黄河に沿って我々は移動していた。宋の都・開封発のバスに乗り、小一時間ほど経った時、バスはプスンプスンとガス欠を起こした。
にいやはどこからともなく現れたスイカ売りから１つ２元（30円）でスイカを買って、満足そうに食べていた。一方、しんたろーはホームシックを通り越した鬱状態の真っ只中で、炎天下のなか空調もなく40度をゆうに超す車中で、ウォークマンを耳に突っ込み、ひたすら現実逃避を試みていた。スイカを美味そうに頬張るにいやを横目で見ながら、こんな奴の口車に乗せられた自分がバカだったと後悔し、今できる精一杯のことといえば、おとなしく槇原敬之を聞くことだけだった。
数時間後、近くの村まで徒歩で向かった運転手が、ポリバケツにガソリンを入れて帰ってきた。一件落着の拍手のなか、にいやは一向に車から降りてこないしんたろーに向かって、窓の外からスイカの種を飛ばして遊んでいた。ピクリとも動かないしんたろーの額に張り付いたスイカの種には蝿がたかっていた。
洛陽に着いた我々は駅前のホテルにチェックインをした。荷物を下ろし、シャワーを浴びて濡れた髪を乾かしながらテレビを観ているしんたろーに向かって、にいやは、
「髪の毛伸びたな。暑苦しいんだよ。四六時中見てる身にもなれ。切れよ。ホテルのなかに床屋があっただろ」。
ホテルのフロントの横には妖しさ200％のピンクのネオンきらめく「美容美髪」と書かれた美容院があったのをにいやはチェックしていたのだった。
近くの安食堂で炒飯をかき込み、我々は「美容美髪」に向かった。ピンクのネオンに照らされた入り口には、厚化粧でミニスカートの女がたむろっていた。恐る恐る店の前まで行くと、暇そうにタバコの煙をくゆらせ雑談にふけっていたお姉さんが我々を見つけ、猫なで声で何かを言いながら腕にからみついてきた。しんたろーは中国語しか通じない彼女たちにどうやって髪を切ってほしいということを伝えるのだろうと、にいやは思った。すると、しんたろーはおもむろにカバンのなかからメモ帳とペンを取り出し『我要美男子』と書いた。中国語ではないが、字面から理解した彼女たちは大爆笑。にいや失笑。しんたろー愛想笑い。そして半ば強引に我々はピンクの光のなかにいざなわれた。
美男子、美男子と連呼するしんたろーと笑いながらOK、OKと返すお姉さんとは言い難いお姉さん。以下はしんたろーが体験し、にいやに報告した中国式美容院のすべてである。
①髪を濡らすこともなく、いきなりシャンプー投下
②洗い残しのシャンプーをつけたままカット。カットの最中もお姉さんは後ろに座っていた同僚との雑談は止めず
③お姉さん、しんたろーの耳元で何かささやく。しんたろーうなずく。にいやには聞こえず
④しんたろーいきなり立ち上がり、別室にお姉さんと消えていく。にいや呆然
⑤しんたろー、およそ30分間戻ってこず。時折「にいや～！」という声が聞こえてくる
⑥なぜかほくほく顔で戻ってくるしんたろー。血色がやけにいい。何があったと聞くにいやに向かってたった一言「よかった…」とつぶやく
なにが起こったのかにいやには理解できないまま、しんたろーは散髪代にしてはやたらに高い600元（9000円）をニコニコ顔で支払っていた。
部屋に戻ったあとも余韻にひたっているのか、しんたろーはにいやの問いかけにもうわのそらで、すぐにベッドに入り眠ってしまった。きっと幸せな夢を見ているに違いない、いいんだよしんたろー。君が幸せなら。中国人の平均月収ほどのお金を請求されても怒らないほどいいことがあったんだろうね。そんなに幸せなら、たとえ翌朝に自分の髪型がトラ刈りになっていることに気付いても文句はないはずさ、とにいやはしんたろーの寝顔を見ながら思っていた。
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それにしても、しんたろーさん、全部見積もっても9000円は高いですね、ダブリンの公園でさえ、3000円が相場ですって何がだ！って感じですか（笑）
男の人はいいですね。
私は台湾の足つぼマッサージ師に感じで「売春」とかかれ、髪の毛をさわられ、ちと怖い思いをしました。
子供が寝てるからかえるといって逃げてきました（苦）
私は旅に出る前にせっせこやりましたが、
かなりハードでしたよ（汗）マルタの記事は思ったよりも多かったです。
それにしても、そんな機能くらいつけていて欲しいですね。
淡水も天気がよかったようで、なによりでした。めちゃくちゃデカいソフトクリームは食べられましたか？
また旅行記、楽しみにしています。
半死的中国旅行の9000円は、当時はかなりの金額でした。まあ、サービスの代価として高いか安いかは、しんたろーの満足度によるところのものですけど…。