さらに、同じ頃、出撃の時を計りながら樹林地帯に潜んでいたトゥパク・アマルたちインカ軍本隊もまた、衝撃の空気に包まれ、騒然となっていた。
背後に大軍を控えさせて陣頭に立つ騎馬のトゥパク・アマルも、その横顔に強く案ずる面差しを宿し、険しくなった切れ長の目の端が微動している。
彼の唇から、悔恨の声が漏れた。
「昨日の海戦、現場を偵察するマルセラ殿の報告の秀逸さ、詳細さに目を奪われ、まさか当人が戻っていないことに気付かぬとは、なんと迂闊だったことか…!」
己自身を激しく悔いながら、マルセラの叔父でもあるビルカパサの方へ、苦しげな視線を向けた。
「そなたの大切な姪子殿が、このようなことになり、詫びの言葉も無い」
対するビルカパサは、唇を噛み締めて首を振り、その厳つい体躯を深く低めた。
「トゥパク・アマル様、めっそうもございません。
インカ軍にとって、このような重要な局面で、マルセラがあのような不始末を仕出かし、もはや償いのしようもございませぬ。
すぐにも、この命で購(あがな)いたい思いでございます。
皆々方にも、申し開きの言葉も無く――」
彼の言葉をそのまま裏付けるかのように重い苦悩に覆われゆくビルカパサの表情は、同時に、姪を心から案ずる叔父のそれでもある。
【登場人物のご紹介】
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
≪マルセラ≫
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官である重臣ビルカパサの姪。
アンドレスやロレンソと同年代の年若い女性だが、青年のように闊達で勇敢な武人。
女性ながらもインカ軍をまとめる連隊長の一人。
此度の作戦では、昨日の英国艦隊とスペイン艦隊の戦況を陸上のインカ軍陣営に報告するため、少人数の部下と共に沖合の小島に渡っていたのだが…。
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