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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

法音寺の百万遍

2019-03-23 23:18:40 | 民俗学

 

 大岡の神送り行事が行われた彼岸の中日と同じ日、旧四賀村五常法音寺の百万遍を訪れた。旧大岡からは麻績村や旧坂北村、あるいは旧本城村を挟む位置にあるから、隣接地域というわけではない。かたやセイゾーボー、あるいはセイドーボーとかデイドーボーと呼ばれるものと、百万遍と呼ばれるもの、呼称からはまったく様子が異なるが、両者の行事には似通ったところが多い。とくに旧大岡周辺では、現在は中止してしまったようだが、先日触れた日方から近い長野市信更町軽井沢集落では、藁で馬に乗った侍大将と、侍、若侍の3体を作り、数珠を回した後、鉦を叩きながら人形を集落はずれまで行って放り投げてきたという。これは、かつて「倉掛のヒャクマンベー」で触れたものととてもよく似ている。何がよく似ているかと言えば、人形を侍と言っていること、3体作ること、そして集落境に送るということである。法音寺もまた、倉掛とは隣り合わせた地域であって、同じように侍らしき人形を3体作って、数珠を回した後、集落の入口の会田川へ流している。

 法音寺は戸数10戸の集落である。現在1戸は年寄りが亡くなって子どもがよそに住んでいるため事実上は無住であるが、この戸数は昔とほとんど同じだという。今で言う戸数が著しく減少傾向にある集落でもなく、新たな住民が住み着くという集落でもない。この日の百万遍には7戸からご主人の方々が参加された。集合の時間になると、とくに打ち合わせをするでもなく、それぞれがそれぞれの藁人形の製作に入る。わたしたちの方から、それぞれに「何を作っているんですか」と聞くと指であったり、人形本体であったり、と答えられるが、思い思いであることから、よく聞いてみると同じ部位を作っていることもある。ある程度作り始めてからそれぞれで作っているものを確認して、手を出されていない部位の製作に変更したりしていた。とくに侍を作っているという強い意識はなく、それら人形に特別な名前があるわけでも無いようであった。あえて言えば人形を乗せる馬は「ウマ」であることに違いはないよう。作っている人形が侍であることは、腰に挿される刀からはっきりとする。旧大岡の上中山でもそうだったように、曖昧な人形ながら、手の指ははっきりとわかるように作られた。ここでも同様に指ははっきりそれとわかるように5本作られ、わら人形の手とされる。手の平を意識されていることは、この地域の彼岸行事で作られる人形に共通しているようだ。ウマと人形3体を作るために用意された藁は、束にして5つほど。その量から人形はそれほど大きなものではないことがわかる。事実作り始めてそう時間を要さず、人形は完成する。上中山の人形に比較するとたいぶ小さい。ウマの足と刀にされる棒が7本用意された。この木は何の木でなくてはならないとは言わないが、今年は桑の棒を用意したという。刀のつばにするために大根の輪切りにされたもの3つも用意される。顔の部分には和紙が巻かれ、そこには人間の顔らしい眉毛、目、口、鼻が描かれる。そして前述したように、腰には刀が挿される。どの人形が馬に乗せられる人形だと意識されて作られることはなく、同じように作られた人形3体から、任意のものが馬の背に乗せられる。地面に立つ侍らしき人形は、腰に挿した刀が支えとなって自立できるように作られる。ようは足2本と刀で3点立ちである。これら人形とは別に「手綱」と呼ばれる縄が綯われ、中心に馬に乗った侍、前方に手綱を引く侍、後ろにもう1体侍が立ち、行列を組んだように人形はセットされる。

 これらを送り出す側の方向に向けて並べると、お清めの意味で人形にお神酒がかけられる。そして、人形を囲んで数珠を象った藁縄で周囲を囲み、いよいよ数珠回しとなる。常会長のところに結び目がくるようにせっとすると、そこから右回しに3周数珠を回する。唱えるのは「ナムアミダブツ」である。3周回すと数珠回しを終え、玄関ではなく、部屋の窓から人形を外に持ち出し、会田川の橋まで持っていくと、橋の上からそれらは投げ捨てられ、川へ流される。それほど大きな人形ではないので、いまもって川へ流しても問題はないようだ。

 時間にして人形を作り始めてから1時間ほどの行事。送った後に集会施設で直会となるが、用意する料理に何を作らなければならないというものは無いようだ。人形を作り、できたらすぐに数珠を回し、回したらすぐに送る。実にあっさりとした行事で、だからこそ継続することの負担もそれほどなさそうに見える。故に続けられているのだろう。これほど素朴な行事はないかもしれない。


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