教育映画というのがあって、
小学校の校庭で上映された。
無声映画で弁者がいたようなかすかな記憶があるようで
ないような、
小学校の低学年の頃
市村昆監督だときいている「ビルマの竪琴は」
沈む夕日と 砂浜で骨を焼くシーン
そして
果物籠を頭に載せたおばあちゃん
「水島 一緒に日本に帰ろう!」とオウムが言葉を発する
船室
埴生の宿」のメロディが哀愁を誘う。
教育映画といえば
「東京物語」も 少し印象に残っていたので
あとで見る機会があって、
あれもまた
淋しい映画であった。
母方の祖母が口ずさんでいた
三途の川原の歌は
死んだ子供が 川原に石を積むうたであったような・・・、
積んだ石が明日の朝には
波で流されて
また昨日と同じように石を積んでいく。
終わりのない石積みは
罪を持つものの
罰だったろうかと・・・。
Rちゅうで世間に迷惑をかけた償いに
石を積むことは
私を慰めてくれる。
それが
いいことに繋がることだとしたら
水島上等兵が
遺骨を拾って
魂を供養することに似ている。
救われる気持ちがしてきた。
しかも
続けているうちに
形が出来てきたのには驚いている。
何かが始まっている。
イチョーキ未来浜の夢は叶うかもしれない。
与論郷土研会から定期研修会の案内 はがきが届いた。
発表者;竹内 浩
テーマ 「与論の古文書」から見える与論近代社会”
~古文書・家系図と人代年表~
誇れる与論島が次第に海から浮き上がってくる。
学問の力で
島は大きくなっていく気がする。
にゃまどー にゃま!
にゃまから ぱじみらん。