ニッサの聖グレゴリオ司教(330-394年) カッパドキアとニッサの司教、教会博士
『キリスト者の完全な姿について』
キリスト者の生活には、行い、言葉、考えの三つの点で特徴がある。すべての言葉の出発点は考えである。考えの後に来るのは言葉である。言葉は魂に生じる考えを声によって表す。考えと言葉の後、第三に来るのは行いである。それは考えられたことを実行することである。したがって、言葉と行いと考えの三つが私たちの生活を導くときに、その全てに於いて、キリストの特徴であり、その様々な名称となっている神的な諸理念を入念に考察しなければならない。それは、私たちが、それらの崇高な名称が意味することとは異なることを何も行ったり、話したり、考えたりしないためである。
では、キリストの偉大な名前をいただいて「キリスト者」と呼ばれているという栄誉を受けた者は、何を行うべきであろうか。それは、自分のすべての考え、言葉、行いを入念に調べて、その一つひとつがキリストを目指しているか、それともキリストから引き離すものであるかどうかを判断するということである。この判断は容易である。事実、激情にかられて行われたり、考えられたり、話されたりすることは、いずれもキリストと調和するものではない。かえってそれは、あの反対者の特徴を帯びている。この反対者は、真珠に泥でもかけるかのように魂に欲情を塗りつけて、その輝きを曇らせるのである。
あらゆる欲情から清められた態度は、清さへの導き手であるキリストを目指すものである。自ずから湧き出る清い泉から汲むように、このキリストから諸理念を自分の中に汲み取る者は、その源泉に似る者となる。それは丁度泉から汲み取られて器に入れられた水が、泉の水と似ているのと同様であるる。
事実、キリストの中に見られる清さとキリストにあずかる者に見られる清さとは、本質的に同一のものである。しかし前者は湧き出る泉のようなものであり、後者はそこから流れ出たものである。この清さは、キリストの諸理念の美しさを生活に導き入れる。こうして、内なる隠れた人間と外に現れる人間が調和するようになり、生活の正しさはキリストに従って働いている諸理念に一致する。したがってキリスト者の生活の完全性は、キリストの名前を表す全ての名称にあずかって、それらを魂と言葉と生活によって表すことである。
年間第十二火曜日
第一朗読 サムエル上17:57~18:30
第二朗読 ニッサの聖グレゴリオ 『キリスト者の完全な姿について』
ニッサの聖グレゴリオ
正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会の聖人。
ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話のなかで、二回にわたってニッサのグレゴリオが紹介されています。教会の歴史の中でも大きな役割を果たした一人なのでしょう。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message240.htm
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message241.htm
『キリスト者の完全な姿について』

では、キリストの偉大な名前をいただいて「キリスト者」と呼ばれているという栄誉を受けた者は、何を行うべきであろうか。それは、自分のすべての考え、言葉、行いを入念に調べて、その一つひとつがキリストを目指しているか、それともキリストから引き離すものであるかどうかを判断するということである。この判断は容易である。事実、激情にかられて行われたり、考えられたり、話されたりすることは、いずれもキリストと調和するものではない。かえってそれは、あの反対者の特徴を帯びている。この反対者は、真珠に泥でもかけるかのように魂に欲情を塗りつけて、その輝きを曇らせるのである。
あらゆる欲情から清められた態度は、清さへの導き手であるキリストを目指すものである。自ずから湧き出る清い泉から汲むように、このキリストから諸理念を自分の中に汲み取る者は、その源泉に似る者となる。それは丁度泉から汲み取られて器に入れられた水が、泉の水と似ているのと同様であるる。
事実、キリストの中に見られる清さとキリストにあずかる者に見られる清さとは、本質的に同一のものである。しかし前者は湧き出る泉のようなものであり、後者はそこから流れ出たものである。この清さは、キリストの諸理念の美しさを生活に導き入れる。こうして、内なる隠れた人間と外に現れる人間が調和するようになり、生活の正しさはキリストに従って働いている諸理念に一致する。したがってキリスト者の生活の完全性は、キリストの名前を表す全ての名称にあずかって、それらを魂と言葉と生活によって表すことである。
年間第十二火曜日
第一朗読 サムエル上17:57~18:30
第二朗読 ニッサの聖グレゴリオ 『キリスト者の完全な姿について』
ニッサの聖グレゴリオ
正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会の聖人。
ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話のなかで、二回にわたってニッサのグレゴリオが紹介されています。教会の歴史の中でも大きな役割を果たした一人なのでしょう。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message240.htm
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message241.htm