旧刊時空漂泊

さまざまな本・出版物がランダムに現れます。

清張日記  朝日文庫

2013-06-17 08:20:34 | 日記
1989年1月20日 第1刷発行
著者 松本清張
発行所 朝日新聞社

『週刊朝日』に連載された昭和55年から57年にかけての日記。

       

昭和55年4月27日(日)の項 

        『週刊文春』の依頼で、黒沢明映画「影武者」を渋谷のスカラ座で見る。
                  (中略)
        じつは去年、黒沢明氏はプロデューサーの松江陽一氏をしてわが家に
        脚本の第一稿を置かせる。しばらくこれを預かって読む。後、黒沢氏は
        松江氏を帯同して来宅。自分は脚本にある「京に旗を立てよ」は、史実
        どおり「明日は汝の旗を瀬田に立てよ」としたほうがよい、これは史上有
        名な信玄の言葉だからと云うと、くろさわしは「瀬田では今の観客には
        わからぬ」と答えた。では、せめて「京の入り口の瀬田にしては」と自分
        はすすめてみる。自分が読んだのは第一稿のみ。第二稿や決定稿など
        は見られず。                    (49頁)

昭和56年1月10日(土)の項
        午前十時、中央公論社社長嶋中鵬二氏来訪。 (中略)
        自分は微量の屠蘇に酔い、「我は?文壇?の昇殿を許されざる身分」
        論を云う。これは先日も他の訪客に述べるところ。嶋中氏聞きて、いさ
        さか憐憫の情を自分に示す。    (107頁)

昭和56年2月17日(火)の項

        午前十一時半、小田急代々木上原駅で待ち合わせ。桜井君来らず。
        電車を何台もやりすごす。我孫子行きのホームにぽつんと立ってい
        ると、森繁久弥来る。帝国劇場(「屋根の上のヴァイオリン弾き」公演)
        に行くにはこの線(千代田線)の利用がよいとのこと。女性座員を随え
        たる森繁が問う。「こんなところに一人で何をしているんですか」。
        ホーム寒し。桜井君来る。       (124頁)

昭和56年4月16日(木)の項
        朝七時四十分発の東亜航空機で大分空港へ向かう。
            (中略)
        国東町に入り、「銘酒・西の関」醸造元の前を過ぐ。東京にこの酒を売
        る店少なく、愛酒家の知人はこれを幻の酒なりと云う  (149頁)

昭和56年4月24日(金)の項
        昨夜より古代史対談集『謎の源流―古代史新考問答』(角川書店)の
        最終ゲラに手入れ。校訂の筆がすすみ、徹夜となる。午前七時に就寝。
                                       (156頁)
 
昭和56年7月20日(月)の項

        短編小説は浪漫主義的傾向の作家に佳作多しとの説を読むとき、
        志賀直哉の貧弱な短編小説に思い致る。また、「年が若くて表現
        すべき内容の貧しき時の方が表現の技巧は驚くべき完熟を示し易
        い」(木村毅『小説研究十六講』。初版大正十四年)を読むとき、芥
        川龍之介や三島由紀夫に想致す。    (196頁)


松本清張と黒沢明がどんなことを語り合ったのか、読んでみたいですね。それにしても
71才で徹夜仕事をし、文壇での評価を気にしたり、西に東に旅行と、文豪の生活もた
いへんです。