元妻は境界性パーソナリティ障害だったのだろうか

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(34)心理学-2 アタッチメント

2011年01月19日 | 心理学


アタッチメント理論(愛着理論)は、心理学の中で人の心の仕組みを理解する大切な理論として今日も引用されています。弁証法的行動療法を学ぶ医師や心理療法士、治療を受ける患者もアタッチメント理論を学んでいます。現在子育て中の方、これから親になる方にも参考になると思います。ニュースで児童虐待が報道されるのを見るにつけ、学校の理科か保健体育の時間に、アタッチメント理論の授業を取り入れた方が良いのではないかと思うのですが・・・


~英語の『アタッチメント』は日本語の『愛着』か?~

英語の『Attachment』が日本語で『愛着』と訳されてきましたが、愛着という訳語はふさわしくないと思います。日本語で『愛着関係、愛着理論』を検索すると『アタッチメントとは、スキンシップのことである。スキンシップを重ねることが健全な親子関係に欠かせない』と記述するものがあります。日本では川の字になって親子が添い寝をする文化がありますが、欧米では親子が別の部屋で寝る文化があります。欧米式の育て方では、健全なアタッチメントが育たないのでしょうか?そうではないようです。

WWYD?:ホームレス(ニューヨーク) /日本語字幕


心ない扱いを受けるホームレスの男性を見て、勇気を出し意地悪なウエイターに抗議する方たちが登場しました。『かつて自分も苦しい時期があり、人に助けてもらったから・・・』と、過去の自分と、ホームレスの男性の立場を重ねています。ウエイターに抗議した方たちは、共感性や他者を理解する力がきちんと育っています。もし、健全にアタッチメントが発達していなければできないことです。これと同じ実験が日本で行われたらどうなるでしょう。見て見ぬふりをする人が多いのではないでしょうか?この動画を見る限り、日本の育児法は正しく、欧米の育児法が間違っているとは言えないことが分かると思います。

誤解を受けないよう付け加えておきますが、ウエイターに抗議をした方が正しく、しなかった方が間違っているということを言いたいのではありません。抗議をした方の行動に共感性の発達、アタッチメントの発達を見ることができるので、この動画を引用させていただいたということです。

日本語の『愛着』は『なれ親しんだものに深く心がひかれること。goo辞書』と定義されています。『愛着が湧く』ということばの類語を調べると『可愛がる。頬ずりする。・・・Weblio類語辞書』とあります。

郷土に対して、愛着を感じたのは・・・
・・・この家に愛着を持たずにはいられなかった
どこか懐かしく愛着の湧くデザイン・・・

日本語の『愛着』は、人が物に対し感情移入する場合に使われることばです。日本語の特徴の一つに、ヒトとモノに対して使われることばに違いがあるということが多く見られます。『翻訳徒然草-1』で英語の『functioning』と日本語の『機能』の違いを記述しましたが、日本語の『機能』はモノに対して使われますが、ヒトに対して使われることはありません。興味のある方はお読みください。日本語の『愛着』ということばは、基本的にモノに対して使われることばで、ヒトとモノの関わりを表すときに使われます。

ボウルビーが唱えたアタッチメントということばは、人と人との関係を意味することばとして使われており、幼児期子どもが、自分の親を信頼できる存在として認識できるかどうかをテーマにしています。英語のアタッチメントを日本語ひとことで表すことはできませんが、アタッチメントの本質を突きつめて言うと『信頼関係』になるようです。

『アタッチメント』が日本語で『愛着』と訳されたことによる影響だと思うのですが、『アタッチメントにはスキンシップが重要である』と解説されることがあって、こうした解説に疑問を感じるのです。日本では、密着しすぎる親子関係が子どもの心理的成長を阻害しているという例もあります。行き過ぎたスキンシップは、健全なバウンダリーを失わせたり、子どもを不快にさせることもあるでしょう。適切な範囲内でのスキンシップが良好な人間関係に役立つということに異論ありませんが、アタッチメント理論の中で、スキンシップが重要な意味を持つというのは誤った解説で、これは日本語で『愛着』と誤って訳された訳語のせいだと思われます。アタッチメント理論の最重要テーマは『信頼』です。


~ボウルビーのアタッチメント理論~

アタッチメント(愛着関係)について、英語のサイトを引用し記事を作りました。読みやすくなるよう、元の記事に修正を加えているので翻訳ではありません。

アタッチメント理論(愛着理論)
Bowlby's Attachment Theory
Simply Psychology Bowlby's Attachment Theoryより引用

ジョン・ボウルビー(John Bowlby) 英国の精神分析医 1907~1990年

幼児期における子どもと養育者との関係は、その後の心理的成長や問題行動に重要な関わりがあるとボウルビーは考えました。

アタッチメント理論というのは、赤ん坊は特定の大人と密接な人間関係(アタッチメント)を結ぶよう生物学的にプログラムされており、アタッチメントは人が生きるのに必要不可欠な機能だということです。

ボウルビーは、動物行動学、とりわけローレンツの『脳への刻印説』に影響を受けます。ローレンツはガンのヒナ鳥で実験をおこない、ヒナの後追い行動(アタッチメント)は生まれながらの本能であることを明らかにした研究者です。詳しくは『心理学-1 動物行動学が示すもの』をご覧ください。ローレンツは、この研究が評価され1973年ノーベル生物学・医学賞を受賞します。

ヒトの赤ん坊は、親から引き離されたり、自分が危険や不安を感じる状況になると、反射的に親を求めます。例えば、幼児の『人見知り』は自分にとって危険となる状況を回避する本能です。ヒトの赤ん坊には、泣く、微笑む、ハイハイといった行動がありますが、赤ん坊のアタッチメント行動には、母親を引き寄せ守ってもらうという意味があります。

アタッチメント本来の目的は、空腹といった身体的な欲求を満たすことというよりは、保護者からの注目や配慮を受けることにあるといえます。言い換えると、ミルクを与え体の清潔が保たれたとしても、養育者が子どもを注意深く観察することを怠ったり、子どものこころへの配慮が欠けているなら、本来の欲求を満たしていないということです。

生まれて間もない時期、赤ん坊が養育者に求めるのは、自分を外敵から守る砦(とりで)の役割です。養育者を自分の身を守る拠点とし、探索行動を始めるようになります。

子どもと養育者の間で作られる信頼関係(アタッチメント)は、社会人となり他者と人間関係を築く上での原型になります。幼児期、親子の信頼関係を築くことができなかった子どもは、社会生活の中で問題を抱えることになるでしょう。


~アタッチメント理論の5本柱~

(1)赤ん坊が信頼関係(アタッチメント)を築くことができる対象は基本的に一人のみで、アタッチメントは生まれながらの本能である。

the free dictionary monotropyより引用
The Encyclopedia of Children's Health Bondingより引用 

モノトロピー説(monotropy)

これは、アタッチメントは一人の母親と一人の子どもといった、一対一の関係でしか成立しないという考えです。ガンのヒナ鳥に見られる、脳への刻印説に着想を得ています。このボウルビーのモノトロピー説に対し賛否両論があり、論争が巻き起こります。

モノトロピー説を肯定するものに、クラウスとケネル(Marshall Klaus と John Kennell) の双子を生んだ母親の研究(maternal-infant bonding)があります。この中で、モノトロピー説が引用されます。母親が双子を出産したケースで、赤ん坊の一方は元気に生まれ、もう一方は虚弱体質のため保育器に入れられるということがあります。母親と元気な方の赤ん坊は病院を退院し帰宅しますが、保育器の赤ん坊はしばらく病院で過ごすことになります。この赤ん坊が退院し自宅に連れて来られても、母親は自分の子どもとして受け入れることができず、無視をする、虐待をする傾向があるというものです。

病院で何人もの新生児の世話をする看護師は、一度に一人の新生児に対し愛情を抱くことはできるが、同時に複数の新生児に対し愛情を抱くことはないといわれてます。また、養子縁組をする里親も、一度に一人の子どもに愛情を抱くことはできるが、同時に複数の子どもに愛情を抱くことはできないともいわれています。こうしたことは、モノトロピー説を肯定するという見方があります。

親が双子の子どもに同じ服を着させるということがありますが、これは、二人の子どもを一つにまとめようとする無意識の行動で、これもモノトロピー説で説明できるという見方があります。

アタッチメントは、母親以外の父親、祖父母、里親との間でも築くことは可能ですが、ボウルビーは、子どもを生んだ母親がアタッチメントを作るのに最もふさわしいと、母性の優位性を唱えました。これに対し賛否両論が巻き起こり、のちにボウルビーは誤りを認めたと言われています。親権(監護権)をめぐる裁判で、現在も母親側に有利な判例が多いのは、この母性の優位性を一つの根拠にしているからだといわれていますが、それでいいのか疑問に思うところです。

赤ん坊は、泣く、微笑む、養育者を追うなどのアタッチメント行動により、自分の欲求を養育者に伝えます。養育者がそのサインに応答することが繰り返されて、両者のあいだに緊密な関係が作られてゆきます。

幼児が母親とアタッチメントを育むことができなかったり、育んだアタッチメントがのちに破たんした場合、将来深刻な影響を与えるとボウルビーは考えました。ボウルビーは、モノトロピー説をもとに母子関係阻害説(maternal deprivation マターナル・デプレベイション)を展開します。


(2)およそ生後2年の間は、赤ん坊は特定の養育者との間で信頼関係(アタッチメント)を継続させることが重要である。

生後2年半から3年までにアタッチメントを育むことができなかった場合、幼児は再びアタッチメントを作ることが困難になります。通常、生後12か月目がその臨界期になります。

もし生後2年までにアタッチメントの発達が中断されるような状況になったり、アタッチメントの発達が妨げられると、生涯にわたり心理的苦悩を抱えることになります。子どもの年齢が5歳未満の場合、そのリスクは高くなります。

母子関係の阻害(maternal deprivation)とは、母親との離別や母親の死去により母子関係が築けなかった状態です。

母親と幼児の間で心の絆(attachment)がうまく築けなかった場合、子どもは、認知の偏り、対人関係での問題、感情コントロールの困難さなどを長い期間抱えることになります。もしこの理論通りだとするなら、母親は子どもを預け仕事に行くことができないことになります。

モノトロピー説(母子一対一説)、マターナル・デプレベイション(母子関係の阻害説)共に、誤謬(ごびゅう)のない理論として支持されているかというとそうでもなく、多くの批判を受け修正が加えられています。

臨界期説と進化論(余談になりますが・・・)

臨界期説にはとても興味をひくものが含まれています。ローレンツはヒナ鳥のアタッチメントには臨界期があると発表し、ボウルビーはローレンツの臨界期説を引き継いでいます。言語学の分野にも臨界期説があり、人の子どもが母語を獲得する能力には臨界期があるというものです。

生まれたばかりの赤ん坊は、日本語、英語、スペイン語、手話などあらゆる言語を習得できる驚くべき能力を持っています。脳の機能状態をシナプスから予測することができるのですが、ヒトの脳でシナプスが最も多いのは生後8か月目あたりで、脳にとって最もハイスペックな状態だといえます。8か月後は自分が獲得する母語に特化した言語機能を残す一方、不要となる言語習得機能は失われてゆきます。

ことば(母語)を獲得する能力についていえば、ヒトは年齢と共に母語獲得能力を発達させるのではなく、生後8か月目を境に徐々に失ってゆきます。もし、3~5歳(臨界期)までに適切な言語環境が与えられなかった場合、子どもは母語獲得が不可能になるというのです。







野生動物に育てられた人の子どもや、親の虐待で密室に閉じ込められて育った子どもについての記録を見ると、子どもを保護し再教育を施しても、ことばを獲得できなかった、人間の社会生活に馴染めなかったということが報告されています。すでに臨界期を過ぎていたからです。ヒトが人として成長するためには、ヒトとしての身体的生理機能を備えているだけでは不十分で、更に成長を見守るヒト(大人)の存在が不可欠なのです。

ある日突然遺伝子に変異が生じ、サルの親からヒトの脳や体を備えた赤ん坊が生まれたとしたらどうなるでしょう?サル社会の中にはまだヒトの言語がないので、赤ん坊はヒトのことばを聞く経験をせず臨界期を迎えます。赤ん坊の脳は『キーキー』とサルが鳴く声、サルのコミュニケーションの学習に特化し、ヒトのことばを獲得する能力を失います。この幼児が大人になり子どもを生み、仮にその赤ん坊も人の生理機能を持っていたとしても、サル社会には未だ言語環境がないため、この赤ん坊も言語を獲得することなく生涯を閉じます。ことばを獲得していない動物社会に、突然変異でヒトの体を備えた赤ん坊が生まれたとしても、動物の群れから永遠にことばは生まれません。ヒトの赤ん坊がことばを獲得するためには、養育者がことばを獲得していることが不可欠なのです。

サルはサルの子どもを生み、子ザルはやがて大人のサルになります。ヒトはヒトの子どもを生み、子どもはやがてヒトの大人になります。これが生態系の最も合理的な解釈であって、サルがヒトになったというのは、強引なねじ曲げだと思うのです。母語獲得の臨界期説は、進化説を否定し聖書の創造説を肯定しています。


(3)母子関係の阻害が長期化すると以下の問題が生じる。

・非行や犯罪
・学業低下
・暴力的傾向
・うつ病
・感情喪失型心理障害(affectionless psychopathy)

感情喪失型心理障害
自分の行動がどういう結果をひき起こすか考えず、感情に任せた衝動的な行動をし、反社会的行動をしても罪悪感を感じることはありません。他人を思いやったり、他人の痛みに共感する心が育っていない状態です。


(4)幼児が養育者(愛着対象者)と短期間離別した場合に見られる行動。1952年ロバートソンとボウルビー(Robertson and Bowlby)。

行動の3段階

第1段階 抗議
養育者が自分を置いて行こうとすると、幼児は親にしがみつき泣き叫んだり怒りを表して抗議をする。

第2段階 ふさぎ込み
抗議の次の状態は、少し動揺している様子をみせつつもおとなしくなります。慰めを受けても、無視や無関心を装う。

第3段階 孤立
養育者との分離が長引いた場合、親が戻ってきても強い怒りをたたえ無視をする。


(5)子どもと養育者が良好な信頼関係で結ばれている時、子どもは脳内の自己像(internal working model)を発達させる。1969年ボウルビー。

脳内で形成される自己像(internal working model)は、認知処理システム(cognitive framework)の一部となります。認知処理システムは、自己、他者、社会など、ものごとを理解する時、取り込まれた情報を処理し記憶できるよう脳内で、再びイメージ化(mental representations)をおこないます。


脳内で形成される自己像(internal working model)は過去の体験に基づいて作られる。
図1


この図を見てマーシャ リネハン博士のことばを思いだしました。『境界性パーソナリティ障害の原因は、遺伝的要因と環境要因の相互作用があるということであり、環境要因は、親と子どもの相互作用によるということです』 境界性パーソナリティ障害の原因参照



mental representations
外部情報は脳内で加工処理をされたのち、再びイメージ化され、記憶される
図2




男の子と女の子は、同じイモ虫を見ているにもかかわらず反応が違います。これは男の子と女の子がイモ虫についての知識を異なった形でイメージ化しているということです。

男の子は以前『イモ虫が成長すれば、きれいなチョウになるんだよ』とお父さんに教えてもらいました。男の子の脳内では『イモ虫+美しいチョウ』がセットでイメージ化され、記憶として残されました。ですから、イモ虫を見て『ワクワクするな。つかまえて、育ててみよう』という行動が起こりました。

一方女の子は、かつて『お母さんが虫を見て怖がっていた』という光景を見ました。女の子の脳内では『ムシ+怖い』とセットになったイメージが作られ記憶されました。ですからイモ虫を見て『イモ虫が怖い。だれか助けて』と泣いてしまったのです。実際にイモ虫にかまれたり、刺されたりしていなくても『今日イモ虫を見つけ、とっても怖い思いをした』と、恐怖心だけが強化されることになりました。このようにネガティブなイメージが、ネガティブな行動をさせ、結果ネガティブのスパイラルになってしまいます。

見たり聞いたりして受け取る情報は、ありのままの姿で記憶されるのではなく、個人個人頭の中でイメージを変えて記憶されています。

脳内で形成される自己像(internal working model)は、およそ3歳までの体験が特に重要になります。この自己像は認知システムの一部となり、社会性、対人関係の築き方に影響を与えることになります。脳内の自己像は以下の基準として働きます。

・他人を信頼するかどうかの基準
・自己評価をするときの基準
・対人関係での基準

1969年 ボウルビー
1999年 Bretherton & Munholland
2000年 Schore


~北国に駆ける愛~



三橋萬利(みつはしかずとし)少年は、3歳の時小児まひのため手足の機能を失い、学校に行くことができませんでした。友人が通う教会にリヤカーで連れて行ってもらったのがきっかけで、イエス・キリストを信じ救われます。のちに奥さまとなる幸子さんと出会い結婚、お子さまも与えられました。著書『北国に駆ける愛』は『Carried by My Wife』として英訳出版もされています。三橋牧師の二人のご子息もまた牧師として献身されました。

三橋恵理哉(えりや)牧師は三橋萬利牧師のご子息で、恵理哉師が2011年ハワイ日本人教会で語ったメッセージ動画があったので引用させていただきます。心理学でいうアタッチメント理論と重なる内容があり、さらに聖書が示す『アタッチメント回復理論』も語られています。イエス・キリストの犠牲により、人は神さまとのアタッチメントを回復することができるようになりました。これをベースにしてイエスさまが人間関係の仲介者となっていただく時、人と人とのアタッチメントも回復されます。アタッチメントの回復には時間がかかるかも知れませんが、神さまがくださる訓練と成長ですから喜んで受けることができるのです。


あなたも互いに受け入れなさい 三橋恵理哉牧師



『・・・神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい』
新共同訳 ローマの信徒への手紙15章7節




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