366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

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近藤は愛妻家?

2012年01月31日 | 366日ショートショート

1月31日『愛妻家の日』のショートショート



「あたし、シャワー浴びてきていいかしら」
ワインに頬を染めた陽子ちゃんが浴室に入っていきました。
あはあはっ、この展開、昨晩思い描いたそのまんま、夢みたいです。
今朝早く、妻が旅行に出掛けていきました。
「留守の間、飲みすぎちゃダメよ」
「わかってるって」
「長袖はタンスの上から三段め・・・」
「おいおい、亭主の心配はやめて羽根を伸ばしといで」
家が静まったのを確認、早速、陽子ちゃんに電話しました。
「え?自宅?ウフフ、いいわよ」
そんなわけで今、ほろ酔いの陽子ちゃんはわが家の浴室でシャワーを浴びちゃってるわけです。
そのとき。カチャリ。玄関ドアを開ける音。
「あなた、ゴメンナサイ。忘れ物~」
ドッヒャー!妻が。
どどど、どうしよう。
ワインやらツマミやら隠す間もなく、妻がリビングに入ってきました。
「もう、あなたって人は」
「め、面目ない」
ワインボトルをテーブルに置きます。
「で、忘れ物って?」
「肝心の旅行チケット、クローゼットに置いたまんまだったのよ」
「アハハ、そそっかしいなあ」
「あれ?ないわ。もしかして浴室?」
「よ、浴室ならボクが取りに・・・」
そのときです。
何も知らない陽子ちゃんがバスタオル一枚の姿で、髪を拭き拭きリビングへ。
ああ、万事休す。
「これはその、何かのまちがいっていうか・・・」
「正彦さん、まちがいって?」
え?おや?
リビングには、陽子ちゃんしかいません。妻は?妻はどこに行ったんでしょう?
そっか、チケットを探して別室に。
「困ったことになったんだ。今日はすぐに帰って。この埋め合わせは必ずするから」
「なんなんですか、それって」
「だからその、妻が帰ってきちゃったんだよ」
陽子ちゃんの顔つきが見る見る変わります。ヤ、ヤバイ。
「正彦さん、奥さんは去年亡くなったんじゃないんですか?」
え?そんなはずは。
「二人で旅行してたとき、不慮の事故で亡くなったって言ってたじゃないですか」
激しい頭痛に襲われ、ボクは頭を抱えました。
「し、しっかりしてください」
ああ、なんということでしょう。
ボクは亡き妻を裏切るうしろめたさから、妻の幻影を見ていたんです。
亡き妻を恋い焦がれるあまり、妻が生きているものと思い込んでしまっていたのです。
ああ、許してくれ、わが妻よ。
ポカリ。
いきなり頭を叩かれて、ふり向くと鬼のような形相の妻が。
イタタタ。
どうやらこれは幻影でも幽霊でも、夢ですらないらしい。
万事、休す。

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3分間電話

2012年01月30日 | 366日ショートショート

1月30日『3分間電話の日』のショートショート



カップラーメンにお湯を注いでいたら電話がかかってきた。

最悪のタイミング。
ちょっと待っとけ。無視して内側の線ぴったりに熱湯を注ぎ、フタをする。
携帯を手にとる。オヤ、『非通知』?誰からだ?
「ハイ、もしもし」
「オレだよ」
「オレって、どなた?」
相手がため息をついた。
「オレに決まってるじゃないか。こっち、今、黄色電話からかけてんだよ」
黄色電話?10円か100円を入れる公衆電話の?今どき見かけないぞ。
「3分したら電話、切れちゃうから」
そいつは好都合。相手してやるか。
「で、用件は?」
「用件なんてない。ただおまえと話したくなってさ。そっちは?元気にやってる?」
なんだ、用もないのに電話してきたのかよ。
「ぼちぼちだな」
「そいつはよかった。落ち込んでないか?仕事はうまくいってる?いるの?彼女」
なんだよ、失礼なヤツだな。
「全部、YES。で、おまえいったい誰?」
「全部、YESか。よかった」
深いため息。それから鼻を啜る音。こいつ、泣いてんのか?
「オレさ、メチャ最悪なんだよ。ブチ切れ。どいつもこいつもムカつく奴らでさ。くたばっちまえ、糞野郎!」
電話口で怒鳴るなよ。
「糞!糞!糞!糞!世の中全部糞ばっかだ、畜生!」
大丈夫か、コイツ。情緒不安定だぞ。
「な、落ち着けって。深呼吸しろ、とにかくいっぺん深呼吸だ」
電話の向こうでホントに深呼吸する声がする。
「どうだ?落ち着いたか?何があったか知らないけどさ、自分を追い込んじゃダメだぞ。誰だって心が折れちゃうことがあるんだから」
電話の向こうで、オレの言葉を繰り返す声。
「生きてりゃ辛いこともあるさ。もちこたえるんだ。自分を見失わないようにしなきゃ」
「もちこたえる・・・自分を見失わないように・・・」
言葉を繰り返し、そして黙った。
電話の向こうでは微かに雨の音。そして街頭にかかる音楽が聞き取れた。何年も前の、忘れていた流行歌。
オレが若くて、青かった頃の。
その瞬間、霞が晴れるように記憶が鮮明によみがえった。
どうしようもなく落ち込んで、酒に酔って電話ボックスに入ったっけ。
もっと大人になった自分に電話したつもりになって、泣いたり怒鳴ったりした、あの3分間。
電話の向こうは、まさしくオレだ。あのときのオレなんだ。
「なんとかなるよな、なんとか」
そして唐突に3分間が終了、電話がプツッと切れてしまった。
カップラーメンは、いつもよりちょっとしょっぱい味がした。

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アナタ

2012年01月29日 | 366日ショートショート

1月29日『昭和基地設営記念日』のショートショート 

1956年、日本初の南極観測隊を乗せた「宗谷」が出航した。翌年、南極大陸に上陸した彼らは昭和基地の建設に取り掛かる。
そして2月。西堀副隊長以下11名の越冬隊員を残して「宗谷」は日本に向けて離岸する。
越冬は熾烈を極めた。最低気温45度、最大風速61メートル。
不用意に棟を数歩離れただけで遭難してしまう、観測機器さえも凍りつく極寒地獄。
1958年、食料不足は深刻になり、迎えの「宗谷」もトラブル続き。越冬隊員の胸中に不安がよぎった。
そんな彼らにとって、なによりも楽しみだったのは家族からの電報だった。
メールはもちろん基地に電話もない時代、唯一の連絡手段は電報のみであった。しかし、公的な通信を優先するため、私的な通信はわずかな時間に制限された。ただし年賀電報だけは別。モールス信号で送られてきたカタカナだけのメッセージが隊員たちに手渡されていく。
文字に目を落とした隊員の顔がほっとほころび、誰からとなく皆に披露しはじめる。
隊員の身を案じる言葉。留守家族の近況を伝える言葉。
一同、ひとつひとつの言葉をわがことのように噛みしめ、ときに笑い、ときに冷やかし、ときに目頭を押さえた。
そして、機械技術士の大塚正夫の番がやってきた。
彼はためらっている。
照れるな、照れるな。皆、大塚の電報が新妻からのものだと承知の上で披露を促した。
ようやく、大塚が文面を読みあげると、座は水を打ったように静まり返った。
大塚の読んだ電報には、カタカナ、たった3文字しかなかったのだ。

「アナタ」

ただの、それだけ。
夫の身体を気遣う思い。夫のいない生活のつらさ、心細さ。抑えがたい愛しさ、せつなさ。
何千何万字数を並べても言い尽くせぬ、溢れんばかりの思いが、3文字の奥に秘められていた。
万感の思いを推し量って、隊員たちは、ひとり、またひとりと嗚咽した。

「あの~、西堀越冬隊長、ちょっといいですか?」
「大塚くん、さっきのアレ、感動したよお。たった3文字のラブレター、きっと有名になるぞ」
「それが・・・」
言うべきか、言わざるべきか。
妻は、電報の内容を夫本人以外に気取られぬよう、アナタ以下を省略したことを。
いつものお小言、「アナタッ、酒癖悪いんだから気をつけてよ!皆さんにご迷惑かけてない?」であったことを。
ああ、言いにくいよなあ、今さら。

 

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警告

2012年01月28日 | 366日ショートショート

1月28日『宇宙からの警告の日』のショートショート



 病気ってヤツはある日突然違和感を覚えることから始まるもんだ。
カランカラン。
おや?今、頭の中で乾いた音がしたような。
元々頭はすっからかんだけど、こんな音、以前はしていなかったよなあ。
でも、微かになら、以前からもしていたような気もするし・・・。
空き缶にコガネムシを入れて振ったみたいにガサゴソ。なんか、いるのか?頭ん中。
病院に行ったほうがいいかな。
いや、気のせいかもしれないし。
そんなふうに逡巡していたある日の晩。
マンションの自室でニュースを見ていた。
「宇宙開発は途轍もない試練に見舞われました。スペースシャトル・チャレンジャー号は発射後73秒後に爆発し、乗組員7人全員が死亡」
シャトルが爆発、飛散していく映像を見つめていたときだ。
「あ~あ、言わんこっちゃない」
頭の中で声がした・・・よな?確かに今、誰かがひとりごとを言った。でも俺じゃないぞ!
耳を澄まして、頭の中に全神経を集中する。
「・・・・・・」
何かがじっと息を潜めているような気配を感じる。絶対、何かいるぞ、俺の頭に!
「大江健三郎氏は、小説『治療塔』の中でこの事故を『宇宙意志からの警告』と表現しています」
ナレーションを聞いて、俺は青ざめた。
ということは、俺の頭の中に『宇宙意志』が?宇宙人がいるってことじゃないのか?
「おい、おまえは宇宙人なのか?」
「・・・・・・」
「いるなら返事をしろ」
「・・・・・・」
畜生、だんまりを決め込んでやがる。だが、わかってるぞ、この侵略者め。
奴らは地球を監視しているのだ。地球人を秘密裡に操るつもりなのだ。
そうはさせるか!
俺は意を決してベランダへと走った。そしてフェンスに足を掛け、空中に身を躍らせた。
そのとき、俺の目には異様な光景が映っていた。
向い合わせのマンションの、すべての部屋のフェンスから、住民が一斉に身を躍らせている光景。
墜ちていく頭の中で声が響いていた。
「あ~あ、言わんこっちゃない。宇宙のことなんか考えたってろくなことなんないって」

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ロミオとジュリエット

2012年01月27日 | 366日ショートショート

1月27日『求婚の日』のショートショート



社員食堂で昼食をとっていた。同僚のミチコが肩をつつく。
「ねぇ、ジュリ、ミツオ君とはどうなのよ?」
「どうって相変わらずよ。すぐにどうのって思ってないよ。今のプロジェクト終わってから・・・」
「いいのかな~?受付の白石さん、上司から好みの男性のタイプ聞かれて、ミツオ君って答えたそうよ」
「え?まさか。あのモデルみたいな白石さんが?」
「それが噂になってミツオ君の株、どんどん上がってるらしいわ。わが社の結婚したい男ナンバーワンみたいな」
「え~まさか、ミツオが?」
「イケメンとかじゃないけど、笑うと少年っぽくて・・・性格もいいじゃない?ジュリが羨ましいな」
ミツオとつきあって3年、平凡な男にしか思えないけど・・・彼氏がモテると聞いて悪い気はしない。

会社が終わって駐車場に向かう途中で女性に呼び止められた。新人のカオルという娘だ。高校生でも通用しそうなカワイイ子だ。
「ジュリさんですよね?」
「ええ」
「ジュリさんはミツオさんと本当につきあっているんですか?真剣に、結婚を考えていますか?」
「何を急に・・・そんなことあなたに話す必要はないわ」
「アタシ、ミツオさんが好きなんです。彼を幸せにできるのはアタシです。別れてください」
「あなた、本当に失礼よ」
「アタシ、負けませんから。ミツオさんを奪ってみせるから」
私は無視して、車に向かった。どういうこと?突然の恋のライバル出現なんて・・・

夜、自分の部屋で夕食をとっていると、電話が鳴った。相手はミツオの父と名乗った。
「あなたがミツオの恋人のジュリさんですか・・・失礼を承知で率直に申し上げる。うちの息子と別れてくれないか?」
「すみません・・・何のことか、さっぱり・・・」
「わたしの会社の親会社社長令嬢をぜひミツオに、という話があってね。うちの社も助かるし・・・ミツオにとってもまたとない出世のチャンスだ」
「ミツオさんはこの縁談を知っているの?」
「いや、まだ話しておらん。君に手を引いてもらってから話そうと思う。ミツオの将来がかかっているんだ。いくら出せばあきらめてもらえるかな、手切れ金・・・」
「ミツオさん本人が決めることです。失礼します」
相手はまだ喋っていたが私は電話を切った。

夜遅く、ミツオからメールが来た。明日会いたいという。私は明日、プロジェクト会議で遅くなると返信した。ミツオは会議が終わるまで待つと言ってきた。私たちはよく利用している喫茶店で会うことにした。

約束どおり、ミツオは店で待っていた。私が座ると、彼が真剣な目で言う。
「大切な話があるんだ」
「プロポーズのこと?」
「・・・知ってたんだ・・・」
彼が肩をすくめる。
やっぱりだ。
ロミオとジュリエット効果。愛する二人の間に障害が多いほど障害を乗り越えようとして愛が高まる現象だ。この効果を利用した、新手のサービス業にミツオは契約したのだ。仕事にかまけて結婚に二の足を踏む私をその気にさせるために・・・。ミチコに協力を求め、カオル役がライバル宣言、父親役が電話して・・・数々の障害を演出し、私を本気にさせてプロポーズ・・・でなければ、たった一日の間にこんなにコトが立て続けに起きるはずがないではないか。私は私の推理をミツオに話した。
「・・・どう?バレちゃった?でも、私のプロジェクト終わったら真剣に考えるから、今はちょっと待ってほしいの」
ミツオがさらに顔を曇らせた。
「ごめん・・・ここにはロミオもいないし、ジュリエットもいないんだ・・・。最近なぜか急にモテモテでボクはどうかしてて・・・昨夜、カオルの誘惑に負けて君を裏切ってしまった。夜中に、父から電話がかかってきて社長令嬢との縁談をもちかけられた。その令嬢は、社会勉強のためと称して一般企業に就職させられ・・・その会社が偶然にもわが社で・・・つまり、その令嬢本人がカオルで・・・こんな偶然って運命だと思うんだ。ボクはカオルにプロポーズしようと思う。ジュリ、本当にごめん」 

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寿老亭ラーメンの秘密

2012年01月26日 | 366日ショートショート

1月26日『コラーゲンの日』のショートショート



最近、関西で次々出店しているラーメンチェーン店『寿老亭』。大変な人気である。
僕の町にも先週オープン。友だちが行ってきたらしい。

イヤ~、開店したばかりとはいえ1時間待ちだよ。やっと店に入ってビックリ、店員の声がバカデカいんだよ。
いらっしゃいませ!お冷やお待ち!ご注文はお決まりでしょうか! ラーメン一丁!注文入りましたぁ!
すぐそばで叫ぶこたぁねぇだろ!そこはマイナスかな。活気は感じるけど。
そいでさ、出てきたラーメン!それが美味いのなんの、食ったことない味なんだよ!
なんか懐かしいような・・・年輪を感じさせるような・・・なぁ、タカシ、今度一緒に食おうぜ!

食ったことのない味・・・そう言われると、食いたくなってしまう。
週末、友だちと食いに行く約束をした。

その晩、寿老亭ラーメンについてネットで調べた。
社長、僕よりも年が若い。屋台から初めて十年で売上50億とは羨ましい!
だが、掲示板の情報で、妙な噂を知った。
寿老亭のチェーン店がオープンした町で、高齢者が次々と行方不明になっているらしいのだ。

翌日、朝食のとき、母さんが僕に尋ねた。
「タカシ、お祖父ちゃん知らない?夕べから帰っていないのよ。何か言ってなかった?」
そう言えば昨日から見かけていない。
母さんは心当たりに数本電話をかけたが、所在はわからないままだった。

その翌日、僕は友だちと寿老亭に行った。
ほぼ満席で、カウンター席に座った僕たちはラーメンを注文した。
ご注文繰り返します!ラーメン!かしこまりました、喜んで!
なるほど、うるさい。
待つ間、厨房を眺めた。大鍋で豚骨を煮込んでいる。ヒトの大腿骨ほどの骨が鍋からのぞいている。

お待たせしました!ご注文は以上でよろしいでしょうか?
僕たちの前にラーメンが置かれる。見たことのないスープ。
僕の顔を見た店員が叫ぶ。
コラーゲンたっぷりのスープですよ!どうぞ!!
僕は割り箸を割った。
そのとき、隣の客が店員に怒鳴った。
「おい、なんだこれ!指輪入ってるぞ」
箸につまんだそれは金メッキの輪・・・お祖父ちゃんがいつもはめていた金環。

やっぱりそうか・・・
若い店員が泣きそうな声で謝っていた。
・・・その若い店員の顔をよくよく見ると、
「お祖父ちゃん!」
あ!タカシ!コラーゲンをたくさんとると若返るぞ~!
ほらこのとおり!

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肉まんデラックス

2012年01月25日 | 366日ショートショート

1月25日『中華まんの日』のショートショート



この季節、ちょっと小腹が空いてコンビニに行ったら、やっぱり僕は肉まんだな。
アッツアツの肉まんをヤケドしないようにお手玉みたいにポンポンしながら、ホフホフ頬ばる。
皮はフワフワほのかに甘く、そのうち甘辛い具がジュワッと出てくるコントラストがたまらない。
あの美味さを満喫するためならヤケドしてもいい。実際、口の中のうすいピンクの皮を何度剥がしたことやら。
お値段、ボリューム、食べやすさ・・・何をとっても納得できる、心まであったかくしてくれる、わがベストチョイス。

うだつのあがらない僕の、そんなささやかなシアワセは突然あっけなく踏みにじられた。
「肉まんデラックス?!」
コンビニレジの保温器の中に、いつもの肉まんとは別にデラックスが加わっていた。
お値段なんと2倍。
モノはためし、ほんの出来心で買ってしまった。
営業の車の運転席で早速かぶりつく。
美味い!さすがはデラックスだ。皮がモチモチしている。具も味わう。おっこいつはスゴイ。
コクの深い肉汁。椎茸も筍もおっきくて食感を楽しめる。中華のスパイスまで効いている。
すごいじゃないか、デラックス。僕はちょっとだけ贅沢をしてシアワセになったつもりだった。
ところがである。
数日後、普通の肉まんを買って食べた時。
不味い。皮はパサパサ、具にも安っぽい臭みを感じた。
おいおい、デラックスが美味すぎるだけだ。今までどおりのノーマルな肉まんじゃないか。
自分にそう言い聞かせてももういけなかった。肉まんの魔法はもう解けてしまったのだ。

社に戻って喪失感に苛まれ茫然としていると、上司が肩を叩いた。
「矢菱君、君にちょっと頼みがあるんだが」
「ハイ・・・?」
「このたびウチの課に応援に来てくれることになった新人の指導担当をお願いしたいんだが」
上司の後ろに子鹿のような娘が笑顔で立っていた。綾瀬はるかちゃんそっくりじゃないか。
「じゃ、頼んだよ」上司が去ると、娘は愛くるしい声で呟いた。
「よかった。矢菱さんで」
「え?僕、知ってる?」
頬を赤く染める。
「だって新人女子みんな、矢菱さんのファンですもの。ダンディーだし、ギャグも面白いし」
「ええ~?まさかぁ!♪り、か~ついだ金太郎ぉ~♪ちみちみぃっ冗談はヨシコちゃんだよぉ~」
昼間の悲しいできごとは雲散霧消していた。

その晩、恋愛ドラマに没頭する妻の横顔を見つめた。
あれ?こんなにパサパサだっけ?

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惑星ジパング

2012年01月24日 | 366日ショートショート

1月24日『ゴールドラッシュの日』のショートショート



ブースター噴射!大轟音とともに宇宙船は上昇し、惑星ジパングを離陸した。
乗員席でボクはGに耐えた。ボクの左手は、隣に座るミランダの右手をさらに強く握りしめる。
ボクだけのミランダ。君を助け出して見せる。
さらに加速。時間がない。早く逃げなければ。惑星ジパングからできるだけ遠くへ。
数分後Gが弱まった。
「タカシさん、このままだと宇宙船は惑星爆発に巻き込まれるわ」
「どんなに加速しても無理かい?」
ミランダが黙ってうなずく。
方法は残っている。この宇宙船には、緊急脱出艇が一基装備されているのだ。艇の大部分は高速ブースターと活性燃料が占めていて、定員わずか2名。
だが、宇宙船にはキャビンルームのボクとミランダ以外にもう一人、医務室に負傷したボーマン船長がいた。
「ボクがボーマンと話してくる」
ミランダの憂いに満ちた瞳にボクは微笑みかけると、医務室に向かった。

医務室のベッドでボーマンは気を失っていた。腹部を覆ったガーゼは血に染まっている。そっと剥がす。
出血が止まっていない・・・傷は内臓に達しているだろう・・・このままでは数時間の生命だ・・・
その瞬間、ボクは驚愕した。ガーゼを手にしたボクの腕をボーマンが力強く握りしめたからだ。
「俺を置いていくつもりだろう?」ボーマンが睨んだ。
「ごめんなさい・・・ボクは・・・ボクはミランダを愛している」
それを聞いてボーマンは喉を鳴らして笑ったが、腹部に痛みが走り、汗ばんだ顔を歪めてうめいた。
「愛してるだと?愛なんかじゃない、ただの欲望さ」
「ボーマン、これ以上長い時間、君を苦しめたくない・・・」
ボクはポケットから小型光線銃を出して、安全装置を外した。

この惑星に船長とボクが着いたのは3週間前。地球人と大差ない人々の星であった。地球と異なるのは、この惑星が黄金に満ちあふれていたことだ。黄金のビル、黄金の民家、黄金の自動車・・・
ボクとボーマンはこの惑星をジパングと呼ぶことにした。黄金伝説はこの惑星にこそ相応しい。
ここでボクはミランダと出会った。均整のとれた魅惑的な体、慈愛に満ちた心・・・たちまちボクは夢中になった。
夢のような滞在を楽しんでいたが、ピリオドは突然打たれた。惑星に暗躍していた反乱軍がボクらの宇宙船を占拠したのだ。ボーマンから連絡を受けてミランダとともに宇宙船に駆けつけ、反乱軍を撃退した。
だが、時すでに遅し、奴らは惑星消滅爆弾を作動してしまっていた。
宇宙には非友好的、攻撃的惑星も多い。そうした惑星を威嚇または攻撃するために宇宙船に搭載された究極兵器だ。一度作動すると爆弾は重力の中心に向かってあらゆる物体を溶かして落下を続け、中心に達すると大爆発する。
反乱軍の銃撃で重傷を負ったボーマンを担いだボクとミランダは宇宙船に乗り込み、宇宙船の離陸ボタンを押した。

「ボーマンは死んでいた。気の毒に」ボクはミランダに嘘をついた。
ミランダは俯いたままこくりとうなずく。感傷に浸っている時間などない。ボクたちは急いで緊急脱出艇に向かった。

脱出艇が宇宙船を発進して数秒後、惑星ジパングは小刻みに震えた。そして、惑星全体にマスクメロンのように亀裂が入る。亀裂から光がもれ出し、光は強さを増し、次の瞬間、惑星は炎の塊と化した。赤く煮えたぎった火球は大きさをどんどん増していく。炎は容赦なく、宇宙船を飲み込んだ。そして、緊急脱出艇さえも飲み込もうと広がり続け、艇の後ろまで迫った。だが、火球の赤い舌は、高速に遠ざかる艇をとらえきれなかった。やがて火球は収縮を始めた。縮小し、縮小し、さらに縮小し、そしてついに惑星ジパングは消滅した。

無重力の宇宙空間を音もなく緊急脱出艇が漂っている。
「私たち、助かったのね?タカシさん」
「ああ、そうだよ。じきに救助艇が来るはずだ。ミランダ、愛しているよ」
ボクはミランダの顔を両手で包んでキスした。ミランダが微かに震えてキスに応じた。
ボクはミランダに嘘をついていた。惑星消滅爆弾を作動させたのは反乱軍じゃない。反乱軍を撃退した後でボクが作動したのだ。
だって、ジパングの無尽蔵の黄金が地球に流れ込んだら、金相場は崩壊する。黄金は従来の価値を失ってしまうのだ。やっぱり黄金は希少価値がなくっちゃあ・・・
ボクは左手をミランダの背中に這わせ、右手を尻に這わせ、撫で回した。油を流したような光沢の、艶かしい黄金のボディを楽しんだ。
ジパングの人々が作った、純金製のアンドロイド、ミランダ。
「ボクは君だけでいい。君さえいれば十分幸せに生きていけるんだ、ミランダ」 

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死んで当然、死んだも同然

2012年01月23日 | 366日ショートショート

1月23日『電子メールの日』のショートショート



外回りから会社に戻ってパソコンをONすると、自動的にメールが開いた。
『只今、爆弾が作動しました。30分後に爆発します。椅子から立ち上がってもパソコンを止めても爆発するので気をつけてね。A子』
A子、君がなぜ?君は僕の恋人じゃないか!自動で次のメールが開いた。
『この浮気者。U子を部屋に連れ込んでるとこ見たぞ。死んじゃえ』
そのとおり、浮気だ。I子ともしてるし、K子とだって。でも本気なのはA子、君だけだ。次のメールが開く。
『爆弾を止める唯一の方法は、ダイアログにパスを打ち込むこと。簡単だよ。わたしの誕生日。数字を入力してEnterKeyを押してごらん。解除されるかな?爆発するかな?』
な~んだ、簡単じゃないか!で、いつだっけ?やっべ、覚えてねぇ。
待てよ。そうそう、A子の前につきあってたB子の誕生日、確か一日違いだった。で、B子の誕生日はいつだっけ?僕の部屋でA子とB子が鉢合わせ、修羅場もあったけど、ま、それはそれ。
「あ、もしもし、B子ちゃん?久しぶり。かくかくしかじかで。君の誕生日、いつだっけ?」
「死ね」
死ね、ガチャン!は、ねえだろ~。人の生命がかかってるってのによ~。
そうだ。A子の職場の女子に聞いてみるか。あそこの女子とはよく合コンしてるから。
えっとメアド知ってるのは・・・18人か。
えい面倒だ。一斉送信して聞いちゃえ。ピピピピピッと。ハイ、送信完了!これでよし。
そのうちおバカ女子がホイホイ返信してくるさ。僕、男前だし。
まだ20分あるじゃん。
お!ちょうど美人登場。A子とはおしまいだもん、次行ってみよう!
「あ、君、J子君だっけ。パスタの美味い店知ってんだけど。御馳走しちゃおっか?ちょい20分待っててくれる?」
背後から咳払いが聞こえた。J子が青ざめ、そそくさと視界から消える。
ゆっくりと振り返ると、A子が立っていた。
A子の目がこんなに細く、こんなに鋭くなるのを見たことがなかった。 

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飛行船ボナパルト

2012年01月22日 | 366日ショートショート

1月22日『飛行船の日』のショートショート

 

向こうからすごく大きなカタマリが近づいてくる。
まっすぐボクに向かってくる!
アレは、アレはクジラだ。
クジラがとてつもなく大きいことは、ボクたちハコフグだって知っている。
でも今まさに、ソイツがまっしぐらにボクに迫っているんだ。
ああ、飲み込まれてしまう!
その大きな大きなカタマリはボクのすぐ上を進んでいく。
ボクの真上を!
その胴体の大きく長いことといったら。
ボクは、ただただ圧倒されて見上げ続ける。
長い、本当に長い。
息をのんでクジラの腹を見上げ続けているうちに、後ろにのけぞって思わず一回転。
あわてて前ビレをパタパタして体勢をととのえたとき、クジラは悠々と去っていった。

今日夕方、東の空に飛行船が浮いているのを見つけた。
帰る方向とは逆だったけど、ボクは思わず飛行船を車で追いかけた。
信号待ちももどかしく、見失わないように追った。
飛行船は広い干拓地に降りていく。ボクは路上に車を停めて、飛行船に近づいた。
低空で停まっていた飛行船は、再びプロペラの高らかな音とともに船首をグイと上げて上昇を始めた。
そして遠ざかっていくかに見えた飛行船が尾翼の方向舵を傾けて、左旋回する。
そして船首をまっすぐにボクに向け一直線、ぐいぐいと迫ってきた。
巨体がボクの真上を多い、光が遮られた。
その大きさに圧倒され、呼吸さえ忘れてしまう。ああ、係留用ロープに手が届きそうなくらいだ。
思わず首を真後ろに傾け、そして振り向いた。
そうだ、携帯に。
ボクは慌てて携帯を懐から出してカメラに設定してフレームをのぞく。
フレームに閉じ込められたそれは、ボクが圧倒されたモノとはまったく違うベツモノだった。
あきらめて携帯をたたんだ。
飛行船は悠然とボクから遠ざかっていく。

ああ、今の、ボクのこの気持ちをわかってくれるものはいないだろうか?

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本当にあったら怖い3分間クッキング

2012年01月21日 | 366日ショートショート
1月21日『料理番組の日』のショートショート



(お知らせ)今回のお話には、残酷な描写が含まれます。×で文字が伏せられている箇所は、放送規制のピー音を表しています。
 
(テーマ曲『おもちゃの兵隊のマーチ』)
「皆様、こんにちは。『3分間クッキング』の時間です。本日教えていただくのは天才料理研究家、小練逍雲先生です。先生、よろしくお願いします」
「ハイ、よろしくネッ」
「今日教えていただくお料理は何でしょうか?」
「君ぃ、料理ってのはネ、完成形が先にあるもんじゃないんだヨ。素材が語りかけてくるままに従うって訳だ。OK?」
「素材が語りかけて?」
「そっ。耳を傾けると声が聞こえてくるんだヨ。ナニナニ?ほほう、今日はシチューだな」

アシスタントを務める女子アナはホッと胸を撫で下ろした。
シチューなら、そうヘンテコなものにはなるまい。この小練逍雲、天才すぎて訳がわからない。
毎度毎度、なぜか放送できないような恐ろしい料理を披露するのだ。
スタジオには、番組編集スタッフが緊張した面持ちでいつでも不適切な言葉に×を被せるよう待機している。

でっかいアフリカ××をぶつ切りにして汁にぶち込んで『雑煮』を作ったことも記憶に新しい。
昨年なんか、ナイル川に棲息する意外に兇暴な××をスライスして炭火焼き、『かば焼き』にしたっけ。
『かば焼き』に、××××と××をぶつ切りにしてグニョングニョンに混ぜ合わせて『シシカバブー』も作った。
そうそう。オーストラリアの×××の中身をくり抜いてチョコを詰めた、超リアルな『コアラのマーチ』。あれはグロかった。

だが、今日は大丈夫、スタジオに変な食材がもちこまれた形跡はない。安心してシチューが食べられるというものだ。
小練逍雲、テキパキと食材の下ごしらえをしている。
「熱湯で×ンゲンを茹であげて。その間に、このニン×ンを包丁で切り刻んで!」
「先生、インゲンを茹でて、ニンジンを切るのですね!」
おい、音声担当!×の被せ方をまちがっている!小練逍雲を警戒するあまり墓穴を掘ってるぞ!

「ハイ、できあがりッと」
小練逍雲が終了を宣言した。
「え?できあがり・・・ですか?」
「そ。完成。3分間クッキングだからネ、字数的にもこんなもんだろ」
コトコト煮込んだクリームシチューから湯気があがる。普通な感じ。よかった。

その時。
シチューの中から、二本の足がニョッキリ浮かび上がった。まるで『犬神家の一族』!
さらにもみじのような手も!
こ、これは××ちゃんの手足・・・そんな!!グロい!グロすぎる!
そういえば、セットの棚に飾られていた番組マスコットがいつの間にかなくなっているじゃないの!
「せ、先生!これって、まさか、
Q×!!」
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モルガンお雪

2012年01月20日 | 366日ショートショート

1月20日『玉の輿の日』のショートショート

地球見物にやってきたモルガン星人が地球人の娘を見初めました。
娘の名を、お雪と申します。
祇園の芸妓、お雪には深く言い交わした地球人の男性、俊作がおりました。
何を望んで異形の宇宙人の求婚など受け入れられましょうか。
身請け金として、アンドロメダ星雲一個分ほどの莫大な金額を提示したのであります。
頑なに断るお雪を泣く泣く諦め、モルガン星人は故郷の星へと帰っていきました。
ところがここから運命のいたずらが始まるのでございます。
モルガン星人といえば宇宙に名だたる大富豪であります。
欲に目がくらんだお雪の兄、滝次郎、お雪の心を偽った手紙をモルガン星へと送ります。
これを読んだモルガン星人、天にも昇る心地で地球へ戻ってまいりました。
しかもアンドロメダ星雲一個分ほどの身請け金まで携えて。
ああ、モルガン星人の財力は、地球人の想像をはるかに超えていたのでございます。
お雪は俊作に助けを求めますが、つれない態度をとります。
もともと俊作の親は、芸妓との結婚に反対であったのです。そこにさらに今度の宇宙人騒動であります。
数日後、お雪は新聞記事で、俊作が親の決めた令嬢と結婚することを知りました。
ああ、お雪の心中やいかに。
俊作の心の内やいかに。ついにお雪は宇宙結婚を決意したのであります。
盛大な結婚式は評判となり、お雪は地球の女たちの嫉妬と羨望の的となりました。
かくしてモルガン星人とともに地球を旅立ったお雪、モルガン星で幸せに暮らしたかというとさにあらず。
地球人への差別感情から間もなくモルガン星を追われ、辺境の惑星で夫と暮らし始めます。
十年の後に夫が病死。第二次大銀河戦争が勃発、地球へと戻らざるを得なくなったのでございます。
金目当てに宇宙人と結婚した女として世間の目は冷たい。
その後のお雪は多くを語らず、地球でひっそりと暮らしたといいます。
モルガンお雪、最期の言葉は「アイスクリーム、みんなに買うてあげなさい」であったと伝えられております。
今日、1月20日、『玉の輿』の日。

 

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のど自慢の女

2012年01月19日 | 366日ショートショート

1月19日『のど自慢の日』のショートショート



未来。
日曜お昼の『のど自慢』は、1946年放送開始以来、100周年を迎えようとしていた。
俺は今、会場二階、音響室横の空き部屋で狙撃の準備をしている。
俺の名はゴルゴル。百発百中のスナイパー。
今回の依頼人は、のど自慢の女。そして今回の仕事は、依頼人をチャンピオンにすること。
すでに番組はスタートしている。
出場者20組のうち、好敵手と予想されるのは、5番と12番。奴らを確実に始末しなくては。
ニギヤカシやイロモノが次々捌けていく。
いよいよ5番。5番の青年の顔に照準を絞りトリガーを引く。
銃弾は、狙い違わず一直線、歌い始めた青年の口に飛び込んでいく。
小型ヘリウムガス弾が炸裂!
美声を感嘆する声はやがて、笑いの渦へと変わっていく。
鐘ひとつ。成功だ。まずひとりクリア。
続いて12番。12番の初老の男性には、笑気ガス弾を口に放り込んだ。
鐘ひとつ。司会者のインタビュー中も笑い転げて退場していった。
順調、順調。
おや、15番の女子高生ウマイぞ。こいつは伏兵だ。俺は慌てて弾丸を装填した。
歌のサビ、女子高生の顔面で胡椒弾が炸裂。
フェ~ックショ~イ!!髪ふり乱してクシャミ連発。鼻水タラ~。危ない、危ない。
そしてついに18番。依頼人の登場だ。
「18番、玄海ダラダラ節」
女が歌いはじめる。うむ、確かにうまい。チャンピオン間違いなしだ。
それもそのはず、女の声帯には、精密な発声装置が移植されているらしい。
音程はもちろん歌唱力も設定次第で思いのままなのだ。そんなにまでしなくてもよかろうに・・・。
オヤ?審査員がヘッドフォンを耳に当て首を傾げている。
まずい。女の声にはかかるはずのないエコーがかかってるじゃないか。そりゃやりすぎだろ!
女が歌い終わる。鐘がひとつ・・・
そうはさせるか!
俺は、緊急事態に備えていた別の銃をかまえ連射した。小さな鉄球が次々とベルの鍵盤に命中する。
カカカカ、カカカカ、カンカンカーン!
合格の合図に司会者が祝福に駆け寄る。
ミッション・コンプリート。

「あなたのおかげよ。ゴルゴル」
その日の夜。某高級ホテルのラウンジ。俺は女と祝杯をあげた。
「約束の報酬はこれよ。でも、最後の鐘のぶんは、おいくらかしら」
俺は黙って女の白い手を握った。
一時間後。ホテル最上階のスイート。
余韻を楽しみながら窓辺で煙草を一服、ベッドの女を振り返った。
「どうだ?一流スナイパーの夜の腕前・・・」
言い終わらぬうちに、鐘がひとつ。

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振袖の怪

2012年01月18日 | 366日ショートショート

1月18日『振袖火事の日』のショートショート



明暦三年正月十八日、本郷丸山本妙寺において三施主による大施餓鬼が一種異様な雰囲気の中でとりおこなわれようとしていた。

それもその筈、本堂前の祭壇では護摩が焚かれ、読経とともに住職がかざしたのは一枚の振袖。
畦織の紫縮緬を荒磯と菊の模様に染め上げて桔梗の縫紋を施した、なんとも艶やかな振袖である。
振袖の供養なるものを見守る見物客の数もまた尋常ではなかった。
怪異なる振袖の噂が噂を呼んで、ひと目見たさに寺内へ押し寄せたのである。
その噂とは。
遡ること数年前、麻布百姓町の質屋の娘マツノは上野界隈に出掛けた折に、ふとすれ違った寺小姓を見初めた。
雪のように白い肌に前髪がふりかかり、きりりとした目鼻立ち。かくも美しい若者がこの世に在ったとは。
当時、住職たちは競って寺小姓を身近に置いて寵愛していたが、中でも上野寛永寺の寺小姓の美しさは評判であったという。
一瞬にして若者の姿は人ごみに紛れたものの、その面影はマツノの心にくっきりと焼きついた。
道ならぬ恋とはわかっていても忘れることならず、マツノは男の召し物と同じ振袖を拵えてもらう。
蔵二階に籠もると、振袖と話し振袖を抱き、夫婦遊びに耽るままに心を病んで果ててしまう。マツノ十七歳、正月十八日のことである。
この振袖が古着屋に渡り、上野山下で紙を商う大松屋の娘キノの手に渡る。そしてキノもまた十七歳、病に伏せて翌年正月十八日に儚くなる。
再び売られた振袖は、本郷元町の麹商い喜右衛門の娘イクの手に渡り、翌年の正月十八日、十七歳のイクの棺に掛けられた。
斯くして、本妙寺の住職の知るところとなり、娘ら三家の親を施主として、振袖供養となった次第である。
僧たちの読経の中、紫の振袖が火に投じられた。
火焔に煽られた振袖がふわりと舞い上がったかに見えた、その時である。
裾に火のついた振袖が立ち上がると、狂ったように祭壇を駆け抜けた。見えない何者かが振袖を纏い走り回るかの如く。
と、そのとき、北西より突風吹きつけて振袖が空高く舞い上がったのである。
あまりのできごとに見物客も僧たちも恐れ慄き、平伏した。
火の粉を散らしながら跳躍した振袖は、本殿屋根上に舞い降りると仁王立ちとなる。
右袖、左袖を振るたびに火焔が放たれ、辺りに火の手が回っていく。やがて江戸全体が火焔地獄と化していった。
以上が、明暦の大火が振袖火事と呼ばれる由縁である。
江戸の大半を焼き尽くした江戸期最大の大火で、十一万人が犠牲になったと言われている。
実は、この大火、都市整備のために幕府によって仕組まれた放火ではなかったかと実しやかに囁かれている。
とすればこの怪談自体、幕府が意図的に流布したものなのかもしれない。

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2012年01月17日 | 366日ショートショート

1月17日『防災とボランティアの日』のショートショート


「先生、妻はどうしてこんなことに」
医者に問いかけ、隣に座る妻を見つめた。
「ちゃんとお医者様に説明して」と、妻の口が動くが声にはならない。
ボクは医者に説明した。
「かれこれ十五年前。あの朝、急に声が出なくなったんです。
前日まではフツーに喋ってました。なんの徴候もありません。
まったくフツーでしたよ、あの月曜日まで。
そりゃもう、最初は慌てました。
『おい!大丈夫か?』って尋ねたら『大丈夫。あなたは?』って妻が口を動かしたんです。
でも声が聞こえない。最初はボクの耳がどうかなっちまったのかと思いましたよ。
でも、妻の声以外はちゃんと聞こえるんだな。
そりゃ最初は困りましたよ。でもね、やっぱり夫婦ですもん。
妻の表情やら仕草で大体わかっちゃうもんです。
そんなわけで声を失った妻のぶんまでボクががんばんなきゃと思って。
家にも早く帰るようにして、買い物なんかも一緒にして」
医者が気の毒そうな表情を浮かべ、口を挟もうとしたがボクは笑顔で遮った。
「いえいえ、それまで苦労かけてきた罪滅ぼしだと思ってるんですよ。
けどね、こいつが『どうしても医者へ』って頼むんですよ。それでこうして連れてきたわけなんですけど。
こういうのってやっぱり精神的なものなんですか。PDSDでしたっけ?
そりゃ大変でしたもん。ボクらの辺り。
阪神淡路大震災なんていうけど、明石はホントひどかったんですよ。
潰れた一階から妻を引きずり出したら、もう町はグチャグチャ。
建物って地面から垂直に立ってるはずでしょ?でも垂直な建物がどこにもない。なんだか目眩がしそうでしたよ。
あれを目の当たりにしたら、妻がこんなふうになったのも当然かなって。
あ、すいません」
医者から渡されたハンカチで涙を拭った。
「お恥ずかしい。でもね先生、あの1月17日以前がボクらのフツーなんですよ。
あの日以降の世界はフツーじゃない。ボクはフツーを取り戻したいだけなんです。妻を、妻を治してやってください」

そう言って、患者は隣の、だれも座っていない丸椅子を指さした。
医者は、口を動かすばかりで声にはならず、感極まって涙を流すこの患者を相手に、ただ当惑するばかりだった。

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