366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

アブダクション

2012年06月24日 | 366日ショートショート

6月24日『UFOの日』のショートショート



意識が回復すると、銀色の部屋に横たわっていた。
入口もなければ出口もない。壁も天井も床もすべてステンレスのキューブの内部みたいだ。
アブダクション!
そうだ。ボクは宇宙人に誘拐されて、この密室に閉じ込められたのだ。ここはUFOの内部にちがいない。
ああ、ボクを地球に返してくれ。お願いだ。
床に腰を据えて、ボクを見下ろしている男がいた。
人間の姿をしている。だが、コイツは宇宙人だ。ボクを誘拐した宇宙人。
「意識が回復したようだな」
ソイツがニコリとした。
「なぜボクを誘拐したんだ?地球に戻してくれ」
「誘拐?キミは誰だね?どこに住んでいたんだね?」
「ボクは・・・」
ボクの名前を言おうとしたが、思い出せない。住んでいた国も地域も。どうしたっていうんだ?記憶喪失?
「どうしたんだね?真っ青だよ。もしかして、まったく思い出せないとか?なんでもいい。思い出してごらん」
生年月日・・・職業・・・血液型・・・家族の名前・・・ペット・・・
記憶を引き出そうとするが、いざ具体的に取り戻そうとしても消えてしまって何も見つからない。
「思い出せないんだろ?なんにも」
「時間さえあれば何か思い出せる。そんな気がする」
男は悲しげに首を振った。
「もともとないんだよ。キミに記憶なんて。キミはナニモノでもないんだ」
バカな。そうか。コイツの仕業だ。コイツがボクの記憶を全部奪ってしまったんだ。
「本人であるかどうかを確認するときってどうする?名前を確認するよね。ニセモノかどうか確認するときは?他人の知り得ない記憶で確かめるよね」
そう。それしか方法はないだろう。
「つまり、自分であるという意識の総体は、記憶の集合体に過ぎないんだ。つまり今、キミはキミではない。白紙なんだ」
白紙?
「ナニモノでもない替わりに、ナニモノにもなれる。ほら」
男の手に、鏡が握られている。信じられない。ボクは何度も鏡を覗き見る。そこには見馴れない宇宙人がいた。
「これがボク?」
「ショックかい?大丈夫。もうじきその生物としての記憶を全部植えつけるから。キミはナニモノにでもなれるんだから」

どこから来たのかもわからない。どこへ行くのかもわからない。入口も出口もわからない。
この銀色の部屋とおんなじだ。
そして、人間はみんな、生れる前の記憶はないし、死んだあとの記憶もない。
おんなじだ。おんなじなのだ。