コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第八話(174) 青年インカ

2007-09-30 16:19:48 | 青年インカ
マチュピチュの谷間を一陣の強い風がビョウと音を立てて駆け抜け、トゥパク・アマルの漆黒の長髪が、吹き抜ける風によって宙に舞い上がる。
やがて、一通りを話し終えたトゥパク・アマルの前には、愕然と身動きできずにいるビルカパサの姿があった。
「…――!!―――」

驚愕と混乱と恍惚の面持ちで、言葉を継げずにいるビルカパサに、トゥパク・アマルは、低く沈着な声で言う。
「驚かせたかもしれぬ。
無理もあるまい。
わたしとて、このことについては、かなりの思案が必要であった。
だから、ビルカパサ、そなたが納得いくまで、わたしなりの考えを幾らでも話すゆえ、何なりと問うがよい」
「――は…はい……」

普段は、トゥパク・アマルの言葉に即座の絶対的な恭順を示すビルカパサも、さすがに今は、鷲のような鋭利な横顔を強張らせ、眉間には深い皺を寄せたまま、返す言葉に詰まっている。
このビルカパサとて、単に武勇の腕に優れるのみならず、この反乱全体を常に感情統制の行き届いた冷静な視野で展望し続けてきた、慧眼の廷臣である。
そもそも、その資質なければ、トゥパク・アマルの護衛など務まるものではない。

やがて、ビルカパサは、深刻な面差しでトゥパク・アマルに幾つかの質問をした後、僅かに眉間の皺を緩めたが、しかしながら、その厳しい表情はなかなか変わらない。
トゥパク・アマルは、すっと目を伏せた。
「そなたの気持ちは分かる。
だが、既に、手はずは進めてしまっている」

「!!…――す、既に…?!
では、トゥパク・アマル様…こ…っ…このことは、皆、知っているのですか?!」
上擦った声を放つビルカパサの額には、冷風の中にもかかわらず、かなりの汗が滲んでいる。


【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパクと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。


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コンドルの系譜 第八話(173) 青年インカ

2007-09-29 18:50:00 | 青年インカ
ビルカパサは恭順を示すと、言葉を継いだ。
「それはそうと、アンドレス様の陣営には、皇子マリアノ様もおられるはずです」
トゥパク・アマルは、再び、深く頷いた。
そして、どこか思いに耽った遠くを見やる目になって、黙って歩み進める。

決死の逃亡の果て、自分たち父母からも兄弟からも、たった一人離れて暮らす、まだ10歳の皇子を思うトゥパク・アマルの心中を思うと、さすがのビルカパサも切ない感覚に憑かれ、思わず、たたみかけるように問いかける。

「マリアノ様も、アンドレス様も、トゥパク・アマル様が牢を抜けられたことを、まだ、ご存知無いはずです。
お知らせになられたら、きっと、どれほどお喜びになられるか……!」

トゥパク・アマルは、そっと目元を細めた。
「そうだな…いずれ、近いうちに、使者をやりたいと思っている。
そして、我々も、次の段取りに向けて、早急に行動を開始したい。
アンドレスやアパサ殿が、ラ・プラタ副王領での勢力を固めている間にも、我々が、しておかねばならぬことは多い」

そう語りながら、常の沈着で美麗な眼差しに鋭さを宿して、トゥパク・アマルは、真っ直ぐ前方を見据えた。
そこに、何かの到来を、はっきりと見出しているがごとくに―――。

ビルカパサは反射的にトゥパク・アマルの視線の先を追うが、彼の視界には、長大なアンデスの霊峰が遥々と広がるのみである。
ビルカパサが、今ひとたび、トゥパク・アマルの方に向き直ると、トゥパク・アマルも、その視線をゆっくりとビルカパサの方に返した。
相変わらず沈着ながらも、強い光を宿した面差しで己を見入る主の前で、ビルカパサは、素早く居住まいを正した。

「ビルカパサ、そなたにも、そろそろ伝えておかねばならぬことがある。
この後の戦(いくさ)のことで…――」
「はっ!
何なりと!!」
ビルカパサが、逞しい体を屈め、すかさず深い恭順を払う。
トゥパク・アマルは僅かに頷くと、周囲に衛兵たちのいないことを確認し、声を落として話しはじめた。


【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
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コンドルの系譜 第八話(172) 青年インカ

2007-09-28 19:12:54 | 青年インカ
次第に強まる風の中で、トゥパク・アマルは真っ直ぐに立ち、今一度、マチュピチュを遥々と見下ろした。
そして、静かに微笑むと、やがて、少し離れた場所に控えていたビルカパサをゆっくりと振り向いた。
「待たせてすまぬ。
そろそろ陣営に戻ろうか」
「はい、トゥパク・アマル様」
ビルカパサは俊敏に礼を払うと、サッと道を開いた。

ワイナピチュの急峻な山の斜面を敏捷な足取りで下りていくにつれ、絶壁に延々と連なる段々畑の跡地が次第に目前に迫り、ほどなく、それらの畑地に水を注ぐ水路から迸(ほどば)しる水音が、耳に心地よく響いてくる。
古の時代から、マチュピチュには、サイフォンの原理に基づく優れた灌漑技術があった。
丘陵の等高線に沿って水を引き、盛り土をしたり、逆に、削ったりしながら導水するその技術によって、ほぼ山頂に位置するこの場所でも、豊富な水を確保することができていた。

そして、たった今、この瞬間も、当時のままに水路から流れ出す清涼な水音に耳をすませながら、トゥパク・アマルが低く響く声で言う。
「ソラータでは、アンドレスが、水攻めの策を進めていると聞くが」
ビルカパサは、精悍な眼差しで頷いた。
「はい。
そのように聞いております」

ワイナピチュを下りきると、マチュピチュの一角に張った陣営に向かって二人は歩み進む。
衛兵たちが、恭しく二人に礼を払いながら、姿勢を正して素早く道を空けていく。
「アンドレスがソラータを包囲して、どれ程になるか?」
トゥパク・アマルの問いに、ビルカパサは、畏まって応える。
「はい。
間もなく、3ヶ月程になりましょう」

「そうか…。
アンドレスもよく粘ったが、さすがに、そろそろ潮時か」
「アンドレス様の策は、このまま静観ですか?」
トゥパク・アマルは、静かな横顔で頷いた。

「ソラータの街中で人質とされている民の解放が案じられるが、むこうには、あのベルムデス殿も、アパサ殿も、ついている。
下手に踏み外すことはあるまい。
それに、実際、アンドレスの水攻めの策は、あの土地であれば、あながち的をはずれてはいまい」
「はい、トゥパク・アマル様」


【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫
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コンドルの系譜 第八話(171) 青年インカ

2007-09-27 18:52:40 | 青年インカ
ビルカパサの視線の先で、今、遥かなる聖都を、切れ長の目を伏せるようにして見下ろす主の横顔には、深い憂愁が宿って見える。
このマチュピチュでは、神殿や宮殿跡のみならず、かつてのインカの庶民たちの居住区も、ほぼ完全な形で残されている。
静寂な佇まいを今も見せているそれらの町並みに、ゆるやかな視線を注ぎ続けるトゥパク・アマルの胸の内は、静かに熱く込み上げる。

インカ帝国の首都であったクスコをはじめ、かつてのインカの町々では、侵略後、一般庶民の住居はスペイン人たちによって悉(ことごと)く破壊されてしまっていた。
しかし、眼下に広がる天空の秘都マチュピチュは、最後までスペイン軍の侵入を断固として許さなかったが故に、他所では破壊し尽くされた庶民たちの居住区も――今は、廃墟となった石組みの壁のみとはいえ――当時のままに残されているのである。
インカ帝国時代には、それら石組みの建造物は藁で屋根が葺(ふ)かれ、神殿や王宮は豊かな黄金で飾られ、長大で繊細に築かれた無数の段々畑には、ジャガイモ、トウモロコシ、ユカ、キノア、コカの葉など200種類以上の作物がたわわに実っていた。

だが、それほどに豊饒で堅固であったこの天空都市も、生き延びているインカの王族や兵を抹殺しようと執念の炎を滾(たぎ)らせて迫り来る執拗なスペイン軍の侵攻を食い止めるために、最終的には、やむなく当時のインカ皇帝や民たち自身の手によって焼き払われてしまったのである。
それは、トゥパク・アマルが生まれるよりもずっと昔の、彼の何世代も前の祖先たちの時代のことであるが……。

ひっそりと静まり返った廃墟と化したマチュピチュだが、それでも、今は、その一角に張られた彼の率いるインカ軍の天幕から、吹き上げる風に乗って、兵たちの闊達な号令や賑やかな話し声が微かに聞こえてくる。
トゥパク・アマルは、そんな生気溢れる声を乗せて流れ来る風を全身に受けながら、今、再び、インカの民たちの到来によって命を吹き込まれ、古(いにしえ)の賑わいが舞い戻ったかのような眼下の聖都を、愛しげに見つめた。

それから、彼は、ワイナピチュの山頂に立ったまま、吹き上げる風の中で瞼を閉じる。
そして、冷風に身をあずけながら、周囲の霊験な気配に意識を集中させた。
(今も…この都は、決して死に果ててなどいない……)

トゥパク・アマルは、美しく研ぎ澄まされた目元を、ゆっくりと開く。
外見上は廃墟と化した寥々(りょうりょう)たる都ではあるのだが、目には見えねども、染み入るように清冽で力強いエネルギーが、この瞬間も、確かに、この天空都市に満ちていることを、彼は、はっきりと感じ取ることができていた。


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≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
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コンドルの系譜 第八話(170) 青年インカ

2007-09-26 19:46:23 | 青年インカ
ところで、マチュピチュは、厳しい自然に囲まれた山の頂(いただき)にありながらも、ここから多数のインカ道が旧都クスコをはじめとして国中に伸びており、絶海の孤島のごとくの当地にありながらも、国中の情報を仕入れ、また、指令を放つにも非常に優れた機能を有する場所でもあった。
トゥパク・アマルは、いずれ遠からず、マチュピチュから下界に降りて再び反乱を率いるその日に備え、妻ミカエラ、長男イポーリト、末子フェルナンド、そして、護衛の軍団と共に、一時的に、この地に腰を落ち着けていた。

今、彼は、ワイナピチュの頂に立ち、眼下のマチュピチュを見下ろしている。
ワイナピチュは、マチュピチュの背後に聳(そび)える山で、急峻な獣道を登っていくと、山頂まで上りつくことができる。
その山頂には、かつて歴代のインカ皇帝たちが座した一枚岩の堅固な玉座があるが、そこからは、眼下に広がるマチュピチュの美しい街並みの全容を、遥々と俯瞰することができるのだ。

往年のインカ帝国の栄華を偲んでいるのか、あるいは、今後の反乱の展開を見据えているのか、黙って眼下の遺跡を見つめるトゥパク・アマルの精悍な横顔は、清冽な蒼天を背景にくっきりと映えている。
逞しく引き締まった長身に纏う黒マントと漆黒の長髪が、冬の冷風の中に舞っている。
ワイナピチュの頂に浮き上がる凛然たるその姿は、黄金色の陽光を受けて高貴で霊妙な覇光を放ち、まるで天空から舞い降りた太陽神の化身のようにさえ見える。

彼の元で再び護衛の任についているビルカパサは、少し離れた場所から感極まる思いで、そんな主(あるじ)の姿を見つめていた。
(トゥパク・アマル様……!
また、こうして、あなた様にお仕えできる日が来ようとは…!)

かつて、己の不始末でトゥパク・アマルが囚われてしまったと自らを呪い責め苛(さいな)んできたビルカパサの目頭は、トゥパク・アマルを目の前にする度、熱くなった。
そして、今度こそ、二度と、トゥパク・アマルをあのような苦境に追い込むまいと、己の胸の内で幾度と無く堅く誓いを立てていた。


【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
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≪ビルカパサ≫
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
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