コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(807) 碧海の彼方

2013-01-15 09:43:36 | 碧海の彼方

いよいよ苛立ちを強めるアレッチェの険しい形相の前で、まるで蛇に睨みつけられた蛙のように、心臓も、舌も凍りついて、言葉の呂律が回らなくなりそうな己を、もう一人のマルセラが『しっかり!!』と叱咤する。

 
マルセラは、懐に忍ばせたインカローズの石に、縋るような思いで意識を向けた。

 
生きて脈動しているかのような石の霊妙な波動を感じた瞬間、かつてのロレンソの言葉が、温かく、力強く、心の中に響き渡った。

  

 

『マルセラ殿、これは"インカの真珠"――インカの黄金時代から、特別な力があるとされてきた石。

 
この石は、我々の意識を、宇宙や大地の力と結び合わせ、さらに高みへと導いてくれる力があると古くから言い伝えられています。

 
これは、わたしが戦さの時、常に身につけてきたもの。

 
それを、今度は、そなたに持っていてほしいのだ。

 
必ずや、そなたを守護してくれましょう』

  

 

――ロレンソ殿……!)

 
マルセラは、深く息を吸い込むと、今一度、キッと、アレッチェを鋭く見返した。

 
「さっき、牢の中であなたの部下に尋問された時は、適当に誤魔化したけど、私は、トゥパク・アマル様の腹心ビルカパサの姪のマルセラよ!」

 
その言葉に、アレッチェの片眉が、再びピクリと上がった。

 
「あのビルカパサの姪?

 
おまえがか?」

 
アレッチェが微かに関心を示した気配を敏感に察知しながら、マルセラが、さらに言葉を継いでいく。

 
「そう、あのビルカパサの姪よ。

 
だったら、こんなところで突き落としてしまうより、もっと有効な利用方法があると思わない?

 
例えば、人質にして、もっと重要な交渉ごとのために、取っておいても損はないでしょ?」

 
自分でそうは言いながらも、本当にアレッチェが、そのような手に出たらどうしようと、マルセラの心臓はバクバクと身から飛び出しそうに脈打っている。

 
しかし、一刻でも時間を稼ぐためなのだ――彼女は、必死でポーカーフェイスを装いながら、横顔で微笑んでみせた。

  

【登場人物のご紹介】

≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが

≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。

 

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