コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(984) 碧海の彼方

2014-08-30 14:42:05 | 碧海の彼方

視力は効かないながらも、砦外に配されたビルカパサ軍が、敵の大軍によって、この砦の方角へ追い立てられて来るところであろうことは、迫り来る激しい喚声、喧噪、馬の嘶(いなな)き、銃声や砲声などによって察することができた。


やはりビルカパサは、己が命じた作戦通り、砦の射程内に向かって今も偽装退却を続けているのだ。


そう悟ると、トゥパク・アマルの心は再び凍りついた。


ビルカパサたちは、砦に侵入を果たしたトゥパク・アマル軍やアンドレス軍が、首尾よく要塞砲を占拠している真最中だと、現在も思い込んでいるに違いない。


確かに、当初の作戦では、ビルカパサ軍が偽装退却によって砦外の敵軍を要塞砲の射程内に誘(おび)き寄せ、トゥパク・アマルたちが占拠した要塞砲によって、射程内に引き入れた敵軍を迎撃する予定であった。


そうでもせねば太刀打ちできぬほど、砦外に配された敵軍の武装が強壮であったからだ。


しかしながら、今や、状況は全く変わってしまっているのだ。


このままインカ軍本隊がビルカパサに率いられて砦の方へ偽装退却を続けても、トゥパク・アマルたちによる要塞砲の援護など無いばかりか、砦外の敵軍によって砦の真下まで追い込まれ、逆に逃げ場を奪われたまま、全軍壊滅させられることになりかねない。


トゥパク・アマルの横顔を冷たい汗が伝い流れた。


(ビルカパサ、ならぬ


そのまま、砦に向かってきてはならぬ。


手遅れにならぬ前に、本隊を退却させてくれ。


我々もろとも一網打尽にされてしまう前に、せめて、そなたたちだけでも逃げてくれ)

 

そう胸の内で叫んだ己の言葉が、ビルカパサに届きようもないまま己の中で虚しく消えていくのを、トゥパク・アマルは絶望的な思いで感じていた。

 

【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆

≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
現在は、砦内に進軍したトゥパク・アマルに代わり、砦外に配されたインカ軍本隊を率いている。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。

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コンドルの系譜 第九話(983) 碧海の彼方

2014-08-27 23:43:32 | 碧海の彼方

自軍の撒いた唐辛子や胡椒によって反撃を受けるとは――トゥパク・アマルは、どうにもやり切れぬ皮相な思いに胸中が覆われていくのを止められなかった。


それでも、砦内で何が起きているのか、その全体像が次第に見えてきたことによって、彼の心眼は徐々に冷静さを取り戻しつつあった。


しかし、その時、砦内のことに完全に意識を奪われていたトゥパク・アマルの耳に、不意に、砦の外で轟く砲撃音が飛び込んできた。


恐らく、ずっと鳴り続けていたのであろうが、毒気に襲われてから、そこまで意識が回っていなかったのだ。


身体を支えるために、己の背をもたれかけさせている石壁にも、轟音による振動がビリビリと生々しく伝わってくる。


(そうであった


砦の外では、ビルカパサたちが本隊を率いて、敵の大軍と戦い続けているのだ。


しかも、ビルカパサたちは、砦に乗り込んだ我々インカ兵が砦の占拠に成功しつつあると、今も信じているに相違ない。


このまま進軍を続けては、ビルカパサたちまで殲滅させられる……!)


トゥパク・アマルの背筋を、ゾクリと、悪寒が走り抜けた。


底無しの悪夢から醒めた途端、また新たな悪夢の中に投げ込まれたような思いで、彼は重い症状の残る身体を引き摺り、一番手近な窓ぎわににじり寄った。


ただでさえ視力が弱まっている上、外は雨と夜闇に閉ざされ、外界の様子を把握するのは非常に困難であった。

 

が、それでも、外部の戦況を何とかして掴もうと、もてる全神経を懸命に研ぎ澄ます。

 

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
現在は、砦内に進軍したトゥパク・アマルに代わり、砦外に配されたインカ軍本隊を率いている。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
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コンドルの系譜 第九話(982) 碧海の彼方

2014-08-27 22:52:32 | 碧海の彼方

トゥパク・アマルは、湧き起こる口惜しさを払い去るかのように、高熱を帯びた顔を、同様に高熱を帯びた手の平で、グッ、と拭った。


その手に冷たい感触を覚え、小さく溜息をつく。


唐辛子や胡椒類の刺激成分によって溢れ出す涙が、今も止まっていないらしい。


(真相が分かってみれば、誠に他愛ない作戦の応酬であるが、我らよりも相手の方が上手であったと言わざるを得まい。


インカ兵が投げ放ったスパイス弾によって撒き散らされた唐辛子や胡椒の粉末は、掻き集めれば、甚(はなは)だしい量になるはずだ。


それらを大量に掻き集め、砦内のどこかで燃やし、焚き上げ、それによって生成された刺激物を大気ごと換気口から砦内の各所に流し込めば、このような惨状を生じさせることも不可能ではない)


この大広間の中で、両軍入り乱れて屍のように失神している無数の兵たちを、苦渋の眼差で見渡すトゥパク・アマルの思考は、一つの結論に向かって回り続ける。


(だが、唐辛子や胡椒の刺激成分による症状であるならば、たとえ一時的に意識を消失しようとも、療養させて解毒してやれば、後遺症が残ることもなく、元の健康体に回復させることができる。


故に、今はここで共に倒れているスペイン兵だが、我らインカ兵を始末した後には、しかるべき治療を施し、元通りの体に回復させてやるつもりなのであろう。


そこまでしてやれば、アレッチェ殿は、手柄が増えこそすれ、軍部や国民からいらぬ反感を買うことも無い。

  

それら全てを見越した上で、あの者は、この作戦に踏み切ったのだ)

 

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「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
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コンドルの系譜 第九話(981) 碧海の彼方

2014-08-16 12:57:24 | 碧海の彼方

トゥパク・アマルの漆黒の瞳の中には、朱色に燃え上がる炎が鏡のように映し出されている。


その彼の強い視線は、松明の周りにたっぷり降り積もってパチパチと爆(は)ぜながら火に炙(あぶ)られている紅や黒の粉末を捉(とら)えていた。


(あれは、我々インカ軍の兵たちがスパイス弾に込めて投げ放った、唐辛子や胡椒の粒では?)


そう思い至ったトゥパク・アマルの眦(まなじり)が、ピクッと、痙攣した。


(もしや!)


トゥパク・アマルは固唾を呑んで、松明の直近まで、壁伝いににじり寄っていく。


さらに炎に顔を近づけ、何かを嗅ぐような仕草をした後、「うっ」と呻いて、大きく顔をそむけた。


火の熱さ以上に強烈な熱気と刺激臭が顔面と呼気を襲い、堪え切れずに激しく咳き込むと同時に、彼の両目からは、ドッと、滝のように涙が溢れ出た。


トゥパク・アマルは咄嗟に松明から離れて、跳ね上がった心拍を整えようと胸を押さえる。


「なるほど唐辛子に胡椒大気に撒かれた刺激物の正体は、これだ


それらを大量に集めて燃やし、大気ごと砦全体に流し込んでいるに相違ない。


なぜ、今まで気付かなかったのだ


古来からある、原始的な戦法ではないか」


そう低く呻いた後、しばし放心したように虚空を見つめた。


(唐辛子や胡椒の粉末であれば、大量に燃やすことによって、催涙効果の高い毒ガスまがいの強烈な成分を中空に放出できる。


刺激物を吸入した相手の行動を一時的に麻痺させられる上、その刺激成分が抜けさえすれば、後遺症を残すことなく健康体に回復する。

 

スペイン軍の銃撃を封じるために我らインカ軍が用いた苦肉の武器が、逆に、このような形で敵方に再利用されるとは、なんたる皮肉……!)

 

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インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊(スペイン王党軍)総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
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コンドルの系譜 第九話(980) 碧海の彼方

2014-08-13 08:46:46 | 碧海の彼方

(たとえ一時的な症状であろうとも、結局のところ、毒が抜ける前に砦外の敵軍が雪崩込んでくれば、砦のインカ兵の運命はそこまでだ。


無抵抗のまま、その場で銃殺か、捕縛の後に処刑か、全てはアレッチェ殿の心ひとつ)


トゥパク・アマルは、床に折り重なって倒れ込んでいる意識不明のインカ兵たちに、視力のおぼつかぬままに視線を馳せた。


全ての者たち一人一人が、独立解放を求めて共に戦い抜いてきた、かけがえのない仲間であり、同志であった。


インカ兵たちは皆、倒れてもなおトゥパク・アマルを気遣い、護ろうとするかのように、彼の方に顔を向けて、開きかけた口はトゥパク・アマルの名を呼んでいるかのように見える。


(すまぬ…!


わたしの方こそ、そなたたちを護ってやることができず)


トゥパク・アマルは、懺悔にも似た思いで、強い無念さに唇を噛み締めた。


しかし、それでも諦めたくはなかった。


この段に至ってもなお、彼の思考は懸命に策を求めて彷徨(さまよ)い続ける。


(何か打つ手は無いか……!)


冷たい石壁にもたれたまま、さらに霞みを増す視界の中で、答えを求めて漂う彼の視線が、ふと、傍らの松明の火に留まった。


紅々と燃え上がる炎から力を得ようとでもするかのように、じっと松明を見つめていた瞳が、ハッと、大きく見開かれた。

 

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