他方、アラゴン軍の大軍の只中では、獣のように吠え上げながら斧や鎌を振りかざして飛び込んでくるアパサ軍や、強壮な生気を取り戻したビルカパサ軍の両軍のインカ兵たちの襲撃に、スペイン兵たちがサーベルや銃剣を振るって懸命に対抗している。
その中央では、副官エドガルドを筆頭としたアラゴン王子の親衛隊たちが、堅固に王子を囲んで護りながら、続々と襲いかかりくるインカ兵たちと激しく斬り結んでいた。
「何があろうとも王子をお護りするのだ!」
険しい声で命じたエドガルドの言葉に、「はっ!!」と応じた親衛隊員たちは、このスペイン王党軍きっての精鋭たちである。
高速、且つ、正確な彼らの剣捌きは見事であるが、それにしても、豪雨は視界を霞めさせ、ドロドロにぬかるんだ大地は、足を絡めとり、滑らせる。
ひときわ剣の腕の立つエドガルドも、この時ばかりは、引き結んだ唇を歪めている。
エドガルドは、己に向かって飛び込んできた褐色のインカ兵を、目にも留まらぬ剣の一撃で薙ぎ払うも、ほぼ時を同じくして、すかさず別の方向から襲いかかってきた新手のインカ兵が、獰猛な斧を振り下ろし、エドガルドの愛剣を中央からぶった切った。
「我が一族に代々伝わる高貴な宝剣を、そのような野蛮な斧で汚(けが)すとは…!
貴様、許せぬ……!」
エドガルドの緑碧色の瞳が怒気をはらみ、美麗な目元が修羅の如く吊り上がる。
「ふふん、そんな細っこいサーベルが宝剣とは、笑いが止まらねぇ!
俺たちなら、そんな剣じゃあ、ガキどものチャンバラごっこにも使えねえなあ。
それに、そんなもんより、あんた自身の身を心配した方がよかねえかっ?!」
そう咆哮したかと見るや、次の瞬間には、そのインカ兵は、大きく斧を振りかざして宙空に高く跳躍し、エドガルドの頭頂目掛けて、斧を一直線に振り下ろしてきた。
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アパサ≫
「ラ・プラタ副王領」の豪族で、トゥパクの最も有力な同盟者。
「猛将」と謳われる一方で、破天荒で放蕩な性格の持ち主だが、実は、洞察と眼力が鋭く、全体をよく見通している。
かつてアンドレスを戦士として鍛え上げた恩師でもある。
≪アラゴン≫(スペイン軍)
スペインの植民地であるペルー副王領を統治する副王ハウレギの息子。
反乱鎮圧に手こずる軍に痺れを切らした副王により派兵されたスペイン王党軍を統率している。
◆◇◆◇◆ご案内◆◇◆◇◆
ホームページへは、下記のバナーよりどうぞ。