今回は堺銘菓シリーズ、第5弾。
改めて、これまでにご紹介した4つを振り
返ると…
(1)くるみ餅(かん袋)
(2)芥子餅(本家小嶋)
(3)肉桂餅(八百源来弘堂)
(4)大寺餅(河合堂)
たまたまですが、ぜ~んぶ「餅」。
「堺には餅しかないのか?」と思われては
困るので、今回は「饅頭」です。
しか~し、どこにでもあるただの饅頭では
ありません。
見た目に印象的な巨大饅頭、「丸市菓子舗」
の「斗々屋茶碗」です。
明治28年(1895年)創業と100年を
超える歴史あるお店。
ただ、これまでに紹介した堺の老舗和菓子
店が創業数百年クラスの超老舗と比べれば
なんとなく新しく感じます。
また、住吉大社、方違神社の御用達とか。
<丸市菓子舗の店構え> ~堺市堺区市之町
木造ではなさそうですが、立派な老舗感
漂う店構え。
商品は「利休古印」という干菓子や包丁を
象った「包丁ぼうろ」などもありましたが、
ここは迷わず巨大饅頭「斗々屋茶碗」を注文。
もちろん、ミニではなく通常サイズです。
<斗々屋茶碗>
木目調の立派な紙箱のふたを開けると、
ドドーンと茶碗型の巨大饅頭が登場。
それにしても、なんというインパクト!
そしてこの馬鹿デカさ!
直径16cm、高さ5~6cm程あります。
(1個 ¥1,680)
これは千利休が珍重した名碗「斗々屋」を
実物大に再現した饅頭だそうです。
形だけでなく、饅頭自体も凝った造りで、
粒あんと柚子あんが二層になっています。
なかなか似たような商品はないでしょうね。
肝心の味ですが、周りの皮はしっかりして、
割と歯ごたえがあります。
粒あんと柚子あんの組み合わせがなかなか
いけます。
私の好きなブラック珈琲とも相性良しです。
前から食べてみたかったけど、そのサイズ
のせいで、少し遠慮していました。
包丁で切り分け1/4ほど食べると、さすが
にお腹が膨れてしまいました。
食後だったので1/8で充分だったかも…。
~堺プチ案内~
今回は丸市菓子舗さんからすぐ北、旧堺市街
を東西に走り、南海本線堺駅と南海高野線
堺東駅を結ぶ道、「大小路」をご紹介。
<大小路>
一見なんてことない道ですが、これこそ堺の
地名の由来「境」を表す道。
現在、大阪と堺の市境は大和川ですが、
江戸時代までは大小路が摂津と和泉の国境。
要は堺の町の北半分が摂津、南半分が和泉
という、まさに「境」です。
ちなみに明治14年までは堺県が存在し、
和泉と河内の一部に加え、大和(現在の奈良)
全域までもその範囲に含まれていたそうです。
さて、まだ堺には美味しい和菓子がいっぱい。
次はどれにしようかな。
改めて、これまでにご紹介した4つを振り
返ると…
(1)くるみ餅(かん袋)
(2)芥子餅(本家小嶋)
(3)肉桂餅(八百源来弘堂)
(4)大寺餅(河合堂)
たまたまですが、ぜ~んぶ「餅」。
「堺には餅しかないのか?」と思われては
困るので、今回は「饅頭」です。
しか~し、どこにでもあるただの饅頭では
ありません。
見た目に印象的な巨大饅頭、「丸市菓子舗」
の「斗々屋茶碗」です。
明治28年(1895年)創業と100年を
超える歴史あるお店。
ただ、これまでに紹介した堺の老舗和菓子
店が創業数百年クラスの超老舗と比べれば
なんとなく新しく感じます。
また、住吉大社、方違神社の御用達とか。
<丸市菓子舗の店構え> ~堺市堺区市之町
木造ではなさそうですが、立派な老舗感
漂う店構え。
商品は「利休古印」という干菓子や包丁を
象った「包丁ぼうろ」などもありましたが、
ここは迷わず巨大饅頭「斗々屋茶碗」を注文。
もちろん、ミニではなく通常サイズです。
<斗々屋茶碗>
木目調の立派な紙箱のふたを開けると、
ドドーンと茶碗型の巨大饅頭が登場。
それにしても、なんというインパクト!
そしてこの馬鹿デカさ!
直径16cm、高さ5~6cm程あります。
(1個 ¥1,680)
これは千利休が珍重した名碗「斗々屋」を
実物大に再現した饅頭だそうです。
形だけでなく、饅頭自体も凝った造りで、
粒あんと柚子あんが二層になっています。
なかなか似たような商品はないでしょうね。
肝心の味ですが、周りの皮はしっかりして、
割と歯ごたえがあります。
粒あんと柚子あんの組み合わせがなかなか
いけます。
私の好きなブラック珈琲とも相性良しです。
前から食べてみたかったけど、そのサイズ
のせいで、少し遠慮していました。
包丁で切り分け1/4ほど食べると、さすが
にお腹が膨れてしまいました。
食後だったので1/8で充分だったかも…。
~堺プチ案内~
今回は丸市菓子舗さんからすぐ北、旧堺市街
を東西に走り、南海本線堺駅と南海高野線
堺東駅を結ぶ道、「大小路」をご紹介。
<大小路>
一見なんてことない道ですが、これこそ堺の
地名の由来「境」を表す道。
現在、大阪と堺の市境は大和川ですが、
江戸時代までは大小路が摂津と和泉の国境。
要は堺の町の北半分が摂津、南半分が和泉
という、まさに「境」です。
ちなみに明治14年までは堺県が存在し、
和泉と河内の一部に加え、大和(現在の奈良)
全域までもその範囲に含まれていたそうです。
さて、まだ堺には美味しい和菓子がいっぱい。
次はどれにしようかな。