コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第七話(94) 黄金の雷

2007-03-31 21:08:26 | 黄金の雷
「だけど…トゥパク・アマル様は…?!
トゥパク・アマル様は、このままではどうなってしまうのです!!」

≪アンドレス…わたしのいる所は、外部から侵入することは絶対に不可能な場所。
わたし自身の力で、内部から監視体勢を突き崩して脱獄する以外は、ここから出る方法はありえぬ。

それに、もし、このまま処刑されるに至ったとしても、それは当初から自ずと覚悟のこと。
そうなったとて、わたしの肉体が失われるだけのことだ。
そのようなことに意識を奪われてはならぬ。

アンドレス、そなたは心の眼を研ぎ澄ませ、全体を見通し、真に守らねばならぬものを守って進め。
一つの選択も誤るな。
私情に惑わされてはならぬ。
さあ、もう、これ以上は話せない…。
…アンドレス……≫

急に、トゥパク・アマルの声が小さくなった。
アンドレスはその声を、その姿をつなぎとめようと、必死で身を乗り出した。
「トゥパク・アマル様――っ!!!」

アンドレスは己の叫び声で、ハッと目を覚ました。
「あ…!
え…?!」
うつ伏せていた机上から、ガバッと身を起こす。
彼は目を瞬かせながら、周囲を鋭く見渡した。

気付くと、そこは、己の先程の天幕の中だった。
先刻、灯したはずの蝋燭が、既に蝋が尽きて完全に消えている。
(夢……?!)

アンドレスは、呆然としたまま、ゆっくりと立ち上がった。
そして、足元の床の硬い感触を確かめる。
先程の不安定な感触は、そこには無かった。

だが、ふと、頬に冷たいものを感じる。
手をやると、それは己の涙であった。
「…――!」


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コンドルの系譜 第七話(93) 黄金の雷

2007-03-30 19:29:04 | 黄金の雷
トゥパク・アマルの静かな視線が注がれる。
≪アンドレス、落ち着くのだ。
わたしは、そこにはいない。
今、クスコの牢から、そなたに語りかけている。
長くは話せない。
だから、よく聞いて、わたしの言葉を守るのだ。
よいね≫
霞みの向こうのトゥパク・アマルは、アンドレスが相変わらず涙を流しながらも、己の声に鋭く神経を研ぎ澄ませているのを見届けると、ゆっくり頷き、話しはじめた。

≪アンドレス、かつて、わたしがそなたに言った言葉を覚えているか?
その言葉を守るのだ≫
以前と変わらぬトゥパク・アマルの美しい切れ長の目が、じっとアンドレスを見つめている。
その目を見つめ返すアンドレスの脳裏に、まるでフラッシュバックするように、トゥパク・アマルと共にありし日の一場面が去来する。

それは、トゥパク・アマルが、彼にアパサの援軍としてラ・プラタ副王領への遠征を申し渡した、あの時の場面であった。
その時のトゥパク・アマルの言葉が、そして、あの時の己の言葉が、どこからともなくアンドレスの心の中に響き渡る。

あの時、トゥパク・アマルは言っていた。
『万一にも、わたしがスペイン軍の手に落ちることがあろうとも、そなたは、間違っても救出に来ようなぞと思ってはいけないよ。
わかっているね、アンドレス』
『まさか…――!!
そんな事態になって、安閑としていられようはずがありますまい!!
すぐにお助けに上がります』
そのアンドレスの言葉を鋭く制して、トゥパク・アマルは決然と言っていた。
『我々が共に一網打尽にされてはならぬのだ。
重ねて言う。
仮にわたしが捕えられても、そなたは決して、救出に来てはならぬ!
これは命令だ!!』

あの時の一連の場面が、まるで、今、ここで展開しているかのように、アンドレスは非常に生々しくその言葉を感じ取っていた。
「トゥパク・アマル様……!」
霧の向こうで、トゥパク・アマルが深く頷く。

≪あの時のわたしの言葉を守るのだ。
そなたの気持ちは、十分に分かっている。
だが、もはや、クスコ界隈は完全に敵の軍団で埋め尽くされ、蟻一匹通ることは不可能だ。
そなたが来ようものなら、確実に捕われる。
そして、殺される。
そなただけではない。
そなたの元にいる、二万の兵たちも、今度こそ確実に命を落とすであろう。
それを分かりながら、私情から、クスコへ進軍しようなどと、このわたしが許さない。
よいか、アンドレス。
そなたは、そのままソラータの包囲を続け、当地を奪還せよ。
そして、当地を拠点に反乱を展開せよ。
我々に残された、まだ可能性のある道は、それしかない≫


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コンドルの系譜 第七話(92) 黄金の雷

2007-03-29 19:14:14 | 黄金の雷
(トゥパク・アマル様…トゥパク・アマル様…!!)
アンドレスはすっかり気が動転して、思わずバランスを崩し、その不安定な雲のような足場の中に倒れこんだ。
すると、いきなり下方から何者かに足を掴まれ、そのまま体ごと雲の中に引きずり込まれていくような感覚に襲われる。
沈み込んだ雲の中は、まるで濃厚な水蒸気の塊のようになっていて、容赦無く全身を絡め取られる。

「やめろ!!
放せ!!!」
いつの間にか、彼の手には、常のサーベルが握られている。
それでも引きずり込もうとする何者かの腕に、アンドレスのサーベルは、狂ったように斬りつけていた。

「俺は死ねないのだ!!
トゥパク・アマル様をお助けするまでは!!
トゥパク・アマル様!!!」
半狂乱の叫びを上げながら、己の足に絡まっていた腕をついに切り捨てると、アンドレスは鬼のような形相で立ち上がり、先程、トゥパク・アマルの姿を見たはずの場所へと走った。
「トゥパク・アマル様!!」

トゥパク・アマルは、先程と同じ場所で、同じ姿勢で、冷たそうな牢の床に座したまま、じっとこちらのアンドレスを見つめている。
そして、その姿であっても、そこにいるトゥパク・アマルの面差しは、かつてアンドレスが彼と共にありし日々のものと、まるで変わらぬ――どこまでも沈着冷静な、深く包み込むような、精悍でありながらも研ぎ澄まされた美しさをも備えた…――全く、そのままであった。
いや、むしろ、あの頃にも増して、何か、とてつもない高みに至ってしまったような、そんな突き抜けた何かを湛えてさえいる。
アンドレスは、恍惚として息を呑んだ。

≪アンドレス、わたしのことを案ずることはない。
単に、肉体が拘束されているだけのこと。
別段、動揺することではない≫
その声も、かつてと少しも変わらぬ、深遠な、低く、穏やかな声であった。

アンドレスは、必死で、トゥパク・アマルの傍に近寄ろうと、懸命に霧の中を進もうとする。
だが、霞みの向こうに浮かび上がるトゥパク・アマルの姿は、どこまで進もうとも、決して近づいてはこない。
アンドレスの瞳から、一筋の涙が流れた。
「トゥパク・アマル様……――」


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コンドルの系譜 第七話(91) 黄金の雷

2007-03-28 19:01:34 | 黄金の雷
雲のような足元のモヤは、ひどく不安的で、一歩踏み込む度に底無し沼のようにズブズブと沈んでいき、非常に歩きにくい。
しかも、周囲に立ち込める霧は、まるで白い巨大な海綿の化け物のように彼を包み、その喉の中まで入り込んできて、息を詰まらせた。
アンドレスは、むせながら、それでも、必死で声のした方へと進もうとする。
それは、傍目から見ると、まるで見知らぬ土地で迷子になって、泣きながら惑っている、幼子(おさなご)のような姿であった。

「トゥパク・アマル様!!!」
アンドレスは、渾身の力を込めて叫んだ。
≪アンドレス!!≫
今度こそ、トゥパク・アマルの声が、本当にはっきりと大きく聞こえた。
「トゥパク・アマル様!!」
≪アンドレス…通じたか…!≫
トゥパク・アマルの声が、妙にリアルに、安堵を滲ませて響く。

「え…トゥパク・アマル様…!
まさか…本当に……!?」
アンドレスは、今、まさにトゥパク・アマルが、真に己に語りかけているのだと確信した。
「トゥパク・アマル様、聞こえます!!
聞こえますよ!!
トゥパク・アマル様!!」
アンドレスは、もう夢中でトゥパク・アマルに呼びかけ続ける。

≪ああ…聞こえている…アンドレス…≫
アンドレスは深く頷き、意識をトゥパク・アマルの声に完全に集中した。
そして、じっと心の眼を、耳を、研ぎ澄ます。
すると、濃い霧の中に、ぼんやりとトゥパク・アマルの姿が浮かび上がって見えてきた。
「トゥパク・アマル様…!!!」
アンドレスは息を呑む。

霧の中に浮かび上がるトゥパク・アマルは、薄暗い石牢のような中に一人いて、やはり石でできている冷たく硬そうな床の上に、直に座っていた。
そして、足には重々しい鉄の鎖がつけられ、牢の一隅にある鉄棒に繋(つな)がれている。
その肌には、恐らく敵方の役人たちによる拷問の跡なのだろう、無数の深い傷跡が刻まれ、霧の向こうに霞むように見えているにもかかわらず、酷く生々しく、今にも血が滴ってきそうな状態であった。

「…――!!!」
アンドレスは愕然と目を見張り、再び、霧が喉に詰まったように、完全に呼吸ができなくなった。


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コンドルの系譜 第七話(90) 黄金の雷

2007-03-27 18:46:19 | 黄金の雷
心は激しく掻き乱され、気持ちばかりが焦り、それなのに、思考能力は完全に低下し、頭の芯が痺れるような鈍痛に苛(さいな)まれる。
目を閉じた瞼の裏は、ただただ白い霧のような世界が広がるばかりである。

その時である。
また、あの声が、アンドレスの頭の中に響いてきた。
≪…アンドレス…≫
(え…?!
トゥパク・アマル様…?!)

アンドレスは、咄嗟に身を起こしながら、ハッと目を見開いた。
見開いた先には、やはり、真白い霧の中のような情景が広がっている。
天幕の中にいたはずなのに、そこは全く見知らぬ異空間であった。
足元の感触を確かめるが、力を入れれば沈んでいきそうな、まるで雲の上にいるかのような不安定な感覚である。

アンドレスは、もう一度周囲を見回すが、視界360度、見渡す限り、白く濃い霧の立ち込めた空間が果てしなく広がるばかりである。
(ああ……俺は、夢を見ているのだな…)
あまりの過酷な現実の連続に、もはや彼の心は感情が鈍磨したように動かず、ただ、ぼんやりとその光景を眺めやっていた。

その時、不意に、またあの声がする。
≪…アンドレス…聞こえるか?…≫
(…――!!
トゥパク・アマル様!!
おられるのですか?!
どこです?!)

夢だと知りながらも、トゥパク・アマルの声がする度に、鋭く反応してしまう己の姿を、醒めたもう一人の自分が自嘲する。
彼は、心の中で、苦々しく呟(つぶや)いた。
(アンドレス…おまえは、この期に及んでも、トゥパク・アマル様の指示が無ければ何も決められぬのか。
そんなありさまだから、結局、おまえは、トゥパク・アマル様をお守りすることができなかったのだ)

だが、再び、あの声が響く。
≪アンドレス!!≫
「やはり、トゥパク・アマル様?!!」
アンドレスは、もう一人の自分の声を撥(は)ね退けて、白い霧の中に踏み出した。
今度こそ、トゥパク・アマルの声が、はっきりとその耳に聞こえたのだ。
それは、空耳とは思えぬほどの現実味を帯びていた。
「トゥパク・アマル様、どこです?!
トゥパク・アマル様!!!」


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