コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(951) 碧海の彼方

2014-04-26 14:23:01 | 碧海の彼方

マルセラ自身も、ロレンソのために水を汲んでこようと立ち上がろうとしたその時、床に倒れかけていたロレンソが、バネのように身を起こして、マルセラの腕を捉(とら)えた。


ロレンソの手の中にある彼女の褐色の腕は、以前と変わらぬ若枝のようなしなやかさである。


しかし、その肌には、薄闇の中でも息を呑むほど、生々しい傷痕が無数に刻まれていた。


インカ軍を挑発するために、敵将アレッチェが、衆目の面前でマルセラを激しく痛めつけていた、あの屋上階の悪夢のような光景がロレンソの脳裏に甦る。


『来てはだめ!!』


アレッチェに打ち据えられながらも、挑発に乗せられかけた己を止めるために叫んだ、あの時のマルセラの必死の声が今も耳奥にこびりついて離れない。


あれだけのことがあったというのに、もともと気丈で闊達なマルセラは、今も、何事も無かったように快活に振る舞っている。


――さすがに此度は、その身や心に受けた傷つきや衝撃は、そう軽々しいものではないだろう。


ロレンソは、胸の締め付けられる思いでマルセラの腕を握り締めたまま、懇願するような眼差しを彼女に向けた。


「マルセラ殿、行かないでくれ」


「え?


いえ、そこの水瓶から水を取って来るだけですよ」

 

明るい笑顔を見せて己の手をほどきかけたマルセラを、ロレンソの腕は、反射的に強く引き寄せ、次の瞬間には、全身ごと胸に抱き締めていた。

 

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≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
現在は、スペイン砦を制覇すべく、インカ兵と黒人兵の混成部隊を率いて砦に進撃し、戦闘続行中。

≪ロレンソ≫(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
 反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。

≪マルセラ≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人で、ロレンソの恋人でもある。
砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。

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コンドルの系譜 第九話(950) 碧海の彼方

2014-04-24 02:08:51 | 碧海の彼方

マルセラは、床の上に崩れかかったロレンソの傍に駆け寄ると、真っ青になって跪(ひざまず)いた。


「お願い、どうかしっかりして!」


粉末だらけになってフラフラと床に縋(すが)っているロレンソの肩を、ハッシと掴んで、マルセラが強く揺さぶる。


「気をしっかり持って!!」


マルセラの手に激しく揺すられて、ますます意識が飛びかけながらも、ロレンソは、この上ない安らかな表情で深々と息をついた。


「良かった――そなたが無事で、本当に……


「敵の監視がきつくて、上階に戻るに戻れなかったの。


それにしたって、なんてことしちゃったんだろ。


まさか、こんなところまで、あなたが来てくれるなんて」


大慌てでマルセラが周囲を見回せば、ロレンソのみならず、彼の腕利きの部下たちも、今のスパイス弾を喰らって床にへたり込み、目や口を覆いながら激しく咳き込んでいる。


「うわぁ


みんな、ごめんなさい!


大変なことしちゃった


マルセラは、仲間の捕虜兵たちに向かって、部屋の隅に置かれた水瓶(みずがめ)を慌てて指差した。


「そこに入ってる水、腐りかけてるけど、この際、やむを得ないわ。

 

それで、みんなの目や口をすすいであげましょう!」

 

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トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
 剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
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沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
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トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
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コンドルの系譜 第九話(949) 碧海の彼方

2014-04-19 15:32:00 | 碧海の彼方

「マルセラ様――


どこにいるのですか?!」


低声(こごえ)で懸命に呼びかけながら、辺り中を探し回るロレンソや部下たちが、幾つか目の分厚い鉄扉を開いた時だった。


途端、見覚えのある白球の群れが、開け放ったドア奥から猛然と飛び出してきた。


(あっ、これはっ!!)


と意識が走った瞬間には、既に時遅し。


白球は、ドアノブを握った姿で固まったロレンソたちの顔や全身にブチ当たってきて、見事なほど派手に炸裂した。


――!!!」


それは、まぎれもなく、自分たちインカ軍が敵の目つぶしのために利用する、あのスパイス弾だった。


破裂した鶏卵の殻の中から、大量の小麦粉や唐辛子、胡椒が飛び出し、ロレンソたちの目や口内に飛び込んで、全身を白や赤に染め上げた。


「くぁ……!」


不意打ちのスパイス弾を大量に喰らって、失神しかけたロレンソや部下たちの耳に、部屋の奥からマルセラの仰天した声が響いてきた。


「ええ?!


やだ、まさか、ロレンソ殿?!」


「マルセラ殿……


こ、ここに、身を隠していたのですかゴホッ!!」


胡椒や唐辛子を深々と吸い込んで激しく咳き込みながらも、安堵と歓喜の声を上げたロレンソの傍に、マルセラが素っ飛んできた。


彼女は、目の前でスパイスにむせているロレンソたちと、自分の手の中にある白球とを交互に見比べて、凛と澄んだ瞳を大きく揺らしている。


「ついに敵に見つかったかと思ったの!


それで、みんなで、このスパイス弾を投げて……


そしたら、まさか、ロレンソ殿だなんて!

ああ、しっかりして!!」

 

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沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
現在は、スペイン砦を制覇すべく、インカ兵と黒人兵の混成部隊を率いて砦に進撃し、戦闘続行中。

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アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
 反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。

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アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
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コンドルの系譜 第九話(948) 碧海の彼方

2014-04-16 23:53:28 | 碧海の彼方

気付けば、数少ない松明の薄明かりが照らす通路の両脇には、林立する錆びついた鉄格子が浮かび上がり、いよいよ地下牢の最奥に到達しているのだと分かる。


目を凝らしても、今は地下牢の中に人の気配は無い。


が、鼻を突くような血生臭く淀んだ空気が辺りに充満しており、少し前まで、そこに捕虜たちが収監されていたことが窺えた。


地下道の通路沿いには、地下牢を挟み込むようにして、幾つもの大小の部屋――尋問室から倉庫のようなものまで様々だが――がある。


敵襲に気を配りながらも、それらの扉のうち鎖錠されていないものを慎重に開けながら、一つ一つ中を覗いて調べていく。


中には拷問部屋などもあり、今は無人のそれらの部屋を横目に走り抜けていくロレンソたちの胸中には、再び強い不安が首をもたげてくる。


(マルセラ殿、どこにいる?!


頼むから、今も、無事でいてくれよ)


予想以上に、地下通路の構造は複雑に入り組んでいた。


ロレンソの部下が、気を利かせて壁にマーキングをしながら進んでいくも、それでも、幾度か同じ場所を行きつ戻りつしてしまうありさまであった。


そんなことを繰り返しながらも、物陰を丹念に覗き込み、石壁に取り付けられた幾つもの鉄扉を一つ一つ開けて中を確認しながら、マルセラたちの姿を探し続けていく。


ロレンソの唇から、声を絞りつつも、堪え切れずに擦れ声が漏れた。


「マルセラ殿、どこにいるのです?!


わたしです、ロレンソです!

 

どうか出てきてください!」

 

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現在は、スペイン砦を制覇すべく、インカ兵と黒人兵の混成部隊を率いて砦に進撃し、戦闘続行中。

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アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
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砦の敵中に囚われ捕虜の身となっていたが、脱出をはかった。

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コンドルの系譜 第九話(947) 碧海の彼方

2014-04-12 13:49:29 | 碧海の彼方

「敵兵どもがマルセラ殿や脱獄した仲間たちを見つけてしまう前に、我らが何としても先に見つけ出し、上階のインカ軍に安全に合流できるよう加勢せねばならん」


冷静さを取り戻して語るロレンソの周囲では、部下たちが頷きながら、顔を見合わせている。


それにしても、一体、どこに身を隠しているのか――皆、心配そうに眉根を寄せた。


マルセラ本人と、彼女が解放した捕虜とを合わせれば、数十名規模の集団になっているはずだった。


それだけの集団が、このような場所を移動していれば、それなりに目立つはず。


しかし、この地下道に降りてくるまでにも神経を研ぎ澄ませて彼らの気配を探してきたが、今までのところ、その気配は微塵も感じられなかった。


(この地下道も、奥深くへ進むほど、人気(ひとけ)が無くなっていく。


恐らく、マルセラ殿は、敵兵の目を逃れるために、この地下道のもっと奥まった場所まで入り込んでいるに違いない)


何かの見えざる手に引き寄せられるように、ロレンソたちは、足音を忍ばせつつも、疾走速度を上げながら、さらに地下道の深部まで踏み込んでいく。


敵の番兵たちさえも殆ど見当たらぬような地下道の深所は、まるで悪魔の喉笛の中にでも彷徨い込んでしまったかのような、おどろおどろしさである。


ツーッと、暗黒の天井から滴り落ちる水雫が、不意に頬や首筋をかすめ、ゾクッと身の毛がそそけ立つ。

 

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現在は、スペイン砦を制覇すべく、インカ兵と黒人兵の混成部隊を率いて砦に進撃し、戦闘続行中。

≪ロレンソ≫(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
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