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上原正稔日記

ドキュメンタリー作家の上原正稔(しょうねん)が綴る日記です。
この日記はドキュメンタリーでフィクションではありません。

沖縄人とは何か ─米人医師の分析─ 6

2013-05-10 09:24:39 | 沖縄人とは何か ─米人医師の分析─

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【店  名】  七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】  708
【口座番号】 普通:1034797
【名  義】  サンゼンカイ 


前回の続き

 無益な人間に対する沖縄人の拒絶反応は、西洋人の目から見れば無慈悲に映る。もちろん、この拒絶反応は家族、親族に向けられるものではない。家族以外の者に対して献血をする沖縄人はほとんどいない。宜野座キャンプで輸血を必要とする幼児のために献血を募ったが、志願する者がまったくいなかったので、医療兵が献血した。私には説明できないが、不思議なことに、日本軍陣地に派遣されていた朝鮮人の“慰安婦”たちは病人と負傷者に対して沖縄人とまったく違った態度を示したのだ。彼女らは病人に対して思いやりのある優しい態度で献身的に奉仕してくれたのである。

 沖縄人の“拒絶反応”を称賛するつもりはないが、私は沖縄人は西洋人よりも現実的だと指摘しておこう。沖縄人は有益なものを高く評価し、実用価値を失ったものを捨て、あざける。病弱者や生活依存者から何らかの利益を得るのを嫌う。西洋人は公然と非難されるのを恐れてこのような無慈悲なことはしない。どうやら、沖縄では公然と非難されるのを恐れるという社会通念はないらしい。

 田井等キャンプの老人ホームでは大雨の中、死にかかっている老人が元気な老人たちによって素っ裸のまま溝に投げ捨てられた。精神病者に対する態度も似たようなものだ。精神病の娘が若者たちに小便をかけられ、つばを吐かれ、石を投げられ顔面血だらけになっていた。それをそそのかしたのが年上の者だった。精神病者や病人や不具者に対する沖縄人の振る舞いは、私の目には、沖縄人の神経質な面が表に出てきたものではない、と映る。どうやら、沖縄人は自分の知らない者に対して上っ面の慈善行為をして罪を感じる必要がないらしい。心にもない親切を施して自分は思いやりのある慈善家だと証明する必要がないのだ。自分が老衰して他人の同情やあわれみを買うことを良しとしていないのかもしれない。 

 第二章 日本人の影響と日本人

 日本と同じく、琉球の原住民はアイヌである。アイヌはコーカサス白人種で背が低く、がっしりした体格で、毛深い。そこにモンゴル・アジア人がどっと流入し、アイヌの血を薄めた。最大の人種混血が起きたのが日本本土だ。モンゴル人は毛深い人種ではない。中国人はほとんど無毛だ。日本人は中国人と沖縄人の中間に位置する。多くの沖縄人はとても毛深く、しばしば濃い毛を自慢する。沖縄人は小柄で、筋骨たくましい。中には青い目や栗色の眼や灰色の眼の者もいる。

 沖縄人は独自の文化をはぐくみ、その文化には日本と同じく中国の要素がある。沖縄人は神道をかたくなに拒んできた。人口のわずか5%ほどが神道主義者だ。国家神道を押し付けられ表面上受け入れたが、ひそかに自らの“信仰”を守ってきた。これは特に埋葬の場合に当てはまる。沖縄の埋葬の儀式は日本と大きく異なる。沖縄では死者は木箱に背を伸ばして座った姿勢で埋められる。僧侶が式をつかさどる。僧は死者に新しい名前を与え、刻名板の表(赤く塗られた部分)に記し、裏(黒く塗られた部分)には彼のこの世の名(本名)を記す。これは“神をだます”ためだ。古い名前の者が犯した罪を新しい名前の者は償う必要がない、というわけだ。

つづく


沖縄人とは何か ─米人医師の分析─ 5

2013-05-09 09:20:50 | 沖縄人とは何か ─米人医師の分析─

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前回の続き

 精神的成熟のプロセスについて知らない者は、沖縄式の母親の子育てではわがままで、甘やかされた、規律のない子供になってしまうと思うだろう。ところが、実際には、子供たちは協調的社会生活を送れることを証明している。私は石川で一千人の子供たちが集団演技を行っているのを見た。子供たちはかなり難しいグループ演技をこなしたが、集団から外れる身勝手な甘えっ子の姿はなかった。一千人の子供たちの中にひとりの異端児も落後者もいなかったのだ。子供たちは恐れも見せず、落ち着いて、自信に満ちて年上の者に従った。そこには、こびへつらう態度は全くなかった。しかも、演技の進行中、高度のスポーツマンシップを見せてくれたのだ。

 子供が数え三歳に達すると、この子の世話はすぐ上の姉に委ねるのが習慣だ。姉がいなければ兄に委ねられる。ようやくヨチヨチ歩きができたばかりの小ちゃな少女が、自分とほとんど同じ大きさの下の子を背負っているのを見て驚いたことがある。田井等キャンプの孤児院では、孤児の少女たちが少し年下の孤児たちを優しく世話をしていた。病院や診療所では身勝手な行動はほとんど見られなかった。そこでは物心のついた子供たちが手当てを受けたが、我慢強く痛みに耐え、医者に感謝の念を示した。アメリカの小児科病院のホールにギャーギャー響き渡る子供たちの騒音は全くなかった。

 沖縄の子供たちは数え五歳になると、精神的に十分成熟し、母親から十分解放されて、学校に行く用意ができる。学校に行くのを嫌がる子供はいない。子供は今では母親の役を委ねさせられる姉と一緒に行動する。そして母親は新しく生まれてきた子供に全精力を傾けることになる。母親が子供に体罰を加えるのを見たことがない。もしも子供が貴重品を壊したら、母親は善悪の判断のできない子供のそばに貴重品を置いた自分の非を責める。

 沖縄の母親は生涯子育てを続ける。モンペをはき、ほとんどの重労働をこなす。沖縄は父系社会であるが、その背骨となっているのが女たちだ。男たちは女たちに母親のように世話され、子供のように扱われる。

 沖縄社会のもう一つの特徴は、沖縄人は生きるための戦いの中で、島に在る物すべてを実用にあてる。捨てる物がない。人糞は豚を太らすため使われる。そして下肥として畑にまかれる。稲のわらはロープになり、水運びに使われる。竹は姿を変え、カゴやマットになる。キモノは芭蕉の葉で作られる。陶器と衣服は修復が不可能でない限り捨てることはない。つまり修復が不可能ならば捨てるということになる。奇妙な話だが、無価値になった「物」に対する現実的対応は無価値になった「者」にもあてはまる。田井等の病院でのことだが、死に直面している母親に付き添う五、六歳の少年がいた。母親が生きている間は少年は母親に懸命に尽くした。食事を届け、母親の顔の汗を拭き、ハエを追い払った。夜も眠らず、母親に付き添い、その求めに応じていた。ところがある日の朝、母親の病室の向かいの部屋の隅にぽつんと立っている少年の姿を見た。不審に思い、通訳を呼び、少年にどうしたのか尋ねたところ、あっさりと母親が死んだと告げたのである。母親を診察すると、確かに死んでいた。彼の-あっさりとした態度は、「自分はもう母の役に立てず、母も自分の役に立たなくなった」とでも言っているように見えた。少年は涙も見せず、不平もこぼさず自分の新しい家、孤児院に向かった。

つづく


沖縄人とは何か ─米人医師の分析─ 4

2013-05-08 08:16:54 | 沖縄人とは何か ─米人医師の分析─

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前回の続き

 沖縄では幼児は空腹時や何か不安を覚える時、乳房をあてがわれる。特に幼児が不安を覚える時に授乳することは大切である。なぜなら不安状態の中の授乳は幼児を慰め、不安をゆるめ、安心感を与え、幼児に母の包容力に対する信頼を与えるからだ。これが幼児の健全な心理的成熟を促す。幼児期に不安状態が続くと、精神的発達がゆがめられる。不安状態に放置されると、子供は外界に対して悪感情を抱き、母親に守られているという安心感を失い、信頼も失う。母親はいつでも自分の望むことに応えてくれる自分の強力な分身だという子供の誇大妄想は音を立てて崩れる。その結果、子供は神経質に周囲の状況を把握するようになる。こうした状況が子供と母親を神経質な関係にがっちり固め、その後、子供はその束縛から自由になることがない。マーガレット・リブレがその著書「子供の権利」で指摘しているが、生後二、三日の間に接乳がうまくいかないと、子供は現実から逃避し、無感覚の状態に陥る。この現実からの逃避は成長してから現実を把握できず失敗した時の行動のパターンを決める。

 沖縄人の母親はもてる力の限りを尽くして幼児に授乳する。私が観察したことだが、母親が授乳している時、子供がもどした。母親は落ち着いてふきんを手に取り、自分の乳房を拭き、子供の頭をふいた。その間、一瞬たりとも授乳を中止することはなかった。沖縄人の母親が授乳の心理的価値を十分認識していることは疑いない。母親がいない時は祖母が母親に代わって、不安で泣き叫んでいる子供の口に乳の出ない乳房をあてがうことがよくある。

 宜野座病院で子供の胸を診察した時のことだが、恐怖で泣き叫んでいる子供の口に母親は乳房をあてがって静かにさせようとした。碓かに、子供はそれでおとなしくなった。

 授乳の必要がなくなっても子供は数え三歳あるいはそれ以上になっても、子供には乳房があてがわれる。そのころまで母親が子供を離すことはない。どこへ行くにしても子供を布で背負い、運ぶ。畑仕事をしている時も子供は母親の身体に巻きつけられた布の中で気持ちよさそうにしている。母親が右に左に動く度に子供は身体を揺らしながら、幸せそうに眠っている。子供が乳を欲しがるしぐさを見せると、母親はすぐさま、子供を前に回し、腹いっぱい乳を与える。沖縄の母親たちは信じられないほど重い荷物を頭の上に載せ、しかも子供を吊り帯に入れてスタスタ歩く。あきれるばかりだ。

 子供は母親にとって一番の関心事だ。一度、医療班の兵士が洗濯をしている母親の助けになればと、アメリカ式に手を差しのべた。箱を用意し、それに布を敷き、母親の背中から子供を離し、箱に寝かせた。ところがその子はアメリカの子供に負けじと元気よく泣き出し、手足をバタバタさせて抗議した。抗議の泣き声はやまず、仕方なく母親の背中に戻すとピタリと泣きやんだのである。

 子供が数え三歳になるまで、排便の訓練は一切しない。兄あるいは姉のまねをして排便の習慣を身につける。この訓練では強制もしなければ、しかることもない。自然に覚えるのだ。このころまでには子供はその年齢にふさわしい心理的健全さを達成している。ひとりで排便ができるのだ。時々夜尿症が起きることがある。子供が数え三、四歳ならば、夜尿症は病気として扱われる。わがままな行動とは見なさない。夜尿症の子どもには灸(ヤーチュー)がすえられる。明らかに灸は罰として与えるものではなく、医療措置であるから、精神的悪影響はない。痛い治療だが、子どもは母親が自分のためにしていることを知っているのだ。

つづく


沖縄人とは何か ─米人医師の分析─ 3

2013-05-07 09:12:10 | 沖縄人とは何か ─米人医師の分析─

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前回の続き

 戦争の衝撃は精神障害の引き金となるのが普通だが、沖縄人には驚くほどその影響は見られない。極度の自律神経失調症もなかった。神経が切れて怒鳴る者もいなかった。神経性ぜんそく患者が二件報告されているが、私自身は見ていない。事実上、神経性障害は皆無である。徹底的に尋問調査した結果、二、三件の消化器かいようが判明しただけだ。高齢者に目立つのは、西洋人によく見られる目の回りのしわが全くない、ということだ。危険な状況に絶えず接することから起きる動脈硬化の症状はないと結論してもよい。宜野座の糟神病院で通訳の助けを借りて診察した百五十人の患者のうち三十人は精神病患者ではないと判明した。百二十人の精神病患者のうち五十三人は戦争の衝撃による精神病患者だった。

 冷湿布したり、鎮静剤を投与したり、栄養食品を与えたり、知人友人が訪問したり、沖縄人の看護婦が励ましたり、作業療法(むしろ、帽子、カゴ編みなど)をしたり、あるいはアメリカ人職員が心理療法を施したりするうちに、これらのショック性精神病患者の多く(二十一件)は見る見る回復していった。治療が進めば、もっと多くの患者が回復するものと我々は楽観している。自我統合の損失すなわち自分を見失うほどの重症患者はいない。母のように優しく患者に接することで、患者は霧に包まれた精神状態から抜け出した。分裂した彼らの行動様式は再び一つになった。彼らは現実を再び支配したのだ。外傷による心の傷すなわちノイローゼに陥る者はほとんどいない。回復の兆侯は目に見えないので注目される。彼らは見事な回復力を見せている。この回復力は彼らの幼年児の体験と深い関係があると思われる。

 戦争前、エール大学の民俗学の教授であったジョージ・マードック海軍少佐は極めて重要な指摘をしている。沖縄人には幼児期の自慰行為が全く見られない、というのだ。私のその後の研究もこれを裏付けている。幼年児挫折感を味わったことのない子供は、自分が全能であると主張することもなく、自己満足に陥ることもなく、白慰行為にふけることもない、という多くの心理学者の説がこれを支持している。

 沖縄人の驚嘆すべき精神的スタミナは説明されねばならない。私はその根本的な説明をすることができると信じている。まず初めに、私はこの人々が生まれつきアメリカ人よりも健全であるとは信じない。また、彼らの精神的健全さは病気にかかることにより、弱者が滅ぼされ、強者だけが生き残ることに起因するのだ、ということも信じない。そうではなく、この糟神的スタミナは沖縄の子供たちのすばらしい幼児期の生活環境から生まれたものだ、というのが私の見解だ。沖縄の子供は母親によって大切に育てられている。母親の子育ては、子供の誕生直後に始まる。新生児はすぐに栄養たっぷりのミルクでふくらんでいる乳房の乳首に吸い付く。これがすべての始まりだ。(原注::猛烈な爆撃下では、ほとんどすべての母親の乳房は、恐怖による心理的抑圧により、枯渇する。その結果、多くの幼児が乳を飲めず死んだ。生き残った幼児たちは種々の段階の栄養失調だった。飢えた幼児にはアメリカ人が缶ミルクと粉ミルクを与えた。沖縄には乳牛が少なく、山羊のミルクがたまに代用品として与えられた。この幼児期に受けた精神的混乱のおかげで、今後この島では精神病の発生がかなり増加するというのが私の予測だ)

つづく


沖縄人とは何か ─米人医師の分析─ 2

2013-05-06 09:03:49 | 沖縄人とは何か ─米人医師の分析─

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前回の続き

第一章沖縄人の精神

 オキナワシマ(沖縄本島のこと)の住民には糟神病患者は多くない。戦争前、全人口四十五万人(一九四〇年の国勢調査による)のこの島には精神病院もなく精神病医もいなかった。時々発生する精神病者はそれぞれの家族が世話をした。しばしば座敷牢が作られた。座敷牢より少ないが、家屋の外の囲いや洞窟(ガマ)に精神異常者を収容することもあった。あらゆる病院の50%のベッドが精神病患者に割り当てられている西洋世界と比較すれはわかることだが、沖縄の精神病患者は極めて少ない。

 宜野座の海軍軍政府病院G-6部隊には千五百人の住民患者が入院していたが、そのうち精神病棟に入院していたのは三十人にすぎない。コザ収容所には爆弾攻撃を受けた住民が五百人いたが、そのうち二人だけが精神病患者だった。そのうち一人は中毒による精神錯乱だった。

 田井等の収容所には四万八千人の住民がいたが、そのうちわずか五十人が精神病患者で、その五十人のうち数人は日本脳炎によって神経中枢が病んでいて、正確な意味では精神病患者ではない。

 これらの人々が受けた恐るべき恐怖と深い傷を考えると、精神に異常をきたした者が極めて少ないというのは実に驚くべきことだ。空から爆弾が降り注ぎ、沖の艦船と沿岸から砲弾を浴びせられ、家族は全滅した。生き残った者の多くは不具になった。家屋は粉々に吹き飛ばされた。作物は破壊された。家族はバラバラになり、住み慣れた故郷を失い、多くの者は山地の洞窟に身を潜めた。そこで、わずかばかりの非常食で命をつないだ。だが、栄養失調に陥り、病気への抵抗力を失った。

 これらの人々が泥にまみれて、ようやく山から下りてきた時、多くは爆弾の破片や銃弾の傷を負っていた。数多くの者が複雑骨折の傷を負い、その傷口にはウジ虫がわいていた。皮膚病はどこでも見られた。カイセンを初め、ありとあらゆる皮膚病がまん延していた。ノミとシラミが皆の身体にすみついていた。

  こうしたことすべてが日ごろ清潔な生活を送っていた民族に起きたのである。それにもかかわらず、収容する必要のある糟神病患者はほとんど発生しなかったのだ。驚くべきことだ。

 身体強壮な男たちのほとんどは軍役や軍労務で海外に送られ、若い女たちの多くは戦争協力の仕事に徴用され、中には軍の“慰安婦”として使われた女たちもいる。

 残された者のほとんどは子供たちと老人と病弱者だけだったという信じられない事実がある。その上、長年、これらの人々は西洋文明を享受している我々なら間違いなく精神病患者になっていたはずのハンディキャップを負ってきたのだ。

 少なくとも人口の25%がフィラリア病に侵されている。軍政府に保護されている二十五万人の住民のうち二万人が結核に侵されているとの報告が入っている。八百五十人のらい病患者が本部半島の隣の屋我地島のらい病院に収容されている。レオン・ルイス軍医の話では、腸内寄生虫の横行はフィラリアの横行よりも危険だということだ。

 西洋社会では家族の離別、貧困、病気などは関係者に精神的な傷を及ぼすものだ。

 だが、これらの危険因子が平均的沖縄人の正常な精神に悪影響を及ぼすことはなかった。病に侵されているというハンディキャップにもかかわらず、たくましい精神で困難に立ち向かったのだ。

つづく



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