あるテーマに関して、それなりに造詣の深い人なら大体は気付いてはいるが、あまり表沙汰にはならない、「本質的な事実」というものがある。しかも、そのテーマが盛んに議論されている最中であったとしても、何故か、状況は変わらない。ほとんど、詳らかにされることはない。報道各社の中にも、間違いなく、気になっている人はいるはずであろうが、匿名性の記事の中では何故か出てこない。
その一つとして、今まさにタイムリーな話題になっている、いわゆる政府系金融機関の再編について触れてみたい。
いわゆる政府系金融機関というものは、現在、8つあるという。小泉首相は、それらを1つに集約できないかと問題提起されているようだ。
このこと自体は、多くのマスコミで毎日のように報道されていることでもあるし、私も確たる意見を持ち合わせているわけでもないので、ここではこれ以上触れないが、一点だけ。
この議論の多くが、郵政民営化が構造改革の「入口」とされるのに対し、政府系金融機関の整理統合が、「出口」の改革の一つといわれているように、財政的な観点から、つまり国内的な問題としてのものばかりである。しかし、私は、なぜ外交的な観点から、別ないい方でいえば、国際社会における国益という観点から、もう少しこの問題が掘り下げられないのか、常々不思議に思い、不満を感じている。もっと具体的にはっきりいえば、その一つである、国際協力銀行の存在意義についての議論が、厳しくなされるべきではないだろうかと強く思っている。そうでなければ、政府系金融機関を幾つに再編しようが、国際協力銀行が、今のままの性格を有した状態では、日本の外交戦略という観点からは、全く意味がないのではないだろうか。
――――――
「1989年6月の天安門事件の直後、私たち外務省の人間が必死で中国へのODAの停止に取りかかっている最中、私たちの知らない間に大蔵省管轄の別の対中資金供与がどんどん進行していたのです。あの驚きと憤りは今も忘れられません」
これは、「日中再考」(古森義久著)に引用された、中国の日本大使館で働く外務省のベテラン中国専門官の言葉である。
「大蔵省(現財務省)管轄の対中資金供与」とは、その当時の、日本輸出入銀行(現国際協力銀行。以下、旧輸銀と書いていく)から出される資金供与のことである。
一般に、海外資金協力として、私たちがよく耳にするのは、いわゆるODAである。
これまでも、日本は中国に対して、合計3兆4234億ものODAを実施してきた。この金額はともかく、日本は中国にODAをしているという事実は、おそらくは多くの日本国民は知っているであろう。また、政府としても、曲がりなりにも対中外交の枠内で、ODAの推進を図ってきているはずである。
ところが、巨額の海外資金援助は、これだけではない。この他にも、政府系金融機関といわれる旧輸銀からは、政府の方針とは関係なく、対中援助が行われているのである。しかも、3兆円超というODAとほぼ同額の大きなものである。
詳細な説明は割愛するが、旧輸銀は、2種類の対中国アンタイドローン(事業の受注を日本企業に限定しない融資)を行っている。一つは、「資源ローン」といわれるもので、これによって、中国は26の油田と炭田を開発できた。
もう一つは、「資金協力計画関連アンタイドローン」と呼ばれるものである。これがくせもの。
その一つに、現在、まさに日中間で問題になっている東シナ海ガス田開発がある。
東シナ海ガス田開発問題とは―。
東シナ海の石油ガス田をめぐっては、中国が日中中間線に近接する三つのガス田のうち、白樺ガス田(中国名・春暁)で開発に着手。白樺と樫(同・天外天)、楠(同・断橋)のガス田は地下構造が日本側の海域まで続いている可能性が高く、日本側の埋蔵エネルギー資源が吸い取られると懸念する日本側は、開発・生産の中止と地質情報の提供を求め、中間線両側での共同開発を提案したが、中国側は応じていない。しかも白樺、樫のガス田では「中国の開発作業が着々と進められている」(日本政府幹部)のが現状である。
しかし、このような日本政府の苛立ちも旧輸銀には関係ないようだ。
旧輸銀は、上海沖の平湖から上海までのパイプライン建設に130億円もの融資をし、その工事は、既に完成してしまっている。中国政府はこの海域で合計20箇所以上の掘削を行う予定であり、そのどれもが採取した石油・ガスを平湖に集め、そこから上海へ運ぶ計画だという。その他にも、輸出基地開発のために、300億円も旧輸銀から資金供与されている。
つまり、中国は、日本の政府系金融機関である旧輸銀からの資金援助で、資源移送の基幹インフラを完成させたのである。
さて、先般、日本政府が帝国石油に天然ガス田開発試掘権を与えたことに対して、中国政府が、「これに対して強い懸念を表明する」(外交部の秦剛報道官)としたのも、彼らからすれば、当然のことなのであろう。もう既に、自分たちは、日本の政府系金融機関が融資してくれた資金で、そのガス田開発のインフラ整備に乗り出している。日本の政府系金融機関が、中国の権益であると認めてしまっているではないか、今さら、「石油ガス田の地下構造が日本側海域に続いている可能性が高いため、開発の即時中止と地質データの提供を改めて求める」(日本政府)なんていわれても、いいがかり以外のなにものでもない。彼らの腹の中は、こんなところではないだろうか。
中国政府の強気の行動に、強力な担保を与えているのは、何と、旧輸銀という政府系金融機関なのである。
問題は、アンタイドローンということもあり、融資はしても、一切のモニターはせず、返済があればそれでよしとしている点である。しかも、この融資は、政府系金融機関という「名」とは別に、実際は、旧輸銀とその監督官庁である旧大蔵省(現財務省)により、政府の意思とは関係なく、別の表現でいえば、国会でなんらチェックされることもなく、粛々となされているものなのである。
さらに、「国際的援助」という名目のため、金利は異様に低く設定されている。
では、その融資される資金の元手はなにか。それは、ODAと同じ財政投融資、つまり郵便貯金や厚生年金という国民の金融資産なのである。詳細な数値は把握していないが、その「国民の金融資産」から旧輸銀へ貸し出される金利より、旧輸銀から中国にこのような形で出される金利の方が低いのではないだろうか。
何故、このような信じられないことが起きるのか。
それは、省あって国なしといわれる典型的な、旧大蔵省(財務省)の保身のためだけである。国際協力に関する、様々な人事と予算の権限を維持し続けるためだけである。それしか考えられない。
小泉首相が、構造改革の入口として、郵政民営化にこだわってきた、まさに最たる所以である。
政府系金融機関といわれながら、日本政府の方針と真っ向から対峙する行動をするという、この性格。この性格を温存したまま、幾つかに再編されたとしても、財政改革とは別に、もう一つの問題の本質は置き去りにされたままなのである。
普段はあまり注目されない政府系金融機関のあり方のテーマである。報道は、この事実を積極的に追求し、明らかなものにしていかなければならないのではないだろうか。
その一つとして、今まさにタイムリーな話題になっている、いわゆる政府系金融機関の再編について触れてみたい。
いわゆる政府系金融機関というものは、現在、8つあるという。小泉首相は、それらを1つに集約できないかと問題提起されているようだ。
このこと自体は、多くのマスコミで毎日のように報道されていることでもあるし、私も確たる意見を持ち合わせているわけでもないので、ここではこれ以上触れないが、一点だけ。
この議論の多くが、郵政民営化が構造改革の「入口」とされるのに対し、政府系金融機関の整理統合が、「出口」の改革の一つといわれているように、財政的な観点から、つまり国内的な問題としてのものばかりである。しかし、私は、なぜ外交的な観点から、別ないい方でいえば、国際社会における国益という観点から、もう少しこの問題が掘り下げられないのか、常々不思議に思い、不満を感じている。もっと具体的にはっきりいえば、その一つである、国際協力銀行の存在意義についての議論が、厳しくなされるべきではないだろうかと強く思っている。そうでなければ、政府系金融機関を幾つに再編しようが、国際協力銀行が、今のままの性格を有した状態では、日本の外交戦略という観点からは、全く意味がないのではないだろうか。
――――――
「1989年6月の天安門事件の直後、私たち外務省の人間が必死で中国へのODAの停止に取りかかっている最中、私たちの知らない間に大蔵省管轄の別の対中資金供与がどんどん進行していたのです。あの驚きと憤りは今も忘れられません」
これは、「日中再考」(古森義久著)に引用された、中国の日本大使館で働く外務省のベテラン中国専門官の言葉である。
「大蔵省(現財務省)管轄の対中資金供与」とは、その当時の、日本輸出入銀行(現国際協力銀行。以下、旧輸銀と書いていく)から出される資金供与のことである。
一般に、海外資金協力として、私たちがよく耳にするのは、いわゆるODAである。
これまでも、日本は中国に対して、合計3兆4234億ものODAを実施してきた。この金額はともかく、日本は中国にODAをしているという事実は、おそらくは多くの日本国民は知っているであろう。また、政府としても、曲がりなりにも対中外交の枠内で、ODAの推進を図ってきているはずである。
ところが、巨額の海外資金援助は、これだけではない。この他にも、政府系金融機関といわれる旧輸銀からは、政府の方針とは関係なく、対中援助が行われているのである。しかも、3兆円超というODAとほぼ同額の大きなものである。
詳細な説明は割愛するが、旧輸銀は、2種類の対中国アンタイドローン(事業の受注を日本企業に限定しない融資)を行っている。一つは、「資源ローン」といわれるもので、これによって、中国は26の油田と炭田を開発できた。
もう一つは、「資金協力計画関連アンタイドローン」と呼ばれるものである。これがくせもの。
その一つに、現在、まさに日中間で問題になっている東シナ海ガス田開発がある。
東シナ海ガス田開発問題とは―。
東シナ海の石油ガス田をめぐっては、中国が日中中間線に近接する三つのガス田のうち、白樺ガス田(中国名・春暁)で開発に着手。白樺と樫(同・天外天)、楠(同・断橋)のガス田は地下構造が日本側の海域まで続いている可能性が高く、日本側の埋蔵エネルギー資源が吸い取られると懸念する日本側は、開発・生産の中止と地質情報の提供を求め、中間線両側での共同開発を提案したが、中国側は応じていない。しかも白樺、樫のガス田では「中国の開発作業が着々と進められている」(日本政府幹部)のが現状である。
しかし、このような日本政府の苛立ちも旧輸銀には関係ないようだ。
旧輸銀は、上海沖の平湖から上海までのパイプライン建設に130億円もの融資をし、その工事は、既に完成してしまっている。中国政府はこの海域で合計20箇所以上の掘削を行う予定であり、そのどれもが採取した石油・ガスを平湖に集め、そこから上海へ運ぶ計画だという。その他にも、輸出基地開発のために、300億円も旧輸銀から資金供与されている。
つまり、中国は、日本の政府系金融機関である旧輸銀からの資金援助で、資源移送の基幹インフラを完成させたのである。
さて、先般、日本政府が帝国石油に天然ガス田開発試掘権を与えたことに対して、中国政府が、「これに対して強い懸念を表明する」(外交部の秦剛報道官)としたのも、彼らからすれば、当然のことなのであろう。もう既に、自分たちは、日本の政府系金融機関が融資してくれた資金で、そのガス田開発のインフラ整備に乗り出している。日本の政府系金融機関が、中国の権益であると認めてしまっているではないか、今さら、「石油ガス田の地下構造が日本側海域に続いている可能性が高いため、開発の即時中止と地質データの提供を改めて求める」(日本政府)なんていわれても、いいがかり以外のなにものでもない。彼らの腹の中は、こんなところではないだろうか。
中国政府の強気の行動に、強力な担保を与えているのは、何と、旧輸銀という政府系金融機関なのである。
問題は、アンタイドローンということもあり、融資はしても、一切のモニターはせず、返済があればそれでよしとしている点である。しかも、この融資は、政府系金融機関という「名」とは別に、実際は、旧輸銀とその監督官庁である旧大蔵省(現財務省)により、政府の意思とは関係なく、別の表現でいえば、国会でなんらチェックされることもなく、粛々となされているものなのである。
さらに、「国際的援助」という名目のため、金利は異様に低く設定されている。
では、その融資される資金の元手はなにか。それは、ODAと同じ財政投融資、つまり郵便貯金や厚生年金という国民の金融資産なのである。詳細な数値は把握していないが、その「国民の金融資産」から旧輸銀へ貸し出される金利より、旧輸銀から中国にこのような形で出される金利の方が低いのではないだろうか。
何故、このような信じられないことが起きるのか。
それは、省あって国なしといわれる典型的な、旧大蔵省(財務省)の保身のためだけである。国際協力に関する、様々な人事と予算の権限を維持し続けるためだけである。それしか考えられない。
小泉首相が、構造改革の入口として、郵政民営化にこだわってきた、まさに最たる所以である。
政府系金融機関といわれながら、日本政府の方針と真っ向から対峙する行動をするという、この性格。この性格を温存したまま、幾つかに再編されたとしても、財政改革とは別に、もう一つの問題の本質は置き去りにされたままなのである。
普段はあまり注目されない政府系金融機関のあり方のテーマである。報道は、この事実を積極的に追求し、明らかなものにしていかなければならないのではないだろうか。
ほんと同感です、野放図すぎますね。酒屋さんの組合の事件もありましたが、預けるほうも無関心すぎるのかもしれませんね。わたしも数字に弱いので・・・
田中優さんに教えてもらった話ですが、農協が、集まったお金を世界銀行に貸し出しているけれど、世界銀行はグローバル化を推し進めていますから、農協がある程度の関税をかけて日本の農業を守ろうとしていることとは裏腹になってしまっている、自分たちのお金で自分たちの首をしめている、と。
ことのよしあしはともかく・・・口で何をいうかよりも、結局お金をどう動かしたかで 未来は変わってきますからね。もう少し数字と金融に明るくなりたいと思います。
農協の件は知りませんでした、似たような事例は、他にもあるのかもしれません。結局、自分たちの無関心が、自分たちの不利益を導いているのかもしれません。アンテナをしっかり張っていかなければいけないのでしょう。とは、分かってはいるのですが、日々の生活に追われて、なかなか・・・。