旧刊時空漂泊

さまざまな本・出版物がランダムに現れます。

好きな背広

2014-12-17 10:42:43 | 日記
文春文庫
1993年8月15日 第2刷
著者 丸谷才一
発行所 株式会社文藝春秋

     
     カバー・和田 誠

「オール讀物」昭和57年4月号~58年6月号に連載されたエッセイ集。
 「小説作法」のなかで、イアン・フレミングの『スリラー小説作法』を紹介しています。
フレミングは登場人物に何を食べさせるかが大事だ、と力説していたと書いています。
そして考察を展開してから

      とここまで書いて来て、わたしは一つの重大なことに思ひ当った。池波正太郎
     さんの小説にうまそうな食べものが出て来るのは、ひよっとすると、フレミングの
     影響ではないか、と思ったのである。もちろん池波さんがぢかに『スリラー小説
     作法』に学んだといふ意味ではかならずしもない。が、フレミングの007ものは
     きつと読んでいるにちがひないから、知らず知らずのうちにそれから影響を受け
     たといふのは、充分あり得ることではないか。007ものの翻訳が出だしたのは
     昭和三十年代のはじめで、池波さんの作品中、食べものがいちばん多く出て来
     る『鬼平犯科帳』の連載がはじまったのは昭和四十三年だから、摂取する時間
     はたっぷりあったはずである。                (40頁)

『鬼平犯科帳』も連載誌は「オール讀物」ですから、丸谷さんも読んでいたのでしょう。

『辞書のゴシップ』
       国語学の大野晋さんと何かの会合で顔を合せたとき、大野さんがひどく嬉しそ 
      うにして言った。
      「ゆうべ、丸谷さんについて、とてもおもしろい話を聞きましたよ」
      「ほう、どういふ話です?」
      「学生時代、英和辞典を作ったことがおありなんですって?」
      「ええ、あります」
       とわたしは答えた。昭和二十三年ごろ、誰かが小さな出版社から話を持ち込
      まれて、英文科の学生四五人で、まことにインチキな辞書を作ったのだ。題は
      わたしがつけた。『ダイジェスト英和辞典』(!)といふのである。
      「リーダーズ・ダイジェスト」といふ雑誌が売れに売れてゐるころだった。
                 (中略)
      「聞いた話によると、その辞書を作ったときに,丸谷さんが序文を書いたんですっ
      てね。ところが序文には、この辞書には『GHQ』もあれば『ユネスコ』もある、と書
      いてあるのに、引いてみると、『GHQ』はあるが、『ユネスコ』はなかったんですって。
      そしてね、序文の最後が傑作なんだ。『諸君、この辞書をボロボロになるまで引い
      て、英語を勉強して下さい』と書いてある。ところが、何しろ仙花紙時代でせう、ひ
      どく粗悪な紙の辞書だから、三回くらゐ引くと、すぐボロボロになってしまふ」
                                         (179~181頁)

丸谷才一編集の英和辞典、『ダイジェスト英和辞典』を捜しだして、眺めてみたいものです。
もちろん、眺めるだけです。頁を繰ると粉々になるでしょうから。