アンドレスもカザルスも、暫し思い耽って沈黙していたが、やがてアンドレスが口を開いた。
「カザルス殿、貴殿にお会いできて、心から幸いに思います。
我が総指揮官も、スペイン軍に貴殿のような方がいると知れば、どんなに心強く思うでしょうか」
「長らく敵対してきたインカ兵とスペイン兵が、砦の中とはいえ、同じひとつ屋根の下にいれば、揉(も)め事がいろいろと起こるのは必定。
なれど、それ故に、互いを知る得難い機会にもなりますぞ。
貴殿とわたしがこうして知り合い、語り合えたように。
そのためにも、砦内に秩序が生まれていくよう、わたしにできることはしていく所存です」
カザルスの言葉に、アンドレスは強く胸に迫るものを感じて、真っ直ぐ彼の側に歩み寄り、輝くような笑顔で右手を差し出した。
「カザルス殿、ありがとうございます。
貴殿に出会えたことに感謝します」
目の前に差し出されたアンドレスの手を握り返しながら、カザルスもまた、壮年の逞しい面持ちをはにかませた。
カザルスと別れて、アンドレスは、今度こそ少しでも眠ろうと寝所に向かって踵を返した。
夜明け時を迎えて、回廊は、いっそう仄明るさを増している。
その回廊の向こうから、見覚えのある若いインカ兵がこちらに進んで来るのに気付いて、アンドレスは目を凝らした。
向こうもこちらに気付いたようで、サッと右手を挙げて挨拶を返しながら、凛々しい笑顔で足早にこちらに向かってくる。
それがロレンソだとすぐに分かって、アンドレスの顔からも、思わず笑顔が溢れた。
「ロレンソ、どうしたんだ?
こんな時間に」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪カザルス≫(スペイン軍)
スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将。
此度の沿岸戦において、スペイン側の歩兵・騎兵・砲兵の混成部隊を統率・指揮して戦うも、トゥパク・アマルの騎兵部隊に敗北を喫した。
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