松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

伊藤ハムの事故は、地下水使用のリスクを浮き彫りにした

2008-10-30 19:48:44 | Weblog
 千葉県柏市の伊藤ハム東京工場で使用している地下水からシアン化合物が検出され、同社が10月25日から同工場で製造され地下水が使われた商品の自主回収を始めた。

 シアン化合物濃度は0.02~0.03mg/L(水質基準は0.01mg/L)で、この水を使った食品に健康影響が出ることはまず考えられない。私は、これは「食の安全」の問題というよりも、食品企業に「地下水使用のリスク」を再認識させる事案であろうと思う。
 もちろん、シアン化合物の基準超えが自主検査で明らかになってから公表まで時間がかかった伊藤ハムの非は責められるべきだが、「食の安全が揺らいだ」という表現は的を射ていない。

 そう考えていたら、元神奈川県食品衛生監視員で食品衛生コンサルタントの笈川和男さんから、ニュースレターが送られてきた。私なんぞより遙かに詳しく、「地下水使用のリスク」を分析されていた。ご了解を得てそのまま転載する。
 笈川さんは、定期的にニュースレター「生活衛生インフォメーション」を発行され、各自治体の食品衛生監視員や食品メーカー社員などに送っている。いわゆる「食監さん」の間では有名な方だ。

「生活衛生インフォメーション」第60号(笈川和男さん執筆)
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地下水使用のリスク

10月25日に千葉県柏市の伊藤ハム東京工場で使用していた地下水からシアン化合物が検出され、製品の回収との公表がありました。そこで、新聞報道などから、概要と個人的意見をまとめました。

先ず、新聞報道等だけでまとめたので、今後、行政の調査結果により問題点等がより明らかになると思います。現在言えることは、地下水使用には次のようなリスクがあり、安易に経費が安く済むからといって、地下水を使用すると大きな損害を蒙ることがあります。

1 施設  千葉県柏市 食肉製品製造業

2 使用井戸  3本 深さ200m(約40年前に掘られたもので、深井戸と考えられる)
(浅井戸と深井戸との違いは、深さ30m以上が深井戸との解釈があるが、不透水層(泥岩層、粘土層)より浅いところから取水するのが浅井戸、深いところから取水するのが深井戸。深井戸の場合、通常何箇所かの砂礫層から取水している)

3 事件の概要 9月18日に採水した井戸から24日にシアン化合物が0.02mg/Lを検出。再検査及びもう1本の井戸からもシアン化合物を検出。10月17日の採水検査では全て不検出であった。公表したのが10月25日であったので、初めて確認してから1ヶ月経過していた。

4 井戸汚染の原因
10月25日の公表の際には、9月18日採水前に集中豪雨の影響があったのではないかとの説明をしていた。10月28日、約300m東に旧日本軍の「毒ガス室」と呼ばれる存在していたことが判明。
(柏市水道は地下水を使用しており、10月27日に全ての取水井戸の採水検査をしたが、シアン化合物は検出されていない。)


笈川個人的意見
1 付近にはメッキ工場等のシアン化合物を使用している工場が無いとのことなので、旧日本軍の「毒ガス室」と呼ばれるところから流出して汚染した可能性が考えられる。
2 集中豪雨による汚染の可能性を説明している。その場合、井戸ピットから流入した可能性が高いが、井戸ピットの状況の説明が無く不明。
3 深井戸であり、地表に近い浅井戸の部分から取水されていないと考えられる。旧日本軍の「毒ガス室」から汚染を受けたなら、本来取水していない浅井戸部分に亀裂が入っている可能性がある。
4 一回止まった流入(亀裂)箇所を探すのは大変困難で、改修するのに多額の費用がかかる。しかし、流入(亀裂)箇所が不明ならば、再度同様な事故が発生する可能性がある。
5 「天然水使用の○○」と大きく広告をしている商品があるが、地下水使用のリスク(製造場付近に以前どのような施設があったか、使用水汚染の場合は大きな事故に発展する)を理解しておく必要がある。日常の点検は、水道水使用の場合より重要となる。
6 今回の伊藤ハムの対応は、この地下水使用に係るリスクの意識が低かった。
7 付近に柏市水道の取水場所(どの位離れているかは不明)があるが、検出されていない。少しでも場所が変われば水脈が変わるし、取水する位置(層)でも水質は変わる。
* 最後に、被害者が無かったのが幸いであるが、製品の回収費だけで3億円との報道があり、暖簾(ブランドイメージ)の傷はその数倍になる可能性があります。
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「生活衛生インフォメーション」第60号終わり

「女性自身」の種子消毒記事に、取材を受けた人が反論

2008-10-29 09:56:19 | Weblog
 『9割が輸入品 じつは危ない「野菜のたね」』という記事が、「女性自身」2008年11月4日号(光文社)に掲載されている。記事のリードはこうだ。「輸入野菜の汚染問題への不安からか、家庭菜園がブームとなっている。安全・安心な食生活には、自分で食材をつくるのが最良だが、そこには意外な落とし穴が!」
 
 『蝕む「中国の闇!』という連載の第二弾のようだ。野口種苗研究所の野口勲さんがインタビューに答え、さらに郡司和夫氏がコメントしている形になっている。種子の9割は輸入品で、農薬まみれ。スプラウト野菜には注意が必要で、輸入種子はF1と呼ばれる繁殖能力がないもので…。なんというか、笑ってしまう間違いの連続である。というか、科学的に誤っていないところを探すのに苦労する。

 記事がもっとも問題にしている種子消毒は、種子を農薬で洗浄して付いている微生物などを除きわずかな農薬を付着させるもの。さらに、発芽、生育を促す物質などを薄くコートしておく場合も多い。こうした処理を行うと、作物がもっとも弱い時期である発芽から幼苗期に、病原菌やウイルスなどに冒されにくくなる。作物を健康に育て栽培期間の農薬使用も減らすことができるすぐれた技術だ。
 消毒に使われ種子に付着している農薬はごくわずかで、土壌中で分解も進む。作物に移行し収穫物に残留することはまずないし、それを示す実験結果も数多くある。
 また、スプラウト栽培に使われる種子には、農薬を使った消毒は施されていないはずだ。

 まあ、間違いが多いというのは週刊誌にありがちな話なのだが、興味深いのは野口さんが自分のウェブサイトできちんと反論していることだ。
 私は以前に野口さんを取材したことがあり、この記事を読んで最初、「あれっ、野口さん、変わっちゃったの?」と驚いた。野口さんは、これほど非科学的なことを言う人ではなかったからだ。だから、ウェブサイトの反論を読んで安心した。
 ぜひお読み下さい。

 野口さんは、「F1品種は出荷用で、自分で食べる家庭菜園には固定種が向いている」と言う。私は一部、野口さんのF1品種や固定種を巡る考え方に異論もあるけれど、「在来の固定種の栽培を通じて、日本の遺伝資源を守っていきたい」と考え独自の活動をしている野口さんを素晴らしいと思う。頑張ってほしい。

 取材を受けた人が報道に対して批判し疑問を呈する動きが、もっと活発になったらいい。泣き寝入りはしないでほしい。マスメディアはもはや、自らを省みて改善する力を失っている。どんどん抗議をし、その事実を公表してほしい。
 私が今、一番恐れることは、「どうせ、影響力がどんどん小さくなっているのだし、こちらも忙しいのだから、メディアなんて放っておけ」になってしまうこと。ちらほら、そんな兆候が見えてきたように思う。
 だから、野口さんに感謝したい。 

追加 アンフェアだったNHKスペシャル 

2008-10-24 10:52:25 | Weblog
 「アンフェアだったNHKスペシャル」が、大雑把に書きすぎだ、という声が。さらに、誤解も招いているようなので、もう少し詳しく考えてみたい。

 農業が環境に影響するというのは、自明のことであろう。OECDのリポートEUのページなどを見ていただきたい。農水省独立行政法人農業環境技術研究所にも、関連する情報が数多く載っている。

 農業は、肥料として与えた養分の一部が作物に吸収されずに溶脱する(特に窒素分)/温室効果ガスを発生する/生物多様性を損なうーー等々、いろいろな影響を環境に及ぼす。肥料は、化学肥料だからだめ、有機質肥料・堆肥だから大丈夫、というわけではなく、有機質肥料・堆肥も化学肥料と同じように、施用しすぎると養分が水に溶け出していく。耕作放棄地に作物を植えるようになると、肥料や農薬を使い、以前に比べれば環境を大きく攪乱しながら収穫物を得ることになる。

 私は、自給率を上げたら環境が悪化するから自給率を上げなくて良い、と考えているわけではない。自給率を上げずにほかの国に農業をやらせて、環境破壊を押しつけろ、と思っているわけでもない。日本が、「自給率を上げる」という目的だけに執着し、ほかの事情、とりわけ環境影響を考慮しない、あるいは軽視していると、「長続きしない、うまくいかないよ」と言いたいのだ。

 実際には、多くの研究者が環境影響を小さくしつつ国内農業振興をしようと、さまざまな検討を重ねている。耕畜連携により自給率を上げ、環境に付加する養分量の総量を減らしていこうとする努力も既にある。また、耕作、特に田んぼの復活は、豊かな農業生態系を蘇らせプラスの効果をもたらすという意見もある。保水作用など「多面的機能」に注目する人も多いだろう。

 多くの要素がからんでくる。緻密な議論を重ねながら少しずつ自給率を上げていくのがいい、と私は思う。前回書いたように、化石燃料に依存した農業形態から変わる努力も要る。消費者ももちろん、食生活、嗜好を変えなければならないだろう。
 違和感を拭えないのは、食糧危機が来るから自給率アップを、という現在の性急な動き、ほとんど脅しに近いような方向性に対してだ。

 もう一つ。「水田に限って言えば、窒素の汚染はそれほど心配ないのでは」という意見をいただいた。「現在の農業では、水田にはぎりぎりの窒素しか肥料として施用していませんよ」という。
 これはその通り。窒素を多くやると、米がまずくなるし、倒伏しやすくなる。特にコシヒカリは倒れやすい品種なので、倒れずおいしいコシヒカリにするために、窒素の施用を制限している。

 また、水を張ると田んぼは還元状態になるので、肥料として与えた窒素が硝酸態になりにくい。硝酸態窒素になると水に溶けやすく、周辺の水系に広がって環境中へと放出されやすくなってしまうけれど、田んぼであれば窒素分は拡散しにくい。
 意見をくださった方は「環境汚染を最小限に、カロリーを最大限得るには日本では水田がベストでしょう」と言う。

 現状の稲作を考えれば、その通りだと私は思う。ただ、自給率を上げるには人が食べる米を作るだけでなく、飼料米、飼料イネを育てて、輸入穀物を減らさなければならない。そうすると、味は悪いが倒伏しづらく、ガバガバ肥料を吸って大きく育ち籾が鈴なり、というようなイネの栽培が始まるだろう。もし、本気で米、イネの飼料化を進めるなら、肥料をたくさんやる稲作が拡大するのではないか? そして、吸われずに環境中に放出される窒素分、ほかの養分がやっぱり増えてしまうのでは? そんな事態を、私は予想している。
 
 繰り返しになるが、国民がそういうことをきちんと把握して、「それでも自給率を上げる」という選択ができればいいのだ。「環境負荷はある程度我慢し食料生産力を上げ、同時に脂肪ギトギトの肉を良しとするような贅沢な嗜好を、変えていく」のだ。
 だが、残念ながら現状は「農業は環境に良い」「国産は安全」というごまかしが、自給率アップの議論の根底にある。おかしくない? あまりにも一面的な見方になっていない? それが、私の言いたいことだ。

 あなたはどう思う? 農業と環境の議論は非常に複雑で、私自身がずっと、勉強し混乱し、の繰り返しだ。これから折々、繰り返し書いていくことになると思う。お付き合いください。

朝バナナダイエットと白インゲン豆ダイエットの関係は?

2008-10-23 09:18:13 | Weblog
<多くの人に読んでもらいたい記事なので、しばらくトップに来るようにします。真の投稿時刻は、2008-10-23 09:18:13 です>
<真の投稿時刻に戻しました 2008年11月12日>


 スーパーマーケットでは今も、朝にはバナナが並んでも昼過ぎには売り切れ、という状態だ。日経トレンディネットが、この朝バナナダイエットについて興味深いコラムを掲載している。(日経BP社は、勝手なリンクを許さないので、日経トレンディネットとバナナで検索してください)


 「日本フードジャーナリスト会議」代表、放送作家わぐりたかしさんのコラム『日テレが育て、TBSが火を付け、テレ朝が便乗。「朝バナナ」とテレビのおいしいカンケイ』。タイトルがすべてを物語っている感じ。
 わぐりさんによれば、朝バナナダイエットのテレビ初登場は、6月5日放送の日本テレビ「おもいッきりイイ!!テレビ」。(これも、このページにはリンク不可なので、おもいッきりイイ!!テレビとバナナで検索してください)
 

 おもいッきりイイ!!テレビのウェブページを見てみると、朝バナナでダイエットができるワケが次のように説明されている。

(1)バナナは糖質分解酵素が豊富→代謝を高め脂肪燃焼を活発にする
(2)バナナは抗酸化作用が強い→細胞を活性化し代謝を高める
(3)バナナは食物繊維が豊富→便通をよくする(余分な脂質を排出)

 朝にバナナを1~2本食べ水を飲んでいれば、昼と夜は好きなものを食べてO.K.という。


 そんなバナナ! と思わず古いギャグを口走ってしまい、恥ずかしくなってしまう私、である。
 酵素はタンパク質なのだから、食べても消化されて終わりだ。果物の中に含まれているごく微量の酵素が、体の中で活性を持つ、なんて話はない。家畜の飼料に酵素を添加して消化を助け増体を図るやり方はあるけれど、かなりの量、時には飼料の1%近くになるほど大量の酵素を与えて消化を助けるような方法らしい。バナナでは、含まれる酵素が代謝を高めるなんてことは絶対にありえない。(2)(3)は、「へえ~、人でやった試験結果があるなら、出してみれば」と言えば、終わりだろう。

 私は当初から、「だまされる消費者がどうかしてる」と思うだけだったのだが、最近、群馬大学教授でフードファディズムを研究する高橋久仁子先生から、驚くべきことを教えていただいた。

 初出のおもいッきりイイ!!テレビには、専門家として大学理事が出てきて、バナナはこんなにいい、と解説している。「起床時は、体内の酵素が少なくなっており、それを補う必要がある」だそうだ。さてこの理事、以前になにをしたか?

 なんと、白インゲン豆ダイエットの推奨者だった。TBSが2006年、情報番組「ぴーかんバディ!」で、白インゲン前を約3分間煎って粉末にし、ご飯にかけて食べるとダイエットできると放送し、健康被害者が出たことを覚えている人も多いだろう。「白インゲン豆にはデンプンを分解する酵素を阻害する物質、ファセオラミンが含まれており、これを摂取するとデンプンの消化吸収が阻害される」という触れ込みだったが、加熱不足の生豆を食べて激しい嘔吐や下痢に見舞われた人が何十人も出た。この番組に出ていた理事が、朝バナナダイエットで復活している。


 私は不覚にも、同一人物であることに気付いていなかった。高橋先生に教えられた。
 この頃は講演のたびに「バナナダイエットの提唱者は、白インゲン豆騒動の時にも出てきた人ですよ」と話している。途端に、聴衆からため息が漏れる。みんな「あーあ」という顔になり、テレビ局への不信をますます深めていることが、手に取るように分かる。

 高橋久仁子先生に、ブームの感想をお尋ねしたところ、こんな答えが返ってきた。
「バナナ? 果物というより、さつまいもとジャガイモを足して2で割ったような成分値ですね。何か、痩せるような成分でも含まれていると思っているんですか? そんな物が含まれていたらこわいですねえ。大丈夫です、そんな危険な物は含まれていません。皮で完全包装されていて、むくまでとても衛生的。持ち運びも便利で運動会のトラックの横でも、ハイキングの小休憩でもこれ以上ないくらい簡単に衛生的にエネルギー補給できる、そういう意味ではすばらしい食品です。それ以上のことを期待しても無駄。『朝バナナなんとか』は要するに朝食抜きの空腹をバナナでまぎらわそうとしているだけでしょうに」

 
 もうそろそろ、消費者もテレビ局と学者のたぶらかしに、気付いてよい頃だ。
 

アンフェアだったNHKスペシャル

2008-10-23 00:11:14 | Weblog
 NHKスペシャル「世界同時食糧危機」が17日と19日の2回にわたって放送された。もう時間が経っているのだが、感想をちょっと書いておきたい。

 番組の流れは、次の通り。
 穀物の安値に喘いだアメリカが、市場を諸外国に拡大し、諸外国もアメリカからの輸入に依存した。アメリカはさらに、共にバイオエタノールで新需要も拡大し、中国などの食生活の欧米化、穀物需要増大なども相まって、穀物の供給不足が起き高値になった。
 自給率が40%しかない日本は大変だ。さあ、米を育てて米粉や飼料などとして利用し、自給率をアップしていこう!。

 このストーリーを縦軸に、アメリカが食生活の欧米化を日本やほかの国に押しつけて穀物の需要拡大につなげたとか、遺伝子組み換えとか、日本の味噌メーカーが来年の大豆をまだ手当できていない、とかいろいろなエピソードが横軸として盛り込まれて、視聴者の情緒に訴えていくという趣向だった。

 私の印象は「アンフェアな番組だ」というものだ。
 「トウモロコシの安値に苦しんできたアメリカが、まぬけな国を陥れた」というのは、あまりにも一面的な見方。トウモロコシの収量の推移を見たらいい。アメリカは、USDAによれば、この100年で収量をなんと7・5倍に挙げている。1960年頃の収量と比較しても、現在の収量は3倍だ。
 莫大な研究投資、圃場整備、農法の改善によって、トウモロコシの生産性は大きく向上した。たくさん収穫できるから、安値安定だったのだ、とも言える。ほかの穀物にしても、同じことだ。

 その恵みを享受し、日本は安い穀物を大量に輸入して肉をたらふく食べる生活に変わった。
 日本のコメの収量は、この30年くらいほとんど変わっていない。「おいしさ」追求だったし、コメとトウモロコシでは作物の性質も違うし、コメの栽培技術は昔からかなり優れ収量が高かった、というような事情はあるにせよ、日本が米の収量改善や生産性向上、消費拡大策に多くの資金を投じてきていないのは事実だ。
 こういうことを検討せずに、嫌米の論調で押されても、説得力はない。
 トウモロコシとコメの収量比較は、ほんの一例だ。アメリカがなぜ今、「勝ち組」なのか、ということがきちんと分析されないし、あの国がしている多額の食料援助などにも一切触れない。これは、アンフェアだ。


 それに、日本は米を作って自給率向上を、という第2回の結論は、安易すぎる。休耕田や耕作放棄地で米を作れば自給率は上がるだろうが、米を作るには養分を与えなければならない。化学肥料を使うなら、化石燃料が必要。有機質肥料や堆肥を運んでくるにも、化石燃料が必要。収穫物を運ぶにも、化石燃料が必要。

 とりあえず補助金を積んで米を作らせて、米粉などで食用需要を拡大し飼料としても使えば、目先の自給率は少し上がるだろう。でも、結局は海外の化石燃料に依存する構造は変わらないから、その自給率を持続できるとは思えない。
 担当だった農水省職員や審議会の偉い先生方は、自給率を上げたことで出世するかもしれないが、サステイナブルな自給率アップにはならないだろう。

 また、作物は投入した養分(肥料)の半分程度しか吸収できず、残りは環境中に放出される。休耕田や耕作放棄地に十分な肥料をやれば、それが化学肥料であれ堆肥・有機質肥料であれ、環境の富栄養化に直結する。
 食料生産は、環境を破壊する行為だ。自給率を上げれば環境汚染は進む。これが真理だ。
 化石燃料をどんどん使い補助金を積み環境を破壊しても、自給率を上げるべきだ、というコンセンサスが国民にあるのなら、それもいいだろう。だが、「国産だから安全・安心。地産地消で環境にもいい」というウソが、今はまかり通っている。

 NHK取材班は、「食料が足りなくなる」と不安を煽り、「国産振興を」と言っていれば得をする企業や学者、官僚相手の取材に、引きずられてしまったのではないか。短期的な穀物不足による高騰と、長期的な穀物供給と需要の動向を一緒くたにして考えるのは、危険だ。

 もう少しマクロな視点で考えたい、という方はぜひ、川島博之さんの「世界の食料生産とバイオマスエネルギー 2050年の展望」(東京大学出版会)をお読みいただきたい。
 川島先生は、FAOなどのデータを分析し、「世界はまだ、食料生産を拡大する余地がある」と主張し、「中国はが食料需要を急増させる時代は、もう既に終わりつつある」とみる。「21世紀において人類が世界規模の食料危機に直面することはない。食料の供給が問題となるのはサハラ以南アフリカなどに限定されよう」というのが、川島先生の見方だ。

 本では、日本農業についても説得力のある論考が展開される。読んだうえで、昨今の穀物高騰や自給率向上の議論について考えても、決して遅くはない、と私は思う。

宮崎へ行こう! 農薬残留分析研究会

2008-10-19 15:47:14 | Weblog
 私は日本農薬学会に入っている。この学会、農薬関係者ではない私でも、とても居心地がいい。活動が、「わが国の農薬科学の発展とレベルの向上」と「農薬の安全性や環境影響に関する国民への理解促進に向けた社会的役割」という二つの軸からなっているので、業界関係者だけの“唯我独尊”になっていないのだ。大会のほか、七つの研究会が各々、年1回小集会を開くので、私も都合がつけば行って勉強している。
 社会における食料生産をどう位置づけるか、リスクを一般市民にどう伝えていくか。私にとっては、いろいろな人の話を聞きながら自分の考えを組み立て直す場、という感じだ。

 「環境を守る農業」と最近よく聞くけれど、私にはとても傲慢な言葉に思える。農業は、食料生産のために土壌を変え単一の作物を植えより多い収穫を目指す、徹頭徹尾、人為的な産業だ。多くの生き物を犠牲にして、私たちは生きている。人の存在そのものが、環境破壊なのだ。
 その点をしっかりと意識しない限り、農業における環境対策は欺瞞にしかならないだろう。農薬に携わる人たちの多くは、冷徹な農業観に立ち人間の残酷さを正しく意識しているからこそ、農薬の安全性を向上させ環境影響を小さくする努力を続けているのだ、と私には思える。実際に、安全性向上、環境負荷減は、この30年ほどで飛躍的に進んだ。そして、関係者の飽くなき努力はこれからも続くであろう。

 今年も全国各地で、研究会が開かれる。特に、宮崎市内で11月25日~26日に開かれる農薬残留分析研究会は楽しみだ。
 研究会の名称から、残留分析の技術向上のための話ばかりと誤解されるかもしれないが、プログラムを見たり事務局の説明を聞く限り、かなり違う。

 なにせ、宮崎県は独自の残留農薬分析法を確立し、出荷前検査で県産農産物の評価を一気に高めたところだ。「検査済みだから、宮崎の農産物は安全」と言う人がいるが、意味合いが異なる。検査で基準超え農産物や適用のない農薬の残留などが見つかった場合、すぐに生産者を指導し再発防止に努めている。もう10年近く、分析結果に基づく科学的な生産指導をしているから、生産者の農薬に対する意識が変わったし、農産物の安全性・品質向上に結びついた。そこがすごいのだ。宮崎の長年の取り組みについては講演で語られることになっている。

 このほか、バイエルクロップサイエンスの星野敏明さんが、作物残留試験における試料調整や分析を、GLP(Good Laboratory Practice )に則っていかにやるかについて講演するのも注目だ。星野さんのことだから、単なる方法、手続きの解説になるはずがない。

 私は、残念ながら25日しか参加できないのだが、この研究会でシステム構築のための考え方を学びたい。システムとは、栽培から食べるまでのフードチェーンにおける安全性・品質の管理と安定供給の一連の流れのこと。この中に、農薬の分析をどう位置づけて実施し活用するべきなのか?
 
 「残留農薬の検査数を増やして安全性向上を」なんて言っているのは、マスメディアだけだ。農産物の検査は抜き取りで行うしかなく、食べるもの、つまりサンプリング検査した後の残りの農産物が安全かどうかなんて、検査では分からない。フードチェーンのプロセスがきちんと管理されて初めて、検査の意味が出てくる。そして、検査を有効に使えば、食はもっと向上する。だから、考え方を学びたい。

 最近、農薬分析に携わっている人や、農薬行政に携わる自治体職員、流通関係者などの中にも、マスメディアレベルの人が目立つような気がするのだ。「宮崎のように検査をたくさんすれば、我が県も安全・安心をアピールできるのでは」と甘い夢を語る人までいる。「なんのために残留農薬分析をするのか」を見失ったアマチュアになってしまっている。

 彼らに、プロフェッショナルの話を聞かせたい、とよく思う。今回の宮崎での研究会は、プロ勢揃いだ。開催幹事の佐藤元昭さん、バイエルの星野さん、宮崎総合農業試験場の安藤孝さんなど、私の尊敬する人たちがずらりと揃う。懇親会でじっくり話せる。こんな機会、なかなかない。宮崎へ行ってみませんか?

(参加申し込みは、研究会のページから。非会員も参加可能。残念ながら、宮崎県農試や経済連検査センターなどを見学するエキスカーションは、予定の2倍の申し込みがあり、募集締め切りのようです)

中国産冷凍いんげん

2008-10-16 01:47:55 | Weblog
 また、中国製冷凍食品から高濃度の農薬が検出された。今回、冷凍いんげんから検出されたのはジクロルボス(DDVP)6900ppm。
 現時点では解釈が難しいが、輸入者であるニチレイフーズが品質管理に絶対と言っていいほどの自信を持っているのは確かなようだ。
 畑から生産・品質管理を徹底し、選別やすじ除去などは人の手で行うにせよ、その後の洗浄やブランチング、冷凍など加工のロットはかなり大きいはず。そして、そこからの小分け包装は自動化が進んでいるだろう。
 そうすると、中国の工場でごく一部の袋にだけ人為的に農薬が入ってしまうという事態は考えにくい。

 ニチレイは、輸入冷凍野菜を取り扱うメーカーなどで組織する「輸入冷凍野菜品質安全協議会」(凍菜協)の中心メンバーの一つ。凍菜協はもう何年も、中国産冷凍野菜の安全・品質の向上にすさまじい努力をしてきた組織。食のリスク、品質管理のプロ集団だ。それだけに、譲れないものがあるのだろう。


 ギョーザ事件と違うのは、ジクロルボスが国内でも流通しているということ。ギョーザ事件で問題となったメタミドホスは、国内では農薬としての流通はなかったので、最初から中国での混入だろうと考えることができた。
 しかし、ジクロルボスは、国内で農薬として利用されているほか家庭用の殺虫剤として使われることもある。ジクロルボスが、中国で混入した可能性を検討するのと同様に、国内流通段階や開封後における混入も考える必要がある。
 
 千葉県柏保健所が、「市内の男女2人から吐き気や舌のしびれなどの訴えがあった」と発表したのを受けて、新聞などが「ほかの袋でも健康被害の訴えが出ている」と報じているけれども、これはまだ判断つかない。ギョーザ事件の時も、「ギョーザを食べて具合が悪くなった」という人が山ほど出たが、結局、有機リン系農薬の中毒症状を示したのは最初に明らかになった3例10人だけだった。

 「この食品には農薬が混入しているかも」と思うだけで気分が悪くなる人もいる。健康影響が本当に、このいんげんのせいであるのかどうか、保健所や県警による分析結果を待つしかない。

 
 それにしても、テレビの報道などは比較的落ち着いている。ギョーザの時とは大違い。ニチレイ、東京都、食品安全委員会などが、かなりの情報を迅速に公表しているためだろうか。ギョーザ問題が教訓となっているのか。

 今日は、朝からコープながので講演していた。ギョーザ報道がいかにひどいものだったか、解説した。輸入検疫を強化しても、犯罪に起因する問題食品を見つけるのは困難であることも話した。ギョーザ事件のような100万の1というような確率の問題食品を、輸入検疫という抜き取り検査で見つけるのは無理だ。組合員の方々はある程度、理解してくれたように思う。
 今回の冷凍いんげんについても簡単に説明し、「また中国か、と思った人も多いでしょうが、国内でもこの農薬は使われているから、まだ判断つきません」と言った。

 麻生首相は、朝日新聞によれば15日夜、中国製冷凍インゲンから農薬が検出されたことを受けて、「検疫体制はちゃんとやらないとダメなんじゃないかという話を農林、厚生それぞれに話をしてある」と述べたそうだ。この人、どうもやっぱり、言葉が軽いですね。「私、なんにも分かってません。だれもまだ、レクチャーしてくれません」と言っているのも同然。
 
 ともあれ、しばらく経過をみたい。
 
 

アサギマダラ

2008-10-12 18:57:50 | Weblog
 静岡の池田二三高さんから、写真付きのメールをいただいたので、了解を得て紹介します。ささくれだつ心にしみる一服の清涼剤のようです。

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 毎年太平洋岸にある我が町にはアサギマダラという蝶が姿を現します。
 夏は1000m以上の高山で過ごすこの蝶は、かつて高山で蛹で越冬するものと思われていました。秋に限って平野部で見られるのは、高山で生き残っていた個体が寒さから逃れるため下りてきたもので、やがて死んでしまうと思われていました。
 25年ほど前に、この平野部で見られる蝶は沖縄方面へ長距離移動する途中であることがわかりました。静岡県の南アルプスや富士山などの高山帯で発生した成虫は愛知県渥美半島の先端伊良湖岬を経由して沖縄方面に渡ることが証明されています。冨士山→伊良湖岬→沖縄は45°で一直線に載ります。この蝶には鱗粉がほとんどないので、翅の白い部分に油性マジックで電話番号などを記載すれば採った方が連絡してくれます。鷲鷹類のサシバの渡りコースと一致しています。
 静岡県の平野部では10月にはいると一気に増え、今日当たりが最盛。今月一杯見られます。1.000km以上を移動するこの蝶のスタミナにも感激ものですが、この渡り現象は渡り鳥と同じで不可思議の一言です。
 アサギマダラはヒヨドリバナ、サワヒヨドリの花蜜が大好きです。これらは平野には少ないのでフジバカマを植えておくと良く集まってきます。
 なお、アサギは‘浅黄’のほかに‘淡い青色’の意味があり、アサギは白く見える部分はよく見ると淡い青色をしています。
 写真は、我が家の近くのフジバカマに飛来した沖縄へ向かう個体です。



朝日新聞の大ポカ

2008-10-10 16:52:37 | Weblog
 朝日新聞が10月7日の朝刊で事故米の健康影響についての記事を出した。
 ここで大ポカをやっている。
 ADI(一日摂取許容量)について、こう説明しているのだ。

 基準値とは別に、内閣府の食品安全委員会が、ネズミを対象にした実験で健康被害が出た量に100分の1を掛けて「1日摂取許容量(ADI)を設定している。

 今日、記事データベースでも調べてみたが、この文章のままだ。ということは、まだ訂正は出していない、ということだろう。
 もちろん、ADIは動物実験で求められた「無毒性量」を安全係数で割ったもの(『1/安全係数』を掛けたもの、という言い方もできる)。メタミホドスの場合は、各種の動物実験のうち、イヌの慢性毒性実験がもっとも小さい無毒性量(0.06mg/kg体重/日)なので、これを安全係数の100で割って、0.0006mg/kg体重/日となっている。食品安全委員会のウェブサイトで詳しく説明されている。
 
 だれでも、間違いはおかしてしまう。勘違いだってする。だが、日本を代表する“一流紙”で、原稿をチェックするデスクや整理部記者や校閲記者やその他、多くの関係者が、だれもこの初歩的ミスを指摘できずに、とうとう活字になってしまったという事態は、かなり怖い~。怖すぎる。




その表示、正しい?

2008-10-10 14:21:59 | Weblog
なんでも「偽装」にしてしまう新聞に書いた質問の答えを発表します!

Q.日本人乗組員の乗った中国船籍の船がインド洋で漁獲し、神奈川県の三崎港に水揚げしたマグロの原産地表示はどうなりますか? 次の4つから選びなさい。

(1)マグロ(日本産)
(2)マグロ(インド洋)
(3)マグロ(中国産)
(4)三崎のマグロ

A.マグロ(中国産)

 簡単でしたね。水産物の原産地表示は船籍主義。中国船籍の船が漁獲しているので、中国産ということになる。

 例えば、日本船籍で三崎港に所属する船がインド洋でメバチマグロを獲って三崎港で水揚げした時には、メバチマグロ(インド洋)と表示できる。漁獲した水域がまたがって記載が困難な場合には、水揚げ港名、あるいは水揚げ港が所属する都道府県を記載できるので、三崎港産、あるいは神奈川産と表示できる。
 一方、中国船籍の場合は、自動的に中国産。水域名を明示できる場合には書いても良いので、インド洋で獲ったことが確実なら、中国産(インド洋)と水域名を併記することもできる。
 要は、インド洋かその近辺でとれたマグロに代わりはないのだが、消費者から見ると、メバチマグロ(三崎港産)とメバチマグロ(中国産)では大違いだろう。

 さらにややこしいのは、水産物が加工されている場合。例えば、「アイスランド産子持ちからふとししゃも」。アイスランド産の脂ののった子持ちししゃもを中国で干物に加工し、国内で選別包装しました、という商品だ。
 表示には次のように書いてある。

 原材料:ししゃも(アイスランド)
 製造者:○○水産株式会社

 そこで、わきあがる疑問の数々。
1)漁船の船籍がアイスランドなの? 日本の船がアイスランド沖で獲ったの?
2)中国が実質的に品質に最終変更を加えているので、製造地は中国ではないの?
3)日本で選別・包装しか行っていないとしたら、輸入品だよ

 ということで、正しい表示は以下のようになる(はず)。中国で加工、という情報がどこにも入らないのがミソだろう。

 原材料:ししゃも(船籍のある国、日本船籍の場合は漁獲水域)
 輸入者:○○水産株式会社


参考:
厚生労働省のページ「水産物の表示について」
水産庁・生鮮魚介類の生産水域名の表示のガイドライン


 実は、私は食品表示に詳しくない。表示は科学ではないので、興味はあるけれども手が回らない。なので、今回は食品表示に詳しい知人たちにいろいろと教えてもらった。ししゃも(アイスランド)とししゃも(アイスランド沖)の違いなんて、素人に分かるわけがない。
 表示にかかわる企業社員や生協職員の多くは、ヒヤヒヤしながら表示の内容を決定し、業者に指導し、間違いがないか常にチェックしているという状況だ。

 表示は一定のルールに従って行うもので、実態とは切り離して「ルールを厳守する」ということに徹しないといけない。「インド洋でとれたまぐろにかわりはないじゃないか」とか、「中国で子持ちししゃもは獲れない」とか本質的な疑問を抱えたら、もう仕事としてやっていけない。
 でも、人はどうしても、本質を伝えたいと思ってしまう。だから、食品表示にかかわる仕事をしている人たちは苦しんでいるのではないか? 

 「食の安全を守るために原料原産地表示を強化しろ」とか言っている学者先生とか消費者団体幹部とかは、こういうディテイルを知らないのでしょうね。
 原料原産地表示は、食品の安全性とは無関係。そして、表示が正しく行われているからといって、それがその食品の実態を正しく映し出しているとは限らない。
 今後さらに、原料原産地表示を強化したら、事態は混乱の極みに陥るのではないか。それに、原料原産地を調べ上げルールにそって表示するコストは、莫大になるはずだ。そんな余裕が日本にあるのか? そんなコストが上乗せされた食品を、消費者は買う余裕があるのか?


(2008年10月15日追記)
 
 やっぱり、間違えてしまいました。Ohiraさんのご指摘の通り。私のミスです。
 というわけで、下記の文章は削除。

……………………
 ということで、正しい表示は以下のようになる(はず)。中国で加工、という情報がどこにも入らないのがミソだろう。

 原材料:ししゃも(船籍のある国、日本船籍の場合は漁獲水域)
 輸入者:○○水産株式会社
……………………

 正しくは、次の通りです。
…………………… 
 ということで、正しい表示は以下のようになる(はず)。

原材料:ししゃも(船籍のある国、日本船籍の場合は漁獲水域)
原産国:中国
輸入者:○○水産株式会社

 Ohiraさん、相談に乗ってくださった皆さん、ごめんなさい。そしてありがとう。お詫びして訂正します。うーんやっぱり、表示って難しいですね。     松永