松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

シンジェンタCEOの、遺伝子組み換え小麦についての発言

2009-02-27 19:43:49 | Weblog
  米農務省(USDA)恒例の「アウトルックフォーラム2009」が26、27日の予定が開催されている。
 このプログラムに登場するシンジェンタCEOのマイケル・マック氏が、ロイターの26日付インタビューで遺伝子組み換え小麦について触れているので、紹介しておきたい。

 マック氏は、「遺伝子組み換え小麦については、積極的な開発を行っていない。消費者の抵抗が大きいからだ」と言っている。しかし、「将来はトウモロコシやダイズと同じように受け入れられると確信している。10年の間には、組み換え小麦の利点に気づき始めるだろう」と付け加えている。

 詳細は、記事をご覧いただきたいが、このあたりが、アメリカの雰囲気なのだろう。研究は行われている。生産者団体も生産者にアンケートを行うなど、関心が高まっている。しかし、民間企業が積極的に商用化を目指して詰めの研究、作業をするほどでは、まだない、という状況だ。
 ロイターは記事中で、世界的に見ても組み換え小麦がないことを伝え、トウモロコシやダイズは主に飼料として使われており、食用である小麦には依然として市民や消費者団体の抵抗が根強いと説明している。マック氏の言葉から、スイスに本社のあるシンジェンタが、冷徹にアメリカの消費者の動向を見つめていることが伺える。

 もう一つ、マック氏がインタビューで非常にいいことを言っているので、触れておきたい。「穀物が高騰し食糧危機が来るのだから、遺伝子組み換えを推進すべきだ」という論調に釘を刺し、規制のフレームワークを変えてはいけないと主張しているのだ。
 遺伝子組み換えは安全なテクノロジーであり、数多くある品種改良技術の一つであって特効薬ではないのだから、科学的に適正に評価され認められるべきだ、というのが彼の持論だ。
 
 マック氏の言葉は、ある意味では、遺伝子組み換え推進に水をかけるとも見える。でも、研究開発を着実に行いトウモロコシなどでよい組み換え品種をたくさん出している大企業のトップとして、堂々と発言している。さすが、と思う。
 
 日本でも、「食糧が足りなくなるというのに、遺伝子組み換えを認めないなんて、とんでもない」という論法が推進派から聞こえてくる。だが、エモーショナルな推進策は、非科学的な反対論と同じで、長続きしない。そのことを、日本の推進派は分かっていないのではないか、と思うことがしばしばある。「ヒステリックな反対派」を批判する推進派が、同じくらい感情的になっているのだ。
 やっぱり、地道にその時点での科学的知見を基に、功罪をきちんと評価していく姿勢が必要だ。私も、ばかげた反対派に引きずられて感情的になることがある。自戒せねば……。

遺伝子組換え作物の作付面積が、昨年も増加

2009-02-16 01:27:32 | Weblog
 先日、飼料米を利用している畜産農家の講演を聞いて驚いた。いわく、遺伝子組換え小麦が開発されず、トウモロコシやダイズに組み換え技術が利用されているのは、米国人にとって小麦が主食でトウモロコシやダイズは飼料だからだ。そのトウモロコシやダイズを輸入している日本はつまり、米国にとって家畜並みだということ。こんなひどい話はない。だから、飼料を米国に依存せず国産化を目指さなければならないーー。

 飼料の国産化を目指すのは私も賛成だけれど、生協やGM反対派の市民団体などに古い情報を吹き込まれて、こんな「恨み」に基づいて張り切るのも、なんだかなあ、と思う。
 米モンサントが、遺伝子組換え(GM)小麦の開発に躊躇したのは事実だし、消費者が受容してくれるかどうかを懸念してのことだったと私も思うけれど、それはかなり昔の話。モンサントの動きは目立たないし、GM小麦の商用化はまだだが、ほかの多くの研究機関で開発が進んでおり、米国でもこれまでに400件以上の圃場試験が行われている。オーストラリアも、干ばつ耐性小麦の開発に意欲まんまんに見える。
 それに、米国人はGMトウモロコシで作られたチップスやコーンブレッドも食べている。

 日本の農家が、古い偏った情報で動いてしまう要因の一つは、やっぱり報道のゆがみだろう。
 以下も、その例の一つ。世界のGMの栽培状況などを毎年調べている非営利団体、国際アグリバイオ事業団(ISAAA)が2008年の調査結果を調べて11日に発表したのだが、日本のマスメディアで取り上げたところはないようだ。ほかの国のメディアはちゃんと取り上げているのに…。
 
 ISAAAによれば、2008年の世界の作付面積は1億2500万ha。07年に比べて1070万ha増加。作付した国の数も増えて25カ国になった。
 ISAAAのウェブサイトで資料が読めるし、バイテク情報普及会が、日本語に翻訳したものを既にウェブサイトにアップしている。
 
 というわけで、情報はある程度は自分で収集しましょうね。古い情報やバイアスのかかった情報に振り回されて、事業に暗雲が……。なんてことのないように。
 例えば、英国の首相や環境大臣は昨年相次いで、「組換え作物は食料生産性を高め、価格抑制に重要な役割を果たす」などと推進姿勢を明確にした。また、「インドの農家がGMワタを栽培したために自殺に追い込まれている」という話も、否定されている。(BBCのこういう記事やNew Scientistのこんな記事参照)
 でも、日本では、日経BPのFood Scienceを除き、ほとんど報道されていない。したがって、識者と呼ばれる人たちの中にも、「インドでは~」なんて口走ってしまう人たちが未だにいるのだ。
 

有機農家の久松達央さん

2009-02-12 01:25:21 | Weblog
 月刊誌「栄養と料理」で連載中の『飽食ニッポン 「食」の安全をよみとく』。3月号では「有機農業ってよいことばかり?」と題して、有機農産物の安全性や環境影響について取り上げている。
 きっと面白いと思うので、ぜひ読んでいただきたい。多くの人たちが持っている有機農家のイメージを突き崩すに違いない、茨城の久松達央さんの話を中心に紹介している。

 久松さんは「有機農産物が安全だなんて言えない。慣行農産物の残留農薬なんてマイナーな問題」と言い切っている。久松さんが目指すのは、健康でおいしい野菜作りだ。
 そして、儲かる手段としての「有機農業」をどうビジネス展開していくか、という視点をちゃんと持っている。これからの有機農家は、こうでなくっちゃ。

 私は久松さん同様、有機農産物が安全だなんて思っていない。そして、久松さんは「生物多様性を守れる」というけれど、「そこになんの意味がある?」と思わないでもない。
 だって、農業はある意味、ものすごく人工的なもの。今ある作物は、長い歴史をかけて人が改変してきたもので、それだけを地面に植えてまとめて栽培するというのは、とても不自然な行為だ。
 その中で「生物多様性を守る」というのがなにを意味するのか、生物多様性を守ることとトレードオフで生じる「収量が低い、生産コストが高い」という現象をどう考えたらよいのか? 

 疑問は多い。ただ、久松さんとは議論できる。意見を聞き、「そこ、違うんじゃないの?」と述べることができる。当然、久松さんからも反論が返ってくる。
 宗教、思想としての有機農業ではなく、ちゃんと科学的な裏付けをもった有機農業を進めていこうと努力している久松さんからは、教えられることがたくさんある。

 ちなみに、久松さんの野菜、やっぱりおいしい。それに、宅配セットに入れる品目や包装の仕方など、とても細かく気を配ってある。作るプロ、というだけでなく、売るプロでもあるのだ。
 就農して10年目。進化し続けるその姿、尊敬します。

 久松さんのblog「畑からの風だより」。野菜セットの申し込みもできます。