親愛なる日記

僕が 日々見つめていたいもの。詩・感情の機微等。言葉は装い。音楽遊泳。時よ、止まれ!

サン新聞社 社説

2009年12月14日 | ことばの森
バージニア、お答えします。

サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友達は間違っています。

きっと、その子の心には、今はやりの、何でも疑ってかかる、

うたぐりや根性というものがしみこんでいるのでしょう。 

うたぐりやは目に見えるものしか信じません。

うたぐりやは、狭いこころの人たちです。心が狭いせいで、よく分からないことを許せないのです。

それだから、自分が分からないからといって、みんな嘘だと決めてかかってしまうのです。


       ◆ ◆ ◆


けれども、人間の心というものは、大人の場合でも、子どもの場合でも、

もともとちっぽけなものなんですよ。

私たちの住んでいる、この広い広い宇宙では、人間の知恵は、一匹の虫のように、

そう、それこそ、ありのように小さいのです。

その広く、また深い世界を推し量るには、世の中のことすべてを理解し、

すべてを知ることのできるような、大きな深い知恵が必要なのです。


       ◆ ◆ ◆


そうです。バージニア。

サンタクロースがいるというのは、決して嘘ではありません。

この世の中に、愛や、人への思いやりや、真心があるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。

あなたにも分かっているのでしょう。世界に満ちあふれている愛や真心こそ、

あなたの毎日の生活を楽しく、美しくしているものだということを。


       ◆ ◆ ◆


もしも、サンタクロースがいなかったら、

この世の中はどんなに暗く、寂しいことでしょう。

あなたのようなかわいらしい子どものいない世界が考えられないのと同じように、

サンタクロースのいない世界なんて想像もできません。

サンタクロースがいなければ、人生の苦しみを和らげてくれる子どもらしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、

私たち人間の味わう喜びは、ただ目に見えるもの、手で触るもの、感じるものだけになってしまうでしょう。

また、子どもの世界に満ちあふれている光も消えてしまうでしょう。


       ◆ ◆ ◆


サンタクロースがいない、ですって! 

サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのと同じです。

試しに、クリスマス・イヴに、パパに頼んで探偵を雇って、

ニューヨークじゅうの煙突を見張ってもらったらどうでしょうか? 

ひょっとすると、サンタクロースを捕まえることができるかもしれませんよ。

しかし、例え、煙突から降りてくるサンタクロースの姿が見えないとしても、

それがなんの証拠になるのです?


       ◆ ◆ ◆


サンタクロースを見た人はいません。

けれども、それはサンタクロースがいないという証明にはならないのです。

この世界で一番確かなこと、それは、子どもの目にも、大人の目にも見えないものなのですから。

バージニア、あなたは、妖精が芝生で踊っているのを、見たことありますか?

もちろん、ないでしょう。

わたしだってありません。

でも、だからといって、妖精なんてありもしないでたらめだなんてことにはなりませんよ。

この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、

なにからなにまで、人が頭の中で想像しきれたものだなどということは、決してないのです。


       ◆ ◆ ◆


赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか、中の仕組みを調べてみることはできます。

けれども、目に見えない世界を覆い隠している幕は、どんな力の強い人にも、

いいえ、世界中の力持ちがよってたかっても引き裂くことはできません。

ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンをいっときだけ引きのけて、

幕の向こうのたとえようもなく美しく、輝かしいものを見せてくれるのです。

そのように美しく、輝かしいもの、それは人間の作ったでたらめでしょうか? 


       ◆ ◆ ◆


いいえ、バージニア、

それほど確かで、それほど変わらないものは、この世には他にないのですよ。

サンタクロースがいない、ですって? とんでもない。

嬉しいことにサンタクロースはちゃんといます。

それどころか、いつまでも死なないでしょう。

一千年ののちでも、百万年ののちまでも、

サンタクロースは、子どもたちの心を、今と変わらず、ドキドキさせてくれるでしょう。

                   サン新聞社 社説より-愛をこめて-

最新の画像もっと見る

コメントを投稿