聖トマス・アクィナス(1225~1274)ドミニコ会士、司祭、教会博士
神の御独り子は、私たちがご自身の神性にあずかる者となることを望まれ、人間となって人々を神とするために、わたしたち人間の本性をお受けになった。
その上に、主は私たちから受けられたものを全て、私たちの救いのために役立てられた。すなわち、主は私たちを神と和解させるために、十字架の祭壇でご自身の体を犠牲として父なる神に奉献され、ご自身の血が私たちの代価となるために、そして同時に私たちを洗い清めるために、血を流された。それは、私たちがみじめな隷属から救い出され、全ての罪から清められるためであった。
しかも、これほど限りない恵みの記憶を私たちに保たせるために、主はご自身の体を食物として、ご自身の血を飲み物として、パンとぶどう酒の形態の元にいただくようにと信者たちに残された。
ああ、なんと尊く、賛嘆すべき宴だろう。なんと救いをもらたし、すべての甘美さにあふれる宴だろう。いったい、この宴よりも尊いものがあるだろうか。そこではかつての旧約時代におけるように牛や鹿の肉ではなく、まことの神であるキリストが食物として供えられているというのに。この秘跡よりも感嘆すべきものがあるだろうか。
また、この秘跡にまさって救いをもたらすいかなる秘跡も存在しない。この秘跡によってもろもろの罪は清められ、もろもろの徳は強められ、精神はすべての霊的な賜物の満ちあふれによって養われるのである。
この秘跡は教会において、生きている人々と死んだ人々のためにささげられる。万人の救いのために制定されたものが、万人の益となるように。
結局、何人もこの秘跡の甘美さを、余す所無く表現することはできない。この秘跡によって霊的な喜びの源泉が味わわれ、キリストがその受難において示した最高の愛の記憶が新たにされるのである。
このゆえに、この限りない愛が信者たちの心により深く刻みつけられるように、主は最後の晩餐で、弟子達と過ぎ越しを祝い、この世から御父のもとに移るにあたって、ご自身の受難の永久の記念祭、旧約の前表を成就するもの、ご自身が行った諸々の奇跡の中で最高のもの、そしてご自身が去られるのを悲しむ人々に対する比類ない慰めとして、この秘跡を制定されたのである。
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キリストの聖体(聖霊降臨後第二主日)
今日はキリストの聖体の祭日でした。初聖体を迎える子供達が、教会の教えを学び、主が制定されたこの尊い秘跡にあずかりました。
神の御独り子は、私たちがご自身の神性にあずかる者となることを望まれ、人間となって人々を神とするために、わたしたち人間の本性をお受けになった。
その上に、主は私たちから受けられたものを全て、私たちの救いのために役立てられた。すなわち、主は私たちを神と和解させるために、十字架の祭壇でご自身の体を犠牲として父なる神に奉献され、ご自身の血が私たちの代価となるために、そして同時に私たちを洗い清めるために、血を流された。それは、私たちがみじめな隷属から救い出され、全ての罪から清められるためであった。
しかも、これほど限りない恵みの記憶を私たちに保たせるために、主はご自身の体を食物として、ご自身の血を飲み物として、パンとぶどう酒の形態の元にいただくようにと信者たちに残された。
ああ、なんと尊く、賛嘆すべき宴だろう。なんと救いをもらたし、すべての甘美さにあふれる宴だろう。いったい、この宴よりも尊いものがあるだろうか。そこではかつての旧約時代におけるように牛や鹿の肉ではなく、まことの神であるキリストが食物として供えられているというのに。この秘跡よりも感嘆すべきものがあるだろうか。
また、この秘跡にまさって救いをもたらすいかなる秘跡も存在しない。この秘跡によってもろもろの罪は清められ、もろもろの徳は強められ、精神はすべての霊的な賜物の満ちあふれによって養われるのである。
この秘跡は教会において、生きている人々と死んだ人々のためにささげられる。万人の救いのために制定されたものが、万人の益となるように。
結局、何人もこの秘跡の甘美さを、余す所無く表現することはできない。この秘跡によって霊的な喜びの源泉が味わわれ、キリストがその受難において示した最高の愛の記憶が新たにされるのである。
このゆえに、この限りない愛が信者たちの心により深く刻みつけられるように、主は最後の晩餐で、弟子達と過ぎ越しを祝い、この世から御父のもとに移るにあたって、ご自身の受難の永久の記念祭、旧約の前表を成就するもの、ご自身が行った諸々の奇跡の中で最高のもの、そしてご自身が去られるのを悲しむ人々に対する比類ない慰めとして、この秘跡を制定されたのである。
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キリストの聖体(聖霊降臨後第二主日)
今日はキリストの聖体の祭日でした。初聖体を迎える子供達が、教会の教えを学び、主が制定されたこの尊い秘跡にあずかりました。