○○社の△△が残留基準を超えていることが分かり、○○社が回収を始めたーー。この手の情報が流れてくると、昔はすぐに、健康影響が出るほどの摂取量かどうかなど、検討を始めていた。
今はちょっと違う。まず、検出したという数字が正しいかどうか検討するための周辺情報を集める。それは、何度か痛い目に遭っているからだ。
「○○社は悪いヤツ」という前提で取材していくうちにだんだんと、「どうもおかしい。この分析値、怪しくない?」という心証が深まっていく。どの検査機関が分析したか、どんな方法を用いたか、チャートはどんなものだったか、詳しく情報を集めていくと、「うーん、この分析では、何も言えない。○○社が悪いかどうかなんて、何も分からない。しかも、試料がもうないから、分析が正しかったのかどうか、確認のしようがない」という結論になる。「○○社は悪いヤツ」という思い込みに満ちたそれまでの取材は、水の泡である。
伊藤ハムのシアン問題が起きたとき、発覚直後に会った同社関係者にまず尋ねたことは、「その分析値は正しいのか?」だった。後から振り返ると、私の最初の疑問は間違っていなかった。
分析をして正しいデータを出すのは、実はものすごく難しいことなのだ。ところが、世間はそんなことを知りもしない。体重計に乗って数字が出てくるように分析値が出てくると錯覚している人が大勢いる。そして、ひとたび数字が公表されると、その数字が本当はどれほど怪しくても、正しいものとして独り歩きしてしまう。
まあ、素人ならば体重計の数字という勘違いも許されるのかもしれない。しかし、食品関係の仕事をしている人の中にもそんな感覚の人がいて、品質保証部などに大きな迷惑をかけている。間違った政策や経営戦略にもつながっている。
企業の無駄、社会の支障にならないように、食のプロらしく少しは勉強してもらいたいものだなあ、などと思っていたのだが、うってつけの本が出た。津村ゆかりさんの「図解入門 よくわかる最新分析化学 基本と仕組み」(秀和システム)である。
津村ゆかりさんのブログ「技術系サラリーマンの交差点」
秀和システムの本の紹介ページ
私が分析に関する情報をネットで収集するようになってもっとも役に立ったのが、津村さんの分析化学のページだった。2003年か04年だったと思う。
分析をよく知らない人も包括的に理解できるように、実に分かりやすく解説されていた。残留農薬分析や試験技能評価の考え方など、いろいろなことを勉強させていただき、それがポジティブリスト制に関する原稿を書くときなどに随分と役立った。
私はすっかり津村さんのファンになり、一度お目に掛かりたいものだと思っているのだが、なかなか機会がなくまだ会えずにいる。
それはさておき、今回の本も、やっぱり分かりやすい。平易な文章で図やイラストも駆使して、1項目2ページで簡潔に解説してある。それに楽しい。独特のユーモアがあるのだ。
でも、その項目は、単位や機器の原理の説明、「不確かさ」の定義や品質保証の枠組みの解説、廃棄物の処理、コンタミネーション(汚染)の避け方まで、実に幅広い。有効数字と数値のまるめ方など、「ほう」と思う人が多いだろう。私も大学や大学院でHPLCや原子吸光光度計を使っていたけれど、知らなかったことが山ほどあって、読んでいくうちに恥ずかしくなった。
単に細かく解説されているだけではなく、分析の理念や価値、分析者の責任まで考えさせるような内容になっている。こうした初心者向けの図解本は軽く見られがちなのだが、これはよく考えて文章が練られ章立てが作られている。とてもいい本になっている、と私は思う。
分析の初学者はもちろん、検査データに関わる仕事をしなければならない人に読んでもらいたい。例えば、生協や企業で品質保証の事務仕事をしなければならない人、企画や広報担当者などである。分析には直接は関わらず、でもデータと無縁ではいられない人にこそ読んでもらって、データの意味を考えながら仕事をしてほしい。
とりあえずは、興味のあるところを拾い読み、でよいのだ。ざっと目を通した後は棚に置いておいて、その後の仕事の中でちょっとひっかかることがあった時に、さっと広げる、という使い方が良い。例えば、「この数値の誤差は…」と聞いた時に、その項目を探してみる。そうすると、分析化学における誤差には二通りあって、きちんと区別して考えなければならないことが分かってくる。
そういうことの積み重ねが、数字に振り回されるのではなく、検査データを活かした主体的な仕事につながっていくのではないか。
とりあえず、私はそうやってフル活用して、数値ときちんと向き合い判断して原稿を書いていこうと思う。津村さん、ありがとう。
(追加)
6月1日に、「津村さんの誠実」を書きましたので、こちらも読んでください
今はちょっと違う。まず、検出したという数字が正しいかどうか検討するための周辺情報を集める。それは、何度か痛い目に遭っているからだ。
「○○社は悪いヤツ」という前提で取材していくうちにだんだんと、「どうもおかしい。この分析値、怪しくない?」という心証が深まっていく。どの検査機関が分析したか、どんな方法を用いたか、チャートはどんなものだったか、詳しく情報を集めていくと、「うーん、この分析では、何も言えない。○○社が悪いかどうかなんて、何も分からない。しかも、試料がもうないから、分析が正しかったのかどうか、確認のしようがない」という結論になる。「○○社は悪いヤツ」という思い込みに満ちたそれまでの取材は、水の泡である。
伊藤ハムのシアン問題が起きたとき、発覚直後に会った同社関係者にまず尋ねたことは、「その分析値は正しいのか?」だった。後から振り返ると、私の最初の疑問は間違っていなかった。
分析をして正しいデータを出すのは、実はものすごく難しいことなのだ。ところが、世間はそんなことを知りもしない。体重計に乗って数字が出てくるように分析値が出てくると錯覚している人が大勢いる。そして、ひとたび数字が公表されると、その数字が本当はどれほど怪しくても、正しいものとして独り歩きしてしまう。
まあ、素人ならば体重計の数字という勘違いも許されるのかもしれない。しかし、食品関係の仕事をしている人の中にもそんな感覚の人がいて、品質保証部などに大きな迷惑をかけている。間違った政策や経営戦略にもつながっている。
企業の無駄、社会の支障にならないように、食のプロらしく少しは勉強してもらいたいものだなあ、などと思っていたのだが、うってつけの本が出た。津村ゆかりさんの「図解入門 よくわかる最新分析化学 基本と仕組み」(秀和システム)である。
津村ゆかりさんのブログ「技術系サラリーマンの交差点」
秀和システムの本の紹介ページ
私が分析に関する情報をネットで収集するようになってもっとも役に立ったのが、津村さんの分析化学のページだった。2003年か04年だったと思う。
分析をよく知らない人も包括的に理解できるように、実に分かりやすく解説されていた。残留農薬分析や試験技能評価の考え方など、いろいろなことを勉強させていただき、それがポジティブリスト制に関する原稿を書くときなどに随分と役立った。
私はすっかり津村さんのファンになり、一度お目に掛かりたいものだと思っているのだが、なかなか機会がなくまだ会えずにいる。
それはさておき、今回の本も、やっぱり分かりやすい。平易な文章で図やイラストも駆使して、1項目2ページで簡潔に解説してある。それに楽しい。独特のユーモアがあるのだ。
でも、その項目は、単位や機器の原理の説明、「不確かさ」の定義や品質保証の枠組みの解説、廃棄物の処理、コンタミネーション(汚染)の避け方まで、実に幅広い。有効数字と数値のまるめ方など、「ほう」と思う人が多いだろう。私も大学や大学院でHPLCや原子吸光光度計を使っていたけれど、知らなかったことが山ほどあって、読んでいくうちに恥ずかしくなった。
単に細かく解説されているだけではなく、分析の理念や価値、分析者の責任まで考えさせるような内容になっている。こうした初心者向けの図解本は軽く見られがちなのだが、これはよく考えて文章が練られ章立てが作られている。とてもいい本になっている、と私は思う。
分析の初学者はもちろん、検査データに関わる仕事をしなければならない人に読んでもらいたい。例えば、生協や企業で品質保証の事務仕事をしなければならない人、企画や広報担当者などである。分析には直接は関わらず、でもデータと無縁ではいられない人にこそ読んでもらって、データの意味を考えながら仕事をしてほしい。
とりあえずは、興味のあるところを拾い読み、でよいのだ。ざっと目を通した後は棚に置いておいて、その後の仕事の中でちょっとひっかかることがあった時に、さっと広げる、という使い方が良い。例えば、「この数値の誤差は…」と聞いた時に、その項目を探してみる。そうすると、分析化学における誤差には二通りあって、きちんと区別して考えなければならないことが分かってくる。
そういうことの積み重ねが、数字に振り回されるのではなく、検査データを活かした主体的な仕事につながっていくのではないか。
とりあえず、私はそうやってフル活用して、数値ときちんと向き合い判断して原稿を書いていこうと思う。津村さん、ありがとう。
(追加)
6月1日に、「津村さんの誠実」を書きましたので、こちらも読んでください
それにしても久しぶりの更新ですね。1月に「原稿が書けない」と書いておられたときには、わが身に重ねて思わず「わかる~っ」と激しくうなずいてしまいました。
不二家の報道では、細菌検査を行う担当者をほとんど教育もせず一人でやらせる、検査せずに報告書をだすなど目もあてられません。このような事例のために「分析値大丈夫?」などと言われると誰のせいか?と言いたくもなります。
また、公的な検査機関でも検査もせず報告書を出すなど時々不祥事も起こります。「検出した」だけでなく、「検出せず」も結構気をつけないといけないのです。最近では過当競争により、検査料金の低価格化が進んでますが、高価な設備投資が必要な検査でありながら、どうすればその値段か?ということも考えないといけません。
最後に、分析値の出し方のみ追求しては真実には辿りつけません。検査するサンプルそのものが「まがい物」であることも実際にあるケースです。それをやってのけたのが無登録農薬の業者です。やられた検査機関にはお気の毒なんですが・・・・