江利チエミファンのひとりごと

江利チエミという素晴らしい歌手がいた...ということ。
ただただそれを伝えたい...という趣旨のページです。

◆ カチート(チエミ・ラテンを歌うより)

2006年07月18日 | 江利チエミ(続編)
カチートについて...
今日、本家でぶりさんのページのてるさんのスレッドにレスをつけたのですが、いつもの癖で長くなりそうなので、自分のブログに書き込みをしておきます。

1957年に「ベサメ・ムーチョ」の作者コンスエロ・ベラスケスが発表した大ヒット曲です。「カチート」とは「欠片(かけら)」...転じて「自分の分身である子供」の意味です。カチートは男性形名詞ですから「息子」です。
ゆえにこの曲は、息子への愛情を歌った歌です。日本では「ナット・キング・コール」でヒットしました。
コンスエロ・ベラスケスは、ベサメ・ムーチョの作者でもあります。
※この時期、ナッキンコールはラテン・ナンバーを好んで歌っていました。他にも「キサス・キサス・キサス」が有名です。ちなみに、キサス=きっと(たぶん)=メイビーであります。きっとね?たぶんね?...と求愛をはぐらかす女の人を皮肉っている内容です。

さて、このカチートですが...
Te miro y al fin bendigo la suerte de ser tu amor.
>私の元に生まれてきてくれて、私はなんて幸運なのだろう ...などと延々「家の坊やは可愛い!宝物!」という「親ばか文句」が連発しているのです。
♪カチート カチート ミオ ・・・イデ パパ...というサビの部分の歌詞は、
あなたは私のかけら(分身=息子)パパとママの宝物...という意味です。

しかし、曲の雰囲気から、おそらく「ラブ・ソング」として勘違いしてしまった結果ではないか??そして「カチート」が「固有名詞」であると勘違いして??
江利チエミ/アンナのアンサーソング:東京アンナ(大津美子)のごとく、フランク永井の名唱「東京カチート」が生まれたのでは??...と、勝手に私はそう思っています。

東京カチート

1)東京カチート・カチート・カチート
    赤い灯がつく 赤坂タウン
      甘くながれる 夜の色
  恋にゃ泣いたがカチートよ
     カクテル・グラスにからませた
        あの娘の白い指 白い指
    好きになっては いけないかい
      僕の可愛い 相棒よ
   東京カチート・カチート・カチート

2)霧に濡れてる 赤坂タウン
   ミッド・ナイトの カーニバル
  もしも あの娘がカチートよ
    この僕 愛してくれるなら
     踊って離さない 離さない
      好きになっては いけないかい
        僕の可愛い 相棒よ
    東京カチート・カチート・カチート

カチート...って「息子」ですぜ!!カチータは女性の名前で、「Cachita」というラファエル・ヘルナンデス(Rafael Hernandez/エル・クンバンチェロの作者)の楽曲があるので、それと混同してしまったのではないのか??...などと想像します。

コンスエロ・ベラスケスとは??
>引用/出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コンスエロ・ベラスケス(Consuelo Velázquez,1924年8月29日 - 2005年1月22日)はメキシコの女性作曲家・ピアニスト。17歳の時に世界的な大ヒット作品となる『ベサメ・ムーチョ』(Bésame mucho)を作曲している。他の作品に「カチート」など。

日本では1920年8月21日生まれで84歳で亡くなったという報道がなされているようですが、1916年のハリースコ西メキシコの州でシウダードグスマン市で生まれで、亡くなった時は88歳だったと息子のセルジオ・リベラが証言しています。

  ↑
たぶん、この「セルジオ・リベラ」=「カチート」と思われます。

PS.江利チエミ盤「カチート」は「チエミ・ラテンを歌うLP」に収録されたのが初版と思われます。これは1960年8月発売... まったく私と同い年...であります。






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1 コメント

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なるほどー!!! ()
2006-07-22 00:35:31
ありがとうございました!「私のかけら」ですか。普通のラブ・ソングではなさそうだ感じた理由がわかりました。そして、なんともいえない幸福感の理由が。「あなたは私、私はあなた、あなたは私の分身」ということか、なるほどー!

「生まれてきてくれてありがとう」よりよっぽど、気がきいた表現ですね。素敵だなあ。
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