方でした。侠客としていろいろがんばってきましたが、
昔は武士だったのです。
お侍として、奥女中だったさつきちゃんと出会ったとき、五郎蔵は胡弓、さつきちゃんは琴を演奏しました。
本当に楽しかったのです。
あのときのように、あのときの曲を弾こう、
ふたりはそう言って、
ここでは五郎蔵は尺八、さつきちゃんは胡弓を持ち、演奏します。
「浮世忘れ」という曲で、人生のつらさを忘れさせてくれるような四季折々の美しい風景を描いた内容です。
タイトル的に「この世の名残」という意味合いにもなります。

死にかけているのに楽器を演奏するのはバカげているという批判が多い場面です。
腹を切ってから死ぬまでにあまりにいろいろなことが起きるのもあり、
ここは「ダレ場」として有名で、
そのせいでこの場面まで上演することは滅多にありません。

しかし初演時は非常に評判がよかった場面です。

五郎蔵の、やむなく腹を切ったもののあまりに心残りの多い状況がひとつひとつ解決していく様子、
昔の本当に楽しく、自信と希望にあふれていた時期への思い。
そういうものが見る側に伝われば、説得力があり、長さを感じさせない部分なのだろうと思います。

演奏が終わって崩れ落ちる二人。
泣きながら見守る周囲。

おわりです。




タイトルの説明を書きます。
まず「曾我」と付くのは、これはお正月に上演されたからです。
当時は「初春興行」には毎回毎回「曾我もの」というジャンルのお芝居を出したのです。
これは鎌倉時代初期の有名な敵討ちの話で、「曽我兄弟(そがきょうだい)」が親の敵を討つものがたりです。
じっさいの敵討ちの場面はあまり出ず、敵を討つまでの様々な出来事があることないこと盛り込まれて、
様々なお芝居が作られました。

敵討ちの場面では、兄弟の弟の「曽我五郎(そがごろう)」が結った髪がほどけてザンバラになった状態で大暴れします。
これを敵方の「御所五郎丸(ごしょのごろうまる)」というひとが、後ろから羽交い絞めにして取り押さえる場面が有名です。

ここの部分が主人公が「御所五郎蔵」と呼ばれるようになった理由になっており、
以前、とある酔っぱらいがザンバラ髪になって大暴れしていたのを五郎蔵が取り押さえた。
その様子が曾我の敵討ちのときのようだった。
以来、主人公「御所五郎蔵」というあだ名で呼ばれるようになった。

これだけの理由でこのお芝居は「曾我もの」ということになっています。

細かいことですが、五郎蔵の子分たちは「梶原」とか「秩父」などと名乗っています。
これはあまりヤクザさんらしい名前ではありません。
「曽我兄弟の討入り」に関係ある名前を付けているのです。
ただ「梶原」や「秩父」は、当時の鎌倉幕府の執権の名前であって、討入りとは直接の関係はありません。
まあその時代にいた有名人というかんじでなんとなくです。

そういうわけで、
「曾我」と付く以上、今出ない部分に多少は「曽我もの」っぽい要素があるだろうと思うわけですが、
全部読んでも見事に何もありません。
むしろわざと何もないのだと思います。「曽我」要素を入れるのは簡単だったはずだからです。

当時は毎正月、とにかく「曾我もの」を出さなくてはならなかったのですが、
黙阿弥はたぶんもういいかげんにしたかったのだと思います。
なので「曾我」要素以外を「全部乗せ」にしながら、
わざと「曾我」要素だけを排するという、「お遊び」をやったのであろうと思います。


というかんじで、タイトルの意味をあらためて分解してみると

「曽我綉侠御所染(そがもよう たてしのごしょぞめ)」

「綉(しゅう)」は「縫い取り」という意味なのでこれを「もよう」と読み、
「侠」を「侠客」という意味で「たてし」と読みます。
「御所染」は染めのもようの一種ですが、ここでは主人公の名前を意味します。

「曾我もの」に見えるように縫い取りをあしらってはあるが中身は「侠客物」で、「御所五郎丸」風に色付けしてあるよ。
というような意味になると思います。



名優とうたわれた四代目市川小団次に当てて書かれたものなので、
かっこいいだけでなく、シブい、細かい心理描写が要求される役です。

いちおう、「遊郭」「男伊達」「遊女と恋人」「金持ちのライバル」という配置になっており、
有名な「助六由縁江戸桜」(すけろく ゆかりの えどざくら)」を意識させる構造になっています。
「世話の助六」、つまりリアルな現在劇の助六、と呼ばれることもあります。
ただまあ助六に比べるとけっこう鬱展開になりますので、あまり比べずにご覧いただいたほうがいいかもしれません。

小団次以降、五、六代目菊五郎や十五代目市村羽左衛門などのキレイどころの役者さんが得意としたことと、
今は最後までは出ないということもあり、
単純に主人公の「かっこいい男ぶり」を楽しめばいいようになっていると思います。



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1 コメント

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ありがとうございます (歌舞伎初心者)
2018-07-09 00:22:33
本日初めて歌舞伎見ましたが、登場人物の関係性が全く分からなかったのです。
突然の妖術使いだったとか、いきなり登場した逢州ちゃんとか、冒頭のあんまと出前の喧嘩とか。
このブログを読んで納得いたしました。
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