コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~

制圧者とインカの末裔たちとの戦いの物語

コンドルの系譜 第七話(63) 黄金の雷

2007-02-28 19:45:08 | 黄金の雷
マリアノは、その年端に似合わぬトゥパク・アマルそっくりの切れ長の目元を決然と吊り上げて、険しいほどに凛々しく母とディエゴを見上げている。
しかし、長男のイポーリトが、すかさずマリアノを制した。
「年下のおまえを、一人、別行動になどできない!!
分かれるなら、僕が!!」
「兄上……!」
兄の挑むように真剣な眼差しと、その兄の常の性格から、イポーリトが本気で己の身を案じ、己の代わりを申し出ていることは、マリアノには痛いほど分かった。
マリアノは、そんな兄に、潤みかけた瞳で深く礼を払い、それでも決然と首を振った。
「いいえ、兄上は、どうか母上をお守りして!!」
マリアノの凛とした声が、雨音を凌駕し、響く。

思わず、ミカエラはマリアノの前に跪(ひざまず)き、ずぶ濡れになっている少年の漆黒の髪に手を添え、そのまま両手で少年の褐色の頬を包んだ。
その手の中に、冷え切った表面のその奥で、この瞬間も、しかと脈打っている我が子の肌の感触が伝わってくる。
「マリアノ…おまえたちの、誰一人とて、わたくしの元から離すことなどできようか…!!」
「母上……!」
涙を見せまいと俯(うつむ)きかけたマリアノの声が、詰まる。

それでも、彼は、再び、きっ、と、父トゥパク・アマルに生き写しの精悍な顔を上げ、まるで母を諭すがごとくに毅然と言う。
「フェルナンドはまだ小さくて、母上から離れることはできないでしょう。
それに、兄上は長男です。
父上の跡を継ぐ正統な皇位継承者として、兄上こそ、絶対に生き延びなければならないはず!!」
「マリアノ!!
わたくしにとって、おまえたち三人とも、全く変わらず、同じに大切なのです。
長男とか、次男とか、そんなこと……!」

ミカエラは、もうそれ以上言葉を続けられず、マリアノの体を強く抱き寄せた。
マリアノも、しっかりと母の体を抱き締めた。
二人に降り注ぐ豪雨も、今は、まるで、この母と子を大きな翼で守り、包み込んでいくかのようにさえ見える。

傍で二人の抱擁を見守るディエゴの目頭も、突き上げるように熱くなった。
幼い末子のフェルナンドなどは、もう完全にしゃくり上げて、長男イポーリトに縋(すが)るように身を寄せている。
イポーリトはフェルナンドの肩を優しく抱きながら、彼もまた、母ミカエラを青年に移し替えたがごとくのその美麗な顔に、隠すことなく滔々(とうとう)と涙を流し、震える唇を噛み締めている。

やがて、ディエゴが、己の情を振り切るようにして、ミカエラとマリアノの横に跪き、深く礼を払った。
そして、マリアノを抱き締めたまま放さぬミカエラに、雨音を振動させるほどの、太く、どっしりとした声で言う。
「ミカエラ様、ご案じ召されるな!
マリアノ様のご決意、決して無駄にはいたしません!!
さあ、お時間がありません。
マリアノ様は、別のルートで参りましょう。
なに、心配せずとも、必ず、また皆で相見(あいまみ)えましょう!
一時の辛抱です!!」
ディエゴは元気づけるようにそう言うと、大らかな笑顔をつくってみせた。


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コンドルの系譜 第七話(62) 黄金の雷

2007-02-27 20:55:25 | 黄金の雷
ミカエラは愛しい息子たちの姿に、さっと視線を走らせる。
そして、苦汁の眼差しでディエゴを見据えながら、搾り出すように問う。
「二手に分かれるとは、息子たちを別々に逃がす、という意味なのね?」
「その通りです」
幾筋もの雨粒が伝い流れるその厳(いか)つい顔面を、ディエゴは深く縦に動かし、頷いた。

息子たちを想うミカエラの心痛を十分すぎるほど察しているディエゴは、彼女の心をなぞり、鏡に映すように、最大限の沈着な声音をつくって言う。
「この先の道中には、全く何が起きるやも知れません。
共にあって、万一の場合に、一網打尽にされるようなことがあってはなりません。
それに、少人数に分散した方が、敵の目も欺きやすいというものです。
全ては、あなた様とご子息様たちのお命の安全を守るためなのです」
ディエゴは、ミカエラの心中を察しながらも、有無を言わさぬ断固たる面持ちで、同時に、あなた様ならわかるでありましょう、という深い信頼を込めた眼差しで、じっとミカエラの瞳を見つめた。

そして、さらに続ける。
「わたしがご同行して、アンドレスの元まで参れればよいのですが、トゥパク・アマル様を救出するために、再び軍を立て直し、急ぎ敵軍との対決に向かわねばなりません。
ミカエラ様とご子息様たちには、それぞれ精鋭の護衛をお供におつけいたします」
暫し無言のままではあったが、ミカエラには、ディエゴの言うことも良く理解できてはいた。
(しかし…――!!)
大きく揺れる瞳を隠すかのように伏し目がちになった彼女の瞼は、まだ小刻みに震え続けている。

そのような大人たち二人の様子を傍でじっとうかがっていた子どもたちの中から、次男のマリアノが意を決した目で、一歩、前に進み出た。
そして、嵐のような豪雨に打たれながらも、凛と顔を上げて、きっぱりと言う。
「母上!
僕が、分かれて参ります!!」
今のマリアノの表情は、到底、10歳には見えぬほどに険しく厳然としており、決して、その場の勢いや一時の衝動から発した言葉ではないことは、明らかだった。
その眼差しからは、悲壮なほどに、覚悟の色が見て取れる。

「マリアノ……!!」
恐らく、どの息子が名乗りを上げようともミカエラの反応は同様にそうであったろうけれども、今、自ら申し出たマリアノを見つめる彼女の目は、衝撃に打ちひしがれたように愕然と見開かれていく。
その瞬間は、言い出したディエゴさえも、ぐっと息を呑んで言葉を継げずにいた。


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コンドルの系譜 第七話(61) 黄金の雷

2007-02-26 21:05:39 | 黄金の雷
あまりに激しい雨音が、ミカエラの声も、そして、太く、よく通るはずのディエゴの声さえも掻き消して、直近の距離でさえ、それらを聴き取ることは難儀であった。
ディエゴは、やむなしとばかり、ズイッとミカエラの耳元まで顔を寄せて、腹の底から声を出す。
「ミカエラ様とご子息様のお命、確実にお守りするために、ここは二手に分かれるのが得策かと存ずる!!」

ミカエラは、ハッとしてディエゴの顔を見返した。
彼女の類稀なる美貌の輪郭を無数の雨粒が伝い流れ、艶やかな黒髪も今はベッタリと頭から首、背にはりつき、すらりと伸びた彼女のしなやかな肢体を、いっそう際立たせて見せている。

普段は男性顔負けの冷静さと雄々しさを発揮するミカエラも、今は愛する息子たちの身の安全をひたすら願い祈るしかない一人の母としての眼差しそのままに、衝撃の目で、喰い入るようにディエゴを見つめている。
それから、懸命に感情を抑えた声で問う。
「また万一の時に備えて、と?」
ディエゴの面差しに、瞬間、ひどく苦しげな陰がよぎった。

しかし、この事態に至っては、綺麗ごとでは済まされぬ。
今、囚われたトゥパク・アマルに代わり、インカ軍の総指揮官たる彼には、インカ皇帝の血統を絶やさず守り抜く、厳然たる重責があった。
それは、ミカエラも、よく認識しているはずである。

ディエゴは、頷き返し、言う。
「このまま大軍と共にあられては、かえって目立って危険です。
今、こうして逃げていても、必ずや、途上で敵軍の襲撃に遭(あ)いましょう。
そうなれば、本当にお命をお守りしきれる保障がございません。
これより先、ミカエラ様とご子息様は、軍団を離れ、敵兵の目をかすめ、ラ・プラタ副王領のアンドレスの元へ、一旦、身を寄せられるのが得策かと存ずる。
むこうではアパサ殿も奮戦しており、まだインカ軍の勢いもあります」

挑むような眼で、まんじりともせず聴き入るミカエラの視界の中で、ディエゴは、もはや異議は挟ませぬとの気迫を放つ。
実際のところは、賢明なミカエラに、ディエゴの話が理解できぬはずはなかった。

しかしながら、あれほどに雄々しいはずの彼女の瞳も、今は、明らかに揺れている。
(息子たちを二手に分ける…――?
それは、これほどの危険な状況の中、わたくしの手から、一方を離すということに他ならぬ…――!
わたくしと別行動をとることになる息子は、明日の命さえ知れぬ過酷な逃亡の渦中を、父のみならず、母からも引き離されて進むことになるのだ…。
そのようなこと…あまりに、むごい……!!)
だが、そう心の中で叫ぶ己の傍らで、冷静なもう一人の自分が、「ディエゴの言う通りではないのか?このまま一網打尽にされてよいのか?」と、己自身に囁(ささや)きかける。
ミカエラは雨水を含んだ震える長い睫毛(まつげ)を伏せるようにして、激しく唇を噛み締めた。


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コンドルの系譜 第七話(60) 黄金の雷

2007-02-25 18:00:45 | 黄金の雷
本陣を後にしたインカ軍の兵たちは幾つかのルートに分かれ、それぞれの隊長の指揮のもと、豪雨の中、山間部の悪路を進んでいた。
インカ軍本隊を率いるディエゴたちよりも一足早く本陣を逃れていたトゥパク・アマルの妻ミカエラ及び、彼らの息子たちの元に、間もなく、大軍を率いて退却してきたディエゴが追いついた。

トゥパク・アマルが囚われた今、敵の狙う次なる標的は、その妻ミカエラと、彼らの3人の息子たちであることは明白だった。
大柄なディエゴの、ただでさえ厳(いかめ)しいその顔面には、恐ろしいほどの険しさが宿っている。

今、撤退の悪路を進むミカエラとその息子たちの元に、ディエゴが足早に近づいていく。
トゥパク・アマルの精鋭の兵たちに堅く守られるようにしながら、さらにミカエラがしっかりと末子フェルナンドの手を取り、また、長男イポーリトが次男マリアノを庇護するようにして歩んでいる。

そんなミカエラも子どもたちも、全身、大雨に打たれ、その表情に苦渋の陰はありながらも、しかし、さすがにトゥパク・アマルの妻、そして、息子たちだけあって、取り乱すこともなく、毅然とした眼差しで前方を見据え、一歩一歩、着実に歩みを進めていく。
時々、深い水溜りに足をとられそうになる幼いフェルナンドをミカエラが支え、守護する兵たちも、そんなフェルナンドに優しく声をかけて励ます。

それぞれ、現在、長男イポーリトが12歳、次男マリアノが10歳、そして、末子フェルナンドが8歳である。
豪雨の中、健気に歩む、まだあどけなさの残る少年たちの姿に、ディエゴの胸中は激しく疼き、痛んだ。

彼は意を決した厳しい面持ちで、ミカエラの傍に歩み寄る。
そして、爆音さながらの雨音に掻き消されながらも、懸命に声を張り上げて呼びかけた。
「ミカエラ様!!」
豪雨に霞む中、黒い大きな影のような巨体が近づいてくる様子に、ミカエラは凛とした瞳を、まるで相手の正体を確かめるように鋭く細める。
「ディエゴ殿?」
「はい!!
ミカエラ様、大事なお話が!!」


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コンドルの系譜 第七話(59) 黄金の雷

2007-02-24 17:35:48 | 黄金の雷
一方、その頃、囚われたトゥパク・アマルは、敵陣の中央の柱に縛り付けられ、その周りを銃を構えた数十名のスペイン兵にびっしりと囲まれて、厳重に監視されていた。
彼は、じっと戦場の音に耳を傾ける。
大地を震わす激しい振動を伴いながら戦場から響き来る轟音によって、彼には、その戦況が手に取るように読み取れた。

(もはや、ここまで…――!!
これ以上、兵たちに犠牲者を出さぬうちに、退(ひ)くのだ。
ディエゴ、聴こえるか?!)
トゥパク・アマルは、己に代わって指揮を執っているに相違ない、ディエゴに向かって心で呼びかける。

それから、きっ、と、その顔を天に向かって毅然と上げた。
そして、まるで鬼神のごとくの険しい眼差しで、太陽を挑むように見据えた。
すると、不気味なほどに晴天であったその空が、みるみるうちにその気配を変えていく。
どこからともなく、どんよりとした厚い雲が押し寄せ、たちまち晴天を覆い隠していく。
変わらず激しい目つきで空を睨むトゥパク・アマルの視界の中で、曇天から、ポツリポツリと雨粒が落ち出したかと思いきや、たちまち大地に矢を放つがごとくの激しい豪雨が地に叩きつけはじめた。

トゥパク・アマルを監視していた敵兵たちが慌てて浮き足立つ中、トゥパク・アマルの全身にも怒濤の豪雨が打ちつける。
彼は、雨粒が己の顔面に叩きつけるのも構わず、真っ直ぐに空を見上げたまま、まるで天空の神々に礼を払うかのように、その目をすっと細め、微笑んだ。

一方、雨季を彩る激しい雨は、ひとたび降り出すと留まるところを知らず、スペイン軍の火器の威力をたちまち萎えさせる。
戦場では、もはやインカ軍に勝機なしと察したディエゴが、彼もまた、トゥパク・アマルの意志をその心に伝え聞いたがごとく、今や兵たちの命の保護に完全に意識を向けていた。
彼は、他の側近たちと連携しながら、兵の退却に意を注ぐ。
激しい豪雨が、彼らのその行動を助けた。
ディエゴは雨水を馬で蹴散らしながら、退却を指示して、厳(いかめ)しい形相で戦場を駆けながら、空を降り仰ぐ。

その瞬間、蒼い電光が天空を切り裂いて走り、耳を劈(つんざ)く雷鳴と共に、スペイン軍の陣営を目掛けて黄金色の稲妻が落下した。
今、巨大な光の柱が、天高く立ち昇る。
(トゥパク・アマル様…――!!
あなた様は、まさしくインカの守護神に等しきお方!!)

落雷によってスペイン軍が混乱に陥っている隙に、ディエゴの指揮のもと、雨に打たれて頭を冷やしたインカ兵たちは、その態勢を素早く整えると、やむなく本陣を捨てて豪雨に霞む山間部へと退却していった。
時に、1781年4月6日のことであった。


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