コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第九話(1116) 碧海の彼方

2016-08-31 01:14:56 | 碧海の彼方

アンドレスもカザルスも、暫し思い耽って沈黙していたが、やがてアンドレスが口を開いた。


「カザルス殿、貴殿にお会いできて、心から幸いに思います。


我が総指揮官も、スペイン軍に貴殿のような方がいると知れば、どんなに心強く思うでしょうか」


「長らく敵対してきたインカ兵とスペイン兵が、砦の中とはいえ、同じひとつ屋根の下にいれば、揉(も)め事がいろいろと起こるのは必定。


なれど、それ故に、互いを知る得難い機会にもなりますぞ。


貴殿とわたしがこうして知り合い、語り合えたように。


そのためにも、砦内に秩序が生まれていくよう、わたしにできることはしていく所存です」


カザルスの言葉に、アンドレスは強く胸に迫るものを感じて、真っ直ぐ彼の側に歩み寄り、輝くような笑顔で右手を差し出した。


「カザルス殿、ありがとうございます。


貴殿に出会えたことに感謝します」


目の前に差し出されたアンドレスの手を握り返しながら、カザルスもまた、壮年の逞しい面持ちをはにかませた。




カザルスと別れて、アンドレスは、今度こそ少しでも眠ろうと寝所に向かって踵を返した。


夜明け時を迎えて、回廊は、いっそう仄明るさを増している。


その回廊の向こうから、見覚えのある若いインカ兵がこちらに進んで来るのに気付いて、アンドレスは目を凝らした。


向こうもこちらに気付いたようで、サッと右手を挙げて挨拶を返しながら、凛々しい笑顔で足早にこちらに向かってくる。


それがロレンソだとすぐに分かって、アンドレスの顔からも、思わず笑顔が溢れた。


「ロレンソ、どうしたんだ?


こんな時間に」

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。 

≪カザルス≫(スペイン軍)
スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将。
此度の沿岸戦において、スペイン側の歩兵・騎兵・砲兵の混成部隊を統率・指揮して戦うも、トゥパク・アマルの騎兵部隊に敗北を喫した。

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コンドルの系譜 第九話(1115) 碧海の彼方

2016-08-18 04:21:00 | 碧海の彼方

熟練の軍人らしい貫禄と沈着さを兼ね備えたカザルスの風貌を見つめながら、アンドレスは言葉にならぬ深い感慨を覚えていた。


「カザルス殿、お目にかかれて光栄です」


「わたしも同じ気持ちですぞ、アンドレス殿。


貴殿方々は、豪雨で血と泥の海と化した戦場に、敵兵である我ら負傷兵を捨て置くことなく、砦に一兵一兵運び入れ、丁寧な治療を施している。


貴殿達インカ軍には、我らが失いかけている騎士道精神があるように思う」


「いえ、元々は、ここはスペイン軍の砦ですし、食糧や医薬品もここに保管されていたものを多く使わせて頂いています。


それに、敵味方の別無く、負傷兵を助けるのは、古(いにしえ)のインカ時代からの伝統なのです。


我らの総指揮官トゥパク・アマルが、そういう人物でもありますし」


トゥパク・アマルの名を聞いて、カザルスの強い光を宿した双眸が遠くを見る眼差しに変わる。


「トゥパク・アマル殿と、直接、相見(あいまみ)えたのは、わたしは此度の戦場が初めてであった。


昨日の戦闘で、彼が率いる騎兵部隊による抜剣攻撃を受けたが、あれは想像を絶する壮烈さであった。


あの者たちの命知らずな突撃は電光石火で、あの時、我らは迎え撃つための戦闘隊形を整えることさえできなかった。


トゥパク・アマル殿の騎馬隊は動きを捕捉できぬほど敏速であった上、我らの銃を微塵も臆せず、猛然と突撃敢行してきたのだ。


その挙句、我らは大量の銃を携えていたにもかかわらず、たちまち蹴散らされた。


あの瞬間、あの者たちには、まるで鬼神が乗り移っているかのようであった」


昨日の戦場に舞い戻ってしまったかのような相貌になり、太い声で噛み締めるように語るカザルスの言葉に、アンドレスもまた強く惹きつけられて聞き入っていた。


これまでの戦いで、作戦上、トゥパク・アマルの部隊と別行動になることの多かったアンドレスにとって、トゥパク・アマルの実際の戦いぶりを知る機会は限られていたからだった。

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。 

≪カザルス≫(スペイン軍)
スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将。
此度の沿岸戦において、スペイン側の歩兵・騎兵・砲兵の混成部隊を統率・指揮して戦うも、トゥパク・アマルの騎兵部隊に敗北を喫した。

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コンドルの系譜 第九話(1114) 碧海の彼方

2016-08-18 03:44:13 | 碧海の彼方

そのスペイン軍将官と思しき人物は、ペドロの陰で体を小さくしているスペイン兵を険しく一瞥(いちべつ)すると、断固とした口調で言明する。


「どっちもどっちだ。


これ以上、騒ぎを続けて、皆の睡眠妨害を継続することは許さん。


ヨハン、分かったか?


分かったら、もう黙って寝所に戻りたまえ」


ヨハンと呼ばれたペドロのケンカ相手は、「はっ…、カザルス様…!」と大いに畏まって、ますます身を屈(こご)めながら後ずさっていく。


アンドレスは、場を収めてくれたスペイン将兵に心から礼を述べた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。


そして、お力を貸して頂けたことに感謝します」


それから、アンドレスは、ペドロとヨハンの方にも改めて向き直る。


「ヨハン殿、そして、ペドロ、二人共、まだいろいろ思うところはあるだろうけれど、どちらも悪気があった訳ではないことだから、どうか今回は互いに堪忍してほしい。


ペドロ、君の息子さんのことを聞かせてもらえて、とても嬉しかった。


それから、ヨハン殿の怪我の悪化については、申し訳なく思っている。


俺から従軍医に頼んで、朝一番に診てもらえるように手配しておくから、この場はこれで」


そう二人に告げて、今度は周りに集まっていた者たちの方に目をやるも、カザルスの出現に気圧されたのか、いつしか野次馬連中たちはそそくさと自分の寝床に引き返しており、室内にはやっと静けさが舞い戻っていた。


カザルスが厳しい眼を光らせているために、ヨハンもササッと毛布の奥深くまでもぐりこんで、ケンカ相手を失ったペドロも傷(いた)んだ手紙を大事そうに抱いたまま横になった。





室内が落ち着いた様子を見届けると、アンドレスは改めてカザルスに礼を払い、彼を伴って回廊へ出た。


夜明け近い回廊には、薄っすらと朝の気配が漂い、窓からは潮騒と共に清々しい爽風が流れ込んでいる。


「この度は、お力をお貸しくださり、どうもありがとうございました。


わたしは、トゥパク・アマル軍の――」


アンドレスが畏(かしこ)まった挨拶を述べている間にも、カザルスは、松葉杖を片手に窓際で大きく深呼吸をして、それから、こちらに改めて視線を戻した。


「アンドレス殿ですな。


若くしてインカ軍の副指揮官、剣の達人と、噂はかねがね聞いています。


わたしは、スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将カザルスです。


以後、お見知り置きを」

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。

≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。 

≪カザルス≫(スペイン軍)
スペイン軍総指揮官ホセ・アントニオ・アレッチェ直属の陸軍歩兵大将。
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コンドルの系譜 第九話(1113) 碧海の彼方

2016-08-18 02:55:58 | 碧海の彼方

二人がまた怒鳴り合い出したのを、「待て、おい!」と止めようとするアンドレスの肩を、傍で見守っていた別のインカ兵が軽く叩いた。

「君は?」


「俺は、ペドロの同輩です。


ペドロの言っていることも本当ですし、あのスペイン兵の言っていることも本当なんです。


ペドロのやつ、あの手紙を前のベースキャンプにいた時に受け取ったんですが、それ以来、すごく大事にしていて、寝る前に、毎晩、必ず読み返すんです。


それで、読みながら眠っちまうことが多くて、そうすると手元から床に落としちまうこともしょっちゅうで」


「そうだったのか。


教えてくれて、ありがとう」


アンドレスは、ペドロの友人の肩を軽く叩き返して礼を伝えると、いよいよ殴り合わんばかりに激しくやり合っている二人の間に割って入り、どうにかして止めようとする。


「ペドロ、君の気持ちもよく分かるが、彼がわざと踏んだってわけじゃないことも本当なんだ。


ここは俺に免じて、なんとか気持ちを抑えてくれないか」


アンドレスの懸命な言葉に、「ですが…」と、ペドロが少し大人しくなるも、この時とばかりに相手のスペイン兵が大きく身を乗り出し、ペドロに向かって怒鳴りつける。


「それみろ、俺の言った通りじゃないか。


そもそも被害に合ったのは、こっちの方だ。


戦場でもないどころか、治療場の中で、怪我を悪化させる羽目になった責をどう取るつもりだ」


その時、ケンカの人だかりの背後に、ヌッと、巨体の大男のシルエットが現れ、と見るや、雷(いかづち)のごとく野太い大音声が、全ての喧騒を貫いて轟然と響いた。


「いい加減にせんか!!」


ケンカの当事者はもちろん、その場にいた誰もが、ギョッ、として身を縮め、声の主を振り返る。


そこには、厳しい表情をした壮年のスペイン兵が、松葉杖を片手に仁王立ちになり、こちらに鋭い睨みを利かせていた。


立派な顎髭をたくわえ、足の負傷にもかかわらず頑強そうな体躯は貫禄たっぷりで、軍服の分厚い胸には多数の勲章が並んでいる。


アンドレスにとっては初めて見る人物であったが、その装束や強烈な存在感から、スペイン軍の高位の将官であろうことは、すぐに察しがついた。


事実、先ほどまで大上段に構えて怒鳴りまくっていたペドロのケンカ相手のスペイン兵は、急に大人しくなって、今はペドロの陰に隠れんばかりである。

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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
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≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
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