2023年10月01日
北海道機船漁業協同組合連合会内 一般社団法人北洋開発協会 原口聖二
[洋上風力発電と漁業 海外の経験#58 EU 軌道を外れる洋上風力発電 SC混乱 コスト高 設計欠陥]
日本での先行する欧米の洋上風力発電の漁業分野との共栄、相乗効果等の成功体験は、ほとんどが開発事業者による切り抜き発信で、実際に漁業分野の情報にアクセスしていくと様々な問題が報告されている。
ロイター通信(ロンドン)のニーナ・チェストニー(Nina Chestney)は、“分析 軌道を外れる洋上風力発電産業”と題し、当該業界の危機的現状をリポートした。
洋上風力発電業界におけるサプライチェーンの遅延、設計上の欠陥、コスト高という強烈な嵐により、各国の気候変動目標の達成に間に合わない数十のプロジェクトが存在しているとされている。
2030年までにエネルギーの42.5%を再生可能エネルギーから生産するという法的拘束力のある目標を最終決定しているEUでは、開発事業者やサプライチェーンに圧力がかかっている。
業界団体の“ウインド・ヨーロッパ”によると、EUが再生可能エネルギーの比率を現在の32%から新たな目標の42.5%に引き上げるには、風力発電容量を今の205GW(ギガワット)から420GWへと2倍以上に引き上げ、洋上風力発電容量は17GWを103GWへと大幅に増やす必要がある。
しかし、今年2023年に入って英国、オランダ、ノルウェーの洋上プロジェクトが、コスト高と供給網の制約のために延期または停止になった。
また、英国では再生可能エネルギー向け補助金の入札で、洋上風力開発業者からの応札が皆無だった。
ジュピター・アセット・マネジメントの投資マネージャー“ジョン・ウォレス”は、もし、これがプロジェクトの長期休止につながれば、2030年の再生可能エネルギー目標の多くは、達成が厳しくなると指摘している。
EUが新たな再生可能エネルギー目標で合意する以前から、”オーステッド”(Ørsted)社、“シェル”(Shell)社、“エクイノール”(Equinor)社、そして風力タービン・メーカーの“シーメンス・ガメサ”(Siemens Gamesa)社といった企業が、洋上風力産業の規模は目標の達成に不十分だと警告されていた。
新型コロナウイルスのパンデミックを発端とする供給網の混乱は、ウクライナ紛争で一段と深刻化しており、輸送コストや原材料費の高騰、金利の上昇、インフレで風力発電事業者の利益が圧迫されている。
ドイツのエネルギー大手“RWE”代表マルクス・クレッバーも、洋上風力発電産業は急速な拡大が予想されるタイミングでさまざまな問題が重なり、目標の達成は危ういとの観測を示している。
洋上風力発電は、この20年間で急成長し、一部の国ではコストが化石燃料と同等か、それ以下になったが、タービンをより大きく、効率的にしようとする開発競争が性急すぎたとの指摘が、経営者やアナリストの中に存在している。
タービンの大きさは10年ごとにおよそ2倍になり、2021年、2022年に稼働した最大級のタービンはブレードの長さが110メートル、出力が12MW(メガワット)-15MWもある。
しかし、大型化すればするほど故障が多くなると、コンサルタント企業“サンダー・サイド・エナジー”社アナリストのロブ・ウェストは指摘しており、ブレードは大きくなればなるほどたわみが大きくなり、より剛性の高い補強材が必要になるとしている。
“シーメンス・ガメサ”社は今年2023年6月、最新の陸上風力タービン2基の品質問題への対処に16億ユーロ(17億ドル)の費用がかかると発表した。
再生可能エネルギー事業向けの保険を扱う“Gキューブ・インシュアランス”代表フレイザー・マクラクランによると、風力発電事業者からの保険金請求件数はこの1年で減少したが、請求額は大幅に増え、事故内容が深刻になっている。
フレイザー・マクラクランは、洋上風力発電市場への参入が、保険会社だけでなく、メーカー、開発事業者、サプライヤー企業にとってもリスキーなビジネスになっており、存続の危機に直面している企業もあると言及した。
“シーメンス・ガメサ”代表ヨッヘン・アイクホルトは、同社の洋上風力発電事業が生産拠点の建設遅れ、供給網の混乱、品質の高い部品の不足など、陸上風力発電とは異なる問題に直面していると語った。
各国政府は洋上風力発電事業の入札設定を強化しており、“ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス”によると、2024年末までに世界中で成立する洋上風力発電の契約とリース案件は、総規模が60GW余りに達する見込みだが、一部の風力発電開発事業者は入札で提示されるその電力価格は、コスト上昇という業界が抱える問題を考えると、新規プロジェクトに着手するためには低すぎる。
英国は2030年までに洋上風力発電容量を3倍の50GWに増やすことを目標としている。
しかし、最近の入札では風力発電開発事業者からの応札がなく、見通しに暗雲が垂れ込めたと専門家は業界のマインドを説明している。
一部の入札では再生可能エネルギー事業者が、大手石油・ガス会社に競り負けており、欧州委員会は、包括的な支援策を打ち出す方針を示すこととしている。
米国でも欧州企業は苦戦している。
ここ数カ月間、“オーステッド”社、“エクイノール”社、BP社、シェル社などの開発業者は、2025年から2028年の間に運転開始予定の米国初の商業規模風力発電所の電力契約キャンセルや再交渉を求めている。
また、2030年までに30GWの洋上風力発電を目指す大統領ジョー・バイデンの目標の中核となる米国の一連のプロジェクトは、同政権がインフレ抑制法に基づく補助金要件を緩和しない限り、前進しない可能性があるとプロジェクト開発事業者らは述べている。
“オーステッド”社代表マッズ・ニッパーは、米国での洋上風力発電プロジェクトの状況は厳しいと本音をもらしている。