阪神淡路大震災の時に繰り返し流されていた公共広告機構の啓蒙CM。
何百回流れても食傷することはなかったな・・・
まだ所々から煙が立ちのぼる中、水が出る自宅の水道を開放しながらも、生では飲めないことを訴える張り紙と地域住民の声を収めた15秒ほどのモノトーンのCMだった。そして、最後に見るものの琴線を激しく揺さぶったコピーが、あのフレーズだった。当時、自らも被災者だった関西のクリエーター集団が、阪神復興のために、わずか2日間で制作したのだという。
あれから16年後。
かの地で起きていることは動揺、悲嘆、落胆、疲弊、憔悴、不安・・・
そんな語彙でしか想像できないが、被災者の心は、ひとつひとつの語彙で
切り取って語れない『深淵の悲しみ』に飲み込まれているのだろう。
そう考えるとこちらまでが息が苦しくなり、「心理的擬似被災者」になって
しまいそうだ。
でも、我われが擬似被災して落ち込んで、部屋にこもって悲しみの涙をこぼ
しても、すこしも被災者救済にはならない。
普通に仕事も生活もできる我われは、普段どおり働いて、普段どおり活動して、
ちょっとばかし節約したお金を被災者に役立ててもらうことが一番だ。
自粛は何も生まない。
神戸の人がみせてくれた胆力を、今度は東北の人が見せる番だ。
東北人の「粘り強さ」は折り紙つきだ。
きっと大丈夫。
心からそう信じている。
そして私ができること。
普段どおり元気に生活すること。
かの地のことを常に心にとどめつつ。