判例百選・重判ナビ

百選重判掲載判例へのリンク・答案例等

【答案】百選95事件 朝日火災海上保険(石堂)事件

2012年04月21日 | 労働百選答案

1 Xは本件労働協約改定はXにとって不利益な変更であるためXとの関係で規範的効力(労組法)を生じず無効であるとして、従前の満65歳定年制を前提とする労働契約上の地位と退職金の支払を受ける権利を有することの確認を求めている。Xのこの請求が認められるか否かは、従来の労働協約上の労働条件を新しい労働協約によって労働者の不利益に変更することが可能かという点にかかっているため、この点につき検討する。
2 労働組合は労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする(労組法2条本文)ため、本件のように従前の労働条件を不利に変更する労働協約を締結することはできないかにも思われる。
 しかしながら団体交渉はいわば労使の相互譲歩の取引であり、その結果、労働協約には、労働者に有利な条項と不利な条項が一体的に規定されることが多い。また、継続的な労使関係においては有利化不利化の判断は困難である。さらに、労働組合としては、組合員の長期的な利益を保証するために、それ自体としては不利益に見える協定を締結することも考えられる。とすれば、労働協約によって労働者の労働条件を引き下げることも許され、これには規範的効力が認められると解すべきである。
 もっとも、特定の又は一部の組合員を殊更に不利益に取り扱うことを目的として締結された等、労働組合の目的を逸脱して締結された場合には、例外的に規範的効力は否定されるものと解するのが相当である。そして、上記労働組合の目的逸脱の有無の判断に当たっては、①組合員に生じる不利益の程度、②当該協約の全体としての合理性・必要性、③締結に至るまでの交渉経緯、④組合員の意見の反映の程度等を総合的に考慮することが必要である。
3 これを本件について検討する。
(1) まず①につき、確かに本件協約は、従来の63歳の定年を満57歳に変更し、また退職金の支給基準率も71.0から51.0に引き下げるというものであって、昭和53年度から昭和61年度までの間に昇給があったこと、満60歳までは特別社員として正社員の60%に相当する賃金で再雇用可能という代償措置が設けられたことを考慮に入れてもXの被る不利益の程度は決して小さいものということはできない。
(2) しかしながら他方、②Y社においては、かねてから、鉄道部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、Y社の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和五三年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、協約改定により定年年齢を早期に変更し、支給基準率を引き下げる必要性は高く、このため組合が組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を終結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。
(3) そして③組合は、常任闘争委員会や全国支部闘争委員会で討議を重ね、組合員による職場討議や投票等も行った上で、本件労働協約の締結を決定したという本件協約締結に至るまでの一連の交渉経緯を見ると、組合は組合員の多様な意見を汲み上げ、組合員全体の利益の公正な調整のための真摯な努力を行ったと評価でき、上記各手続により④組合員の意見は十分に本件協約に反映されているといえる。
(4) 以上のことを総合的に評価すると、本件協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力は認められるというべきである。よって、本件Xの各請求は認められない。