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【答案】百選96事件 朝日火災海上保険(高田)事件

2012年04月22日 | 労働百選答案

1 Xの地位確認請求及び給与等の支払請求が認められるかは、本件労働協約及び就業規則変更の拘束力がXに対して及ぶかによって決されるため、以下この点につき検討する。
2 労働協約の変更がXを拘束するかについて
(1) 労働組合法17条は、一の工場事業の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるにいたったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるとし、いわゆる労働協約の一般的拘束力を認めている。ところで本件労動協約は、Y社の従業員の定年を一律に満57歳とし、退職金の支給基準率を引き下げることを主たる内容とするものであり、この規定が適用されるとするならば従来定年が満63歳とされているXにとって不利益となる。そこで、このような不利益な労働協約の変更に、他の未組織同種労働者が労組法17条により拘束されるかが問題となる。
(2)ア 同条の趣旨は、主として一の事業者の四分の三以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し、労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにある。かかる趣旨からすると、未組織の同種労働者についても労働組合団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現のためには、一の事業場においては同種労働者につきできる限り同一の労働条件が適用されることが好ましく、未組織の同種労働者の労働条件が一部有利なものであることのゆえに、労働協約の規範的効力がこれに及ばないとするのは相当でない。そして、同条が、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者に及ぶ範囲について何らの限定もしていないことも、上記のように労働条件の有利不利を問わず未組織労働者に対しても労働協約の規範的効力が及ぶことを認める趣旨に出たものと解される。さらに、労働協約の締結に当たっては、そのときどきの社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利不利をいうことは適当ではない。したがって、同条の適用に当たっては、労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで上記不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼしえないものと解するのは相当ではないというべきである。
イ しかしながら他面、未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、①労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、②労働協約が締結されるに至った経緯、③当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。
(3)ア これを本件についてみると、まず、本件労働協約は、Xが勤務していたY社において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、一部Xにとって不利益な内容を含むとしても、原則としては、Xに適用されてしかるべきものと解される。
イ そこでさらに進んで上記特段の事情の有無について検討するに、②本件労働協約が締結されるに至った経緯をみると、Y社においては、かねてから、鉄道部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、Y社の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和53年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、組合が、組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を終結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。そうであれば、本件労働協約上の基準の一部の有利、不利をとらえて、Xへの不利益部分の適用を全面的に否定することは相当でない。
 しかしながら他面、①本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していたXのような労働者にその効力を及ぼしたならば、Xは、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約をXに適用してその退職金の額を昭和53年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を案じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、Xが具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、③Xは、Y社と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益をXに甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力はXに及ぶものではないと解するのが相当である。
3 就業規則の変更がXを拘束するかの点について
(1) 次に、本件就業規則は本件労働協約と同内容を定めており、これが適用されるとすれば前述のようにXにとって不利益となる。そこで本件就業規則の変更がXとの関係で効力を有するか。
(2) 労契法9条本文によれば、使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することができないのが原則である。しかしながら、()変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ()就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、同法10条により例外的に変更後の就業規則が労働者に適用されることになる。
(3) 本件では()「周知」の要件は満たすと思われ、()「合理」性の点について検討する。
 まず、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、Y社が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性(②)を肯定することができる。
 しかしながら、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとしてY社を退職することになるXの退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する措置は、Xにとって過大な不利益であり(①)、法的規範性を是認することができるだけの内容の相当性(③)は認められない。以上の事情を総合的に判断すると、本件変更後の就業規則は「合理的」なものであるということはできず、本件就業規則の変更はXとの関係において効力を有しないというべきである。
4 以上より、本件労働協約の変更及び就業規則の変更はいずれもXに対して効力を及ぼさないものであり、Xの各請求は認められる。