「何を申すか!
英国艦隊や迎撃するスペイン砦の動きに即応できたのは、危険を顧みずに現地に飛び込んだマルセラ殿が、微に入り細に渡った報告をわたしに届け続けてくれたおかげなのだ。
しかし、そのような危険な地に、少人数しか送り込まなかった我が身の判断の誤りこそ、口惜しくてならぬ」
胸詰まる思いでそう応えるトゥパク・アマルの周りで、他のインカ兵たちも、「ビルカパサ様、どうか顔を上げてください」と、口々に言う。
そんな兵たちの姿をひとしきり見渡してから、トゥパク・アマルは、今一度、砦の最上階へ視線を戻した。
「いずれにしても、こうなっては、このままというわけにはいかぬな。
即刻、手を打たねばならぬ」
意を決した声音で言ったトゥパク・アマルに、ビルカパサも、「はっ…」と、恭順を示した。
「わたしも同じ考えでございます。
と、申しますのも――」
そう言いさして、僅かに言葉を呑み、それからビルカパサが言葉を継いだ。
「私的なことではございますが、実は、ロレンソ殿とマルセラは、恋仲にありまして」
思いがけぬビルカパサの発言に、トゥパク・アマルの瞳が大きく見開いていく。
「なんと、そうであったのか」
【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
≪ロレンソ≫(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。
≪マルセラ≫
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが…。
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