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毎日の読書 「教会の祈り」

私たちはキリストの体の一部 「聖務日課(読書)」より

聖ヨハネ・クリゾストモ 私たちは羊であるかぎり勝ち、狼になってしまえば、負かされてしまう

2013-11-28 00:00:00 | 聖ヨハネ・クリゾストモ
聖ヨハネ・クリゾストモ(349~407年)コンスタンチノープルの司教、教会博士
『マタイ福音書講話』
 私たちが羊である限り、私たちは勝ちます。たとえ無数の狼が群れをなして襲いかかってきても、私たちはそれに打ち勝ち、勝利を収めます。しかしながら、私たちが狼になってしまえば、負かされてしまいます。羊飼いの助けが私たちから離れるからです。羊飼いが牧するのは狼ではなく羊です。あなたが狼になったら、羊飼いはあなたを捨てて立ち去ります。あなたが彼の力を発揮するのをゆるさないからです。

 主が言われるのは次のようなことです。「狼の群れの中に羊を送り込むようにあなたがたを送り、鳩のようになるよう命じることに肝をつぶしてはならない※1。ちょうど逆のこともでき、艱難に遭わないようにあなたがたを使わすことも、羊のように狼を屈服させず、ライオンよりも恐ろしいものにするとも私にはできたはずだ。しかし、羊のように送る方が有益である。それは、あなたがたをもひときわ輝かしいものとし、また私の力をもよく表すことになる。」主は同じことをパウロにも言っておられます。「私の恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのた※2。」ですから、「私は、あなたがたがこのようなものであるようにしたのだ」と主は言われます。実に、「私はあなたがたを羊のように送り込む※3」と言っておられるのは、「意気消沈してはならない。あなたがまさにこのようにしてだれにも負けない者になると、私はよくよく知っている」と言わんとしておられるのです。

 さらに、あることは弟子たち自身の力でなされているのであって、すべてはただ恵みだけによるとみなしたり、何の根拠もなしに栄冠をいただくと考えたりすることの無いように、主は言い添えられます。「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい※4」弟子達は言います。「このような危険のさ中にあって、私たちの賢さは何の役に立つでしょう。そもそも、四方八方から襲いかかる波の下で、どのようにして賢くありえるでしょう。狼の群れの中、それも多数の狼の群れの中にある羊は、どれほど賢いものであっても、何を成し遂げることができましょうか。これほど多くの鷹が襲いかかってくると、鳩は、どれほど素直であっても、何の役に立つでしょうか。」主は言われます、「理性を持たないこれらの動物の場合には、それは何の役にも立たない。しかし、あなたがたの場合には、大いに役立つ。」

・・・

 この命令を果たすことができないと考えてはなりません。主は他のだれよりもよく物事の本質を知っておられるのです。あつかましい言行は、あつかましい言行によってではなく、柔和によって消滅されることを知っておられるのです。


年間第三十四木曜日
第一朗読 2ペトロ2:9-22
第二朗読 聖ヨハネ・クリゾストモ 『マタイ福音書講話』
 狼とは、羊とは?
歴史的には、多くのクリスチャンが狼になってしまったのではないかと思います。(もちろん、クリスチャン以外の人もですが・・・。)日本は戦後一時的に羊の人が増えたのではなかと思いますが(徳川時代までの日本に戻った?・・・晩年の秀吉など例外もありますが。)、変わってきたと感じるこの頃です。歴史的に見て、私は欧米人にはキリスト教が必要だったと思いますが、東洋のブータンなどは不要だと思います。しかし、今の日本には必要になってきたのかも知れません。中国、韓国に必要になってきたように・・・。

※1 マタイ10:16参照
「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

※2 2コリント12:9
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

※3 マタイ10:16
「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。

※4 マタイ10:16


聖ヨハネ・クリゾストモ
349年頃、アンチオケに生まれる。父は軍人で、キリスト者の母によって、一流の教育を受けることができた。洗礼は18歳。聖書と神学を学び、その後、荒れ野で隠遁生活(隠修士に学ぶ修道生活)を送る。その後、アンティオケアに戻ると、司教から助祭に、そして司祭に叙階され、説教の才能に恵まれた彼は、説教活動に全霊を捧げた。397年にコンスタンチノープルの司教に選ばれ、聖職者と信者の生活を改める優れた牧者として活躍した。また、皇帝一族やその他の反対者の憎しみをかい、2度に渡って追放された。追放中の虐待の結果、407年9月14日にトルコのポントス州のコマネ近郊で帰天。キリスト教を解説し、キリスト者としての正しい生活を教えるために多くの説教を行い、著作を著した。このことから、「クリゾストモ」すなわち「金の口」と呼ばれている。
正教会、東方諸教会、カトリック教会などで聖人として崇敬されている。

女子パウロ会 聖人カレンダー へ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ヨハネ・クリゾストモが紹介されています。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message246.htm

聖ヨハネ・クリゾストモ 教会を飾りながら、苦しんでいる兄弟をなおざりにしてはならない

2013-08-31 00:00:00 | 聖ヨハネ・クリゾストモ
聖ヨハネ・クリゾストモ(349~407年) コンスタンチノープルの司教、教会博士
『マタイ福音書講話』
 キリストの体を尊びたいのですか。それなら裸でおられるキリストを蔑(さげす)んではなりません。教会堂の中で絹の布をあげてキリストを尊びながら、戸外にあって寒さと裸で震えているキリストをなおざりにしてはなりません。それは、「これはわたしの体である※1」と言われ、この言葉によってそれを事実として保証されたキリストは、「お前たちは、わたしが飢えているのを見たときに食べさせなかった※2」、「この最も小さな者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである※3」と言われたからです。聖体が求めているのは、清い魂であって、衣を必要としません。しかし、戸外にいる貧しいキリストが多くの心づくしを必要としているのです。

 知恵を学び、キリストが望まれるようにキリストを尊ぶことを学びましょう。尊ばれる者にとって最も心地よい敬意は、私たちが考える敬意ではなく、本人が望む敬意だからです。ペトロも、足を洗われるのを拒むことでキリストに敬意を表したと考えましたが※4、それは敬意を現すことにならず、むしろ反対のこととなったのです。まずしい者のために富を使い果たすことで、キリストが命じられたような敬意を表しなさい。神が必要としておられるのは黄金の容器ではなく、黄金の魂だからです。

 私が言うことの意味は、このようなささげものをしてはいけないということではありません。言いたいのは、そのようなささげものとともに、そしてそれよりもまず、貧しい人々に施しをするべきであるということです。事実、神はささげものを受け入れられますが、それよりも一層喜んで施しを受け入れられるからです。ささげものはささげる者にのみ益をもたらしますが、施しは受ける者にも益をもたらすからです。ささげものは功名心を満足させる機会ですが、施しは全く愛の行為でありましょう。



年間第二十一土曜日 読書
第一朗読 エレミヤ7:1-20
第二朗読 聖ヨハネ・クリゾストモ 『マタイ福音書講話』

※1 マタイ26:26
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」

※2 マタイ25:42~43
お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。

※3 マタイ25:45
そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』

※4 ヨハネ13:8 参照
ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。

ヨハネ・クリゾストモ
 349年頃、アンチオケに生まれる。父は軍人で、キリスト者の母によって、一流の教育を受けることができた。洗礼は18歳。聖書と神学を学び、その後、荒れ野で隠遁生活(隠修士に学ぶ修道生活)を送る。その後、アンティオケアに戻ると、司教から助祭に、そして司祭に叙階され、説教の才能に恵まれた彼は、説教活動に全霊を捧げた。397年にコンスタンチノープルの司教に選ばれ、聖職者と信者の生活を改める優れた牧者として活躍した。また、皇帝一族やその他の反対者の憎しみをかい、2度に渡って追放された。追放中の虐待の結果、407年9月14日にトルコのポントス州のコマネ近郊で帰天。キリスト教を解説し、キリスト者としての正しい生活を教えるために多くの説教を行い、著作を著した。このことから、「クリゾストモ」すなわち「金の口」と呼ばれている。
正教会、東方諸教会、カトリック教会などで聖人として崇敬されている。

女子パウロ会 聖人カレンダー へ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ヨハネ・クリゾストモが紹介されています。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message246.htm

聖ヨハネ・クリゾストモ 悔い改めの五つの道

2013-08-27 00:00:00 | 聖ヨハネ・クリゾストモ
聖ヨハネ・クリゾストモ司教(349-407年) コンスタンチノープル司教
説教

悔い改めの道について話してもらいたいのですか。それは数多くあり、種々様々ですが、それらは皆、天へと導きます。

 第一の道は自らの過ちを認めることです。「義とされるために、まず第一に、あなたの罪を告白しなさい。」このため、預言者ダビデも言っています。「私も言いました。『主に私の背きを告白しよう』と。そのとき、あなたは私の心の過ちをゆるして下さいました。※2」ですから、あなたも自らの過ちを認めなさい。主の御前で、それは十分な弁明です。自らの過ちを認める者は、再び同じ罪に陥らないようにするからです。あなたの内なる良心を働かせ、あなたの過ちを認めさせなさい。主の裁きの場で、あなたを訴える者がいないようにするためです。

 これは、一つの優れた悔い改めの道です。もう一つの道があります。それは第一の道に劣らぬものです。すなわち、敵に恨みを抱かないこと、怒りを抑えること、同僚の過ちをゆるすことです。こうして、私たちが主に対して犯した過ちもゆるされるのです。これが罪を清める第二の道です。主は言われます。「あなたがたに負い目のある人をゆるすなら、あなたがたの天の父もあなたがたをゆるしてくださる※3.」

 第三の道も知りたいのですか。それは心を集中した熱い祈りであり、それを心の底から行うことです。

 第四の道も知りたいのであれば、施しであると言いましょう。その力は大きく、はかり知れません。

 さらに、穏和であること、謙遜であることも、過ちを帳消しにするために、前に述べた全てのことに劣りません。これを示しているのが、あの徴税人です※4。彼には数え上げるような善行はありませんでしたが、すべに代えて謙遜をささげ、過ちから生じる重荷を下ろしました。

 以上で悔い改めの五つの道を提示しました。第一に自らの過ちを認めること、第二に隣人に対してその過ちをゆるすこと、第三に祈り、第四に施し、第五に謙遜です。

・・・
このように私たちの傷の治療法を学んだのですから、この薬を用いましょう。真の健康を取り戻し、大胆に聖なる食卓に連なり、栄光のうちに栄光の主、キリストと出会い、私たちの主イエス・キリストの恵みといつくしみと人間に対する愛によって、永遠の幸福を得るためです。


年間第二十一火曜日 読書
第一朗読 エレミヤ1:1-19 預言者エレミヤの召命
第二朗読 聖ヨハネ・クリゾストモ 説教

※1 イザヤ43:26(七十人訳)

※2 詩編32:5
わたしは罪をあなたに示し/咎を隠しませんでした。わたしは言いました/「主にわたしの背きを告白しよう」と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを/赦してくださいました。

※3 マタイ6:12,14参照
わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。
もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる。

※4 ルカ18:9-14 参照
自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。
「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』
ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』
言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」



ヨハネ・クリゾストモ
 349年頃、アンチオケに生まれる。父は軍人で、キリスト者の母によって、一流の教育を受けることができた。洗礼は18歳。聖書と神学を学び、その後、荒れ野で隠遁生活(隠修士に学ぶ修道生活)を送る。その後、アンティオケアに戻ると、司教から助祭に、そして司祭に叙階され、説教の才能に恵まれた彼は、説教活動に全霊を捧げた。397年にコンスタンチノープルの司教に選ばれ、聖職者と信者の生活を改める優れた牧者として活躍した。また、皇帝一族やその他の反対者の憎しみをかい、2度に渡って追放された。追放中の虐待の結果、407年9月14日にトルコのポントス州のコマネ近郊で帰天。キリスト教を解説し、キリスト者としての正しい生活を教えるために多くの説教を行い、著作を著した。このことから、「クリゾストモ」すなわち「金の口」と呼ばれている。
正教会、東方諸教会、カトリック教会などで聖人として崇敬されている。

女子パウロ会 聖人カレンダー へ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ヨハネ・クリゾストモが紹介されています。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message246.htm

聖ヨハネ・クリゾストモ 神の弱さは人より強い

2013-08-24 21:58:21 | 聖ヨハネ・クリゾストモ
聖ヨハネ・クリゾストモ(349~407年) コンスタンチノープルの司教、教会博士
『コリント信徒への第一の手紙講話』
 十字架は、無学な人々を通して人々を説得しました。しかも、十字架は全世界の人々を説得したのです。十字架が語ったのは、月並みなことについてではなく、神について、真理にもとづく敬神について、福音的生活について、来るべき裁きについてです。そして十字架は、無学で粗野な人々をすべて知恵を愛する者としました。見てください。どれほど「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い※1」かを。

 どれほど強いのでしょう。全世界の隅々まで行き渡り、威力によって全ての人を捉え、十字架にかけられた方の名を消し去ろうとあまたの者たちが攻撃しましたが、逆の結果になりました。その名は繁栄し、隆盛を極めましたが、攻撃した者たちは滅び、破滅しました。死んだ方に戦いを挑んだ生きている者たちは、何もできなかったのです。ですから、ギリシャ人が私を愚か者であると言うとき、その人は自分がはるかに愚か者であることを証明しているのです。その人に愚か者と評された私の方は、賢者よりも一層賢者であることを明らかにするのです。私を弱い者と呼ぶとき、その人は自分がもっと弱い者であることを証明するのです。実に、神の恵みによって徴税人と漁師が成し遂げるようにされた正しいことを、哲学者や雄弁家や君主たち、一言で言えば、全世界の人々が数え切れない場所を歩き回って探しても想像すらできなかったのです。

 パウロは、このことを考慮してこう言ったのです。「神の弱さは」すべての「人よりも強い。※2」宣教は神のものであることが、このことからも明らかにされます。実際、湖や川や荒れ地で生活していた無学な十二人の心に、かくも偉大な企てに着手しようとする思いがどこから生じたのでしょう。かつて、おそらく町にも広場にも足を踏み入れたことのない人々の心に、全世界を相手にして陣を張るという思いがどこから生じたのでしょう。彼らが小心で軟弱な者であったことを、彼らについて書き記した福音記者は明らかにしています。福音記者はそれについて記すことを拒否しませんでしたし、使徒達の弱点を隠そうともしなかったのです。このことこそ、真実を書いたということの強力な証拠です。では、福音記者は使徒達について何と言っているでしょうか。キリストが捕らえられたとき、以前あまたの奇跡を見たにもかかわらず、使徒達は逃げ、彼らの第一の者ペトロはキリストを知らないと言ったのです。


8月24日 聖バルトロマイ使徒 祝日
ガリラヤのカナの生まれで、使徒フィリポによってイエスのもとに導かれた。キリストの昇天の後、福音をインドに述べ伝え、そこで殉教したと伝えられている。
第一朗読 1コリント4:1-16
第二朗読 聖ヨハネ・クリゾストモ 『コリントの信徒への第一の手紙 講話』

※1 1コリント1:25
神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

※2 1コリント1:25
神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。



ヨハネ・クリゾストモ
 349年頃、アンチオケに生まれる。父は軍人で、キリスト者の母によって、一流の教育を受けることができた。洗礼は18歳。聖書と神学を学び、その後、荒れ野で隠遁生活(隠修士に学ぶ修道生活)を送る。その後、アンティオケアに戻ると、司教から助祭に、そして司祭に叙階され、説教の才能に恵まれた彼は、説教活動に全霊を捧げた。397年にコンスタンチノープルの司教に選ばれ、聖職者と信者の生活を改める優れた牧者として活躍した。また、皇帝一族やその他の反対者の憎しみをかい、2度に渡って追放された。追放中の虐待の結果、407年9月14日にトルコのポントス州のコマネ近郊で帰天。キリスト教を解説し、キリスト者としての正しい生活を教えるために多くの説教を行い、著作を著した。このことから、「クリゾストモ」すなわち「金の口」と呼ばれている。
正教会、東方諸教会、カトリック教会などで聖人として崇敬されている。
女子パウロ会 聖人カレンダー へ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ヨハネ・クリゾストモが紹介されています。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message246.htm

聖ヨハネ・クリゾストモ 地の塩、世の光

2013-08-18 22:48:10 | 聖ヨハネ・クリゾストモ
聖ヨハネ・クリゾストモ(349-407年) コンスタンチノープル司教、教会博士
『マタイ福音書講話』
 「あなたがたは地の塩である。※1」あなたがた自身の命のためではなく、全地のために、このことばがあなたがたにゆだねられました。「私があなたがたを遣わすのは、二つの町でもなく、十の町、二十の町でもない。かつての預言者のように、一つの民に遣わすのでもない。地に、海に、そして全世界に、しかも悪に浸りきっている全世界に遣わすのである」と主は言われます。「あなたがたは地の塩である」と言われたことで、主は人間の本性がことごとく塩を失ったものとなり、罪によって腐敗していることを明らかにされました。このため、多くの人を世話するために必要不可欠で、きわめて有益な徳を弟子たちに求めておられるのです。実際、柔和でつつましく、憐れみ深く、正しい人々は自らの内に善行を積むだけにとどまらず、それらのすばらしい泉が他の人々の益のために流れ出るように準備しているのです。また、心の清い人、平和を実現する人、真理を追究する人も、公共の益のために生涯をささげます。

 主は言われます。「私があなたを凡庸な戦いに引き出したとか、あなたがたの仕事は取るに足りないものであるとか、考えてはならない。あなたがたはまさに地の塩なのである。」では、主は何を言わんとしておられるのでしょうか。腐敗したものを弟子達が元に戻し得たでしょうか。断じてそうではありません。すでに腐敗したものの上に塩をふりかけても何の役にも立ちません。弟子達が行っていたのは、このようなことではありませんでした。先に新たにされた後に彼らにゆだねられたもの、悪習をすでに取り除かれたものに、弟子達は塩味をきかせ、主から得た新しさの内にそれを保存したのです。実に、罪の悪習を取り除くことは、キリストによってのみ成し遂げられることでした。一方、二度とそこに立ち返ることの無いようにすることこそ、弟子達が熱心に、かつ苦労を重ねてなすべきことでした。

 弟子達が預言者よりも優れていることを、主がどのようにして少しずつ明らかにされているか、気付いたでしょうか。実に、彼らは単にパレスチナの教師であるのではなく、全地の教師であると言われています。彼らに言われます。「他の人々を差し置いて、あなたがたに語りかけ、かくも大きな危険にあなたがたを招くからといって驚いてはらない。どれほど多くの地方、どれほど多くの国々に、あなたたちを指導者として、私が遣わそうとしているか考えてみなさい。このため、あなた方が賢明であるだけでなく、他の人々をも賢明であるようにしてほしい。あなたがたか賢明でないなら、あなたがたは自分自身のことさえも十分に処理することはできないであろう。

 実に、塩気を失ってしまった他の人々は、あなたがたを通して、回復させることができる。・・・


年間第二十主日 読書
第一朗読 イザヤ6:1-13
第二朗読 聖ヨハネ・クリゾストモ司教 『マタイ福音書講話』

※1 マタイ5:13
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。


ヨハネ・クリゾストモ
 349年頃、アンチオケに生まれる。父は軍人で、キリスト者の母によって、一流の教育を受けることができた。洗礼は18歳。聖書と神学を学び、その後、荒れ野で隠遁生活(隠修士に学ぶ修道生活)を送る。その後、アンティオケアに戻ると、司教から助祭に、そして司祭に叙階され、説教の才能に恵まれた彼は、説教活動に全霊を捧げた。397年にコンスタンチノープルの司教に選ばれ、聖職者と信者の生活を改める優れた牧者として活躍した。また、皇帝一族やその他の反対者の憎しみをかい、2度に渡って追放された。追放中の虐待の結果、407年9月14日にトルコのポントス州のコマネ近郊で帰天。キリスト教を解説し、キリスト者としての正しい生活を教えるために多くの説教を行い、著作を著した。このことから、「クリゾストモ」すなわち「金の口」と呼ばれている。
正教会、東方諸教会、カトリック教会などで聖人として崇敬されている。

女子パウロ会 聖人カレンダー へ
http://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=091301

ベネディクト十六世の「使徒の経験から見た、キリストと教会の関係の神秘」の連続講話で、ヨハネ・クリゾストモが紹介されています。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message246.htm