コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(799) 碧海の彼方

2012-12-29 03:16:46 | 碧海の彼方

その間にも、アレッチェの腕が、荒々しく掴み上げたマルセラの肩をさらに押して、ますます彼女の身体を手すりから大きく乗り出させていく。


女性としては長身で、いっぱしの女戦士の身なりなど装っているとはいえ、厳めしい軍人の体格をしたアレッチェの前では、マルセラとて、華奢な一人の少女にしか見えない。


そのアレッチェの手に掴み上げられて、体半分以上を手すりの外へ押し出される格好になっているマルセラの足は、恐らく、もはや石床にはついていないのではないかと思われた。


ロレンソ軍の兵たちの間から、悲鳴混じりのどよめきが湧き上がる。


ロレンソの喉からも、声にならぬ叫びが漏れた。


これまでも、非戦闘員であるインカ族の平民たちまで駆り出してきて、それらの民衆を平然と人柱としてスペイン軍の前面に括りつけ、生ける盾とまでしてきたアレッチェの仕儀。


あるいは、トゥパク・アマルの攻撃の矛先を鈍らせるために、同じインカ族の数万の傭兵集団を養成し、同族同士の大規模な流血を強要したこともあった。


目的達成のためなら手段を選ばぬ容赦無さ、冷酷さを、散々に見せつけられてきただけに、捕虜となったインカ族の女の一人や二人、突き落とすことなど、このアレッチェなら朝飯前だろう。


そう予測できるが故に、ロレンソはもとより、ロレンソ軍の誰もが顔面蒼白になったまま、その場に凍りついている。


「さあ、どうするのだ?


もっと傍まで来て、我らと堂々と戦って、この女を奪い返すのか?


それとも、そこに引っ込んだまま、見殺しにするか?」


そうアレッチェが言い終わるよりも早く、マルセラの決然とした声が、夜空に高く響き渡った。


「『アンドレス様』!!


こんな安っぽい挑発に乗っては、だめ!!


絶対に来てはいけません!!」

 

☆★☆ご挨拶☆★☆

本年も、当ブログにお運びくださいまして、本当にありがとうございました!
温かいコメントを残してくださいます方々、励みになる応援をしてくださいます方々、そして、そっとお読みくださっている方々、全ての皆さまに心よりお礼申し上げます。

長々しくなってしまったこの物語も、全体から見れば、もうかなり終盤にきています。
来年は、いろいろ広げてしまったストーリーを一つの流れの中に収束させていくことを目指しながら、ラストに向かって推し進めていくことができればと思います。
ただ、まだ書かねばならぬことが少なからずあり、すぐに完結、とはいかなそうなのですが^ ^
(本章が終章の予定だったのですが、もしかしたら、もう一つぐらい短めの章を足さないと終わらないかもしれません。。。)

たどたどしい歩みではありますが、どうか来年も引き続き温かくお見守り頂けましたら幸いです。
来年もどうぞ宜しくお願いいたします。
全ての皆さまにとりまして、新たなる年が希望に満ちた輝かしきものとなりますように!

 

【登場人物のご紹介】

アンドレス(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

ロレンソ(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。

マルセラ
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。

アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが

ホセ・アントニオ・アレッチェ(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。 
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。

 

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コンドルの系譜 第九話(798) 碧海の彼方

2012-12-27 02:54:52 | 碧海の彼方

今も砦の射程圏外に踏みとどまる若きインカ兵たちの陣頭に立ち、遠目からもありありと分かるほどに、真っ青な表情をして、こちらを見上げている将兵の姿。

 
アンドレスの戦時の身なりをしてはいるが、そこにいるのは、マルセラにとっても、見誤りようのない特別な人物だった。

 
マルセラは、黒曜石のような瞳を大きく見開いていく。

 
そして、開戦前に、トゥパク・アマルや側近たちと話し合った作戦を即座に思い出した。

 
(そうだわ!

 
作戦上、ここでは、ロレンソ殿が、アンドレス様に扮することになっていたんだっけ!)

 
マルセラの瞳が、激しく揺れはじめる。

 
(ロレンソ殿!)

 
いつだったか、ロレンソと交わした言葉が、不意に、マルセラの耳奥に甦ってきた。

  


『いけません。

 
そなたは戦線に出てはなりません』

 
『ロレンソ殿!!

 
私に指図をするおつもりですか?!』

 
ロレンソは深く息をつき、その大人びた表情に優しい光を宿してマルセラを見つめた。

 
『そなたは女性なのです。

 
もっと御身を大切になさい』

 
『なっ何を、いきなり言うのです!!』

 
応戦しようにも、すっかりドギマギして言葉の出ないマルセラに、ロレンソも静かにはにかんだ。

 
そして、慈しみを込めた眼差しで見下ろし、そっと囁いた。

 
――そなたには、死んでほしくないから』

 

 
今、眼下で、背後に多数の部下たちを従えていることさえ忘れてしまったかのような愕然たる表情で、呆然とこちらを見上げているロレンソの姿に、マルセラの胸は締め付けられる。

 
彼女の懐には、かつてロレンソから贈られたインカローズの石が、今も大切に仕舞われていた。

 
(ロレンソ殿……!)

 
このような事態を招いて、ひどく情けない思いと、あまりの申し訳なさと、そして、このような状況にもかかわらず、ロレンソの姿を見た安堵感からなのか、愛おしさからなのか――気丈に張り詰めていた力が、一気に抜け去っていきそうだった。

 
マルセラは強く唇を噛み締めて、込み上げそうになった涙を振り払った。

 

 【登場人物のご紹介】

アンドレス(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

ロレンソ(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。

マルセラ
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。

アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが

 

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コンドルの系譜 第九話(797) 碧海の彼方

2012-12-26 00:17:18 | 碧海の彼方

(なんと迂闊だったのだ

 
そなたが戻っていないことに、気付かなかったなんて……!)

 
とはいえ、実際のところは、アンドレスも、ロレンソ自身も、昨日のうちに本陣を出立しており、マルセラの所在を確認しようもなかったのだ。

 
また、恐らく、トゥパク・アマルをはじめ本陣に残っていた者たちも、英国艦隊の襲来やミカエラたちのサンガララ戦に意識を奪われ、怒涛のように過ぎる時間の中、マルセラが戻っていないことに気付くいとまも無かったのであろう。

 
いや、そもそも、元気闊達で、物怖じせず、それでいて、叔父ビルカパサ似の冷静さや才気もそれなりに持ち合わせている彼女は、放っておいても、大概のことは自身で何とでも乗り切れる――そのような空気が、インカ軍幹部の間に定着していたのだ。

 
ロレンソは、完全に血の気の引いた顔を、震える左手で拭った。

 
(ああ誰よりも、わたしが、もっと、心を配っていれば……!)

 
そのようなロレンソの苦悩を見透かすかのように、砦の屋上階では、マルセラの肩を背後から掴んで、彼女の体を手すりに押し付けながら、アレッチェがあの嗜虐的な笑みを浮かべている。

 
「さあ、この女がここから突き落とされる前に、早く助けに来てやったらどうだ」

 
一方、マルセラは、己の背を強引に押して手すりから身を乗り出させていくアレッチェの腕力に抵抗しながらも、眼下の大軍に目をやってハッと息を呑んだ。

 
(あれは、アンドレス様の軍?!

 
ううん、違うわ――ロレンソ殿!!)

  

【登場人物のご紹介】

アンドレス(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。

 ロレンソ(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。

マルセラ
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。

アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
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コンドルの系譜 第九話(796) 碧海の彼方

2012-12-22 01:48:36 | 碧海の彼方

まさしく、砦の手すり際に姿を浮かび上がらせていたのは、殊にロレンソにとっては、どれほど離れていようが見誤りようもない、マルセラ、その人だった。

 
カモシカのようにスラリと伸びた肢体に女性用の戦闘衣を凛々しく纏い、スッキリと短くカットした黒髪を真紅のバンダナで纏め上げている。

 
その姿は、昨日、英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を偵察し、報告するために、沖合いの小島に渡っていった時のものと同じであった。

 
だが、今は、しなやかな若枝のような褐色の腕を後手に縛られたまま、アレッチェの前に、激しく抵抗しながら引き出されてきていたのだ。

 
このような形で敵中に囚われて、遠目からも口惜しそうな様子は窺えたが、それでも、少年のような風貌を毅然とさせて、あくまで気丈に振る舞っている。

 
そんなマルセラの様子が、かえって痛々しく、ロレンソは、目の前が真っ暗になる思いで立ち尽くしていた。

 
(まさか、昨日、偵察に出たまま、戻っていなかったのか?!

 
確か、英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を探るために、沖合の小島に渡っていたはずだが。

 
しや、その時、スペイン軍の巡視艇か何かに見つかって、捕えられた?)

 
思わず手の平から取り零しそうになった剣を、おぼつかぬ指で辛うじて握りとめる。

  

【登場人物のご紹介】

ロレンソ(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。

マルセラ
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。

アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
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コンドルの系譜 第九話(795) 碧海の彼方

2012-12-19 20:15:54 | 碧海の彼方

「ええい!!


歩く時ぐらい、大人しくしておることができんのか!!


インカ族の女は、みんな、おまえのように野蛮なのか?!」


サルセードの憤怒と困惑の混ざり合った声が響き、それを凌駕する勢いで、毅然と言い放つ女性の声が反響する。


「野蛮なのは、どっちよ!!


ちょっと、そんなに乱暴に引っ張らないでって言ってるでしょ!


そんなにグイグイやらなくたって、自分でちゃんと歩くわよ!


腕が千切れたら、どうしてくれるのさ?!」


己を引っ立てて歩くスペイン兵たちに抗議しているらしき女性の声は、男性陣の声よりもワントーン高く、広い空間に凛と響き、かなり距離がありながらも、ロレンソたちのいる場所まで鮮明に聞こえてきた。


(まさかあの声は?!)


あまりに聞き覚えのある声に、ロレンソは驚愕して耳を疑った。


心臓の凍る思いで、声の響いた方向に目を凝らす。


それから、愕然と目を剥いた。


――マルセラ殿……!!」


我知らず悲鳴に近い声を発してしまったロレンソの背後で、彼の配下の兵たちもギョッと目を見開いて、砦を凝視したまま身動きできなくなっている。

 

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現在、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて、若きインカ兵たちを統率している。

マルセラ
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。

アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが

≪サルセード大佐(スペイン軍)
此度の沿岸部におけるインカ軍及び英国艦隊との決戦において、砦のスペイン軍を束ねている。
当地での戦いにおいて、スペイン軍総指揮官アレッチェの補佐官の任にある。

 

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