松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

追加 アンフェアだったNHKスペシャル 

2008-10-24 10:52:25 | Weblog
 「アンフェアだったNHKスペシャル」が、大雑把に書きすぎだ、という声が。さらに、誤解も招いているようなので、もう少し詳しく考えてみたい。

 農業が環境に影響するというのは、自明のことであろう。OECDのリポートEUのページなどを見ていただきたい。農水省独立行政法人農業環境技術研究所にも、関連する情報が数多く載っている。

 農業は、肥料として与えた養分の一部が作物に吸収されずに溶脱する(特に窒素分)/温室効果ガスを発生する/生物多様性を損なうーー等々、いろいろな影響を環境に及ぼす。肥料は、化学肥料だからだめ、有機質肥料・堆肥だから大丈夫、というわけではなく、有機質肥料・堆肥も化学肥料と同じように、施用しすぎると養分が水に溶け出していく。耕作放棄地に作物を植えるようになると、肥料や農薬を使い、以前に比べれば環境を大きく攪乱しながら収穫物を得ることになる。

 私は、自給率を上げたら環境が悪化するから自給率を上げなくて良い、と考えているわけではない。自給率を上げずにほかの国に農業をやらせて、環境破壊を押しつけろ、と思っているわけでもない。日本が、「自給率を上げる」という目的だけに執着し、ほかの事情、とりわけ環境影響を考慮しない、あるいは軽視していると、「長続きしない、うまくいかないよ」と言いたいのだ。

 実際には、多くの研究者が環境影響を小さくしつつ国内農業振興をしようと、さまざまな検討を重ねている。耕畜連携により自給率を上げ、環境に付加する養分量の総量を減らしていこうとする努力も既にある。また、耕作、特に田んぼの復活は、豊かな農業生態系を蘇らせプラスの効果をもたらすという意見もある。保水作用など「多面的機能」に注目する人も多いだろう。

 多くの要素がからんでくる。緻密な議論を重ねながら少しずつ自給率を上げていくのがいい、と私は思う。前回書いたように、化石燃料に依存した農業形態から変わる努力も要る。消費者ももちろん、食生活、嗜好を変えなければならないだろう。
 違和感を拭えないのは、食糧危機が来るから自給率アップを、という現在の性急な動き、ほとんど脅しに近いような方向性に対してだ。

 もう一つ。「水田に限って言えば、窒素の汚染はそれほど心配ないのでは」という意見をいただいた。「現在の農業では、水田にはぎりぎりの窒素しか肥料として施用していませんよ」という。
 これはその通り。窒素を多くやると、米がまずくなるし、倒伏しやすくなる。特にコシヒカリは倒れやすい品種なので、倒れずおいしいコシヒカリにするために、窒素の施用を制限している。

 また、水を張ると田んぼは還元状態になるので、肥料として与えた窒素が硝酸態になりにくい。硝酸態窒素になると水に溶けやすく、周辺の水系に広がって環境中へと放出されやすくなってしまうけれど、田んぼであれば窒素分は拡散しにくい。
 意見をくださった方は「環境汚染を最小限に、カロリーを最大限得るには日本では水田がベストでしょう」と言う。

 現状の稲作を考えれば、その通りだと私は思う。ただ、自給率を上げるには人が食べる米を作るだけでなく、飼料米、飼料イネを育てて、輸入穀物を減らさなければならない。そうすると、味は悪いが倒伏しづらく、ガバガバ肥料を吸って大きく育ち籾が鈴なり、というようなイネの栽培が始まるだろう。もし、本気で米、イネの飼料化を進めるなら、肥料をたくさんやる稲作が拡大するのではないか? そして、吸われずに環境中に放出される窒素分、ほかの養分がやっぱり増えてしまうのでは? そんな事態を、私は予想している。
 
 繰り返しになるが、国民がそういうことをきちんと把握して、「それでも自給率を上げる」という選択ができればいいのだ。「環境負荷はある程度我慢し食料生産力を上げ、同時に脂肪ギトギトの肉を良しとするような贅沢な嗜好を、変えていく」のだ。
 だが、残念ながら現状は「農業は環境に良い」「国産は安全」というごまかしが、自給率アップの議論の根底にある。おかしくない? あまりにも一面的な見方になっていない? それが、私の言いたいことだ。

 あなたはどう思う? 農業と環境の議論は非常に複雑で、私自身がずっと、勉強し混乱し、の繰り返しだ。これから折々、繰り返し書いていくことになると思う。お付き合いください。