366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

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野菜、大好き

2012年08月31日 | 366日ショートショート

8月31日『野菜の日』のショートショート

こんな夢を見たんだ。
近所の塀に貼り紙がしてあって、『野菜大好きな人、集まれ!』って書いてあったんだ。
ボクは野菜が苦手だけど、母さんがいつも食べろって言うから、野菜嫌いを克服するために行ってみることにした。
行ってみると、集会所の入口にブロッコリーみたいな頭をしたオバサンが立っていた。
「あなたも野菜が大好きですか?」
「いえ、野菜が好きになりたいと思って」
「そういう方も大歓迎ですよ。どうぞ中へ」
中には、もう十数名の人たちが集まっていた。
いや。
正確に言うと、人間みたいな野菜みたいな連中だった。顔がダイコンの男やニンジンの女、ナスビ、キュウリ、豆・・・
みんな野菜だ。まるで「もったいないおばけ」みたいだ。
ダイコン男が声を張りあげた。
「人間どもの不当な野菜差別に断固反対する!『ダイコン足』などという差別語の撤廃を求める!『ダイコン役者』もやめろ!」
それに呼応して野菜たちが口々に不満を述べた。
「頭がピーマンなんて言うな!」
「イモ兄ちゃんとかイモ姉ちゃんとかも反対!」
「もやしっ子なんて言うの反対!」
「ドテカボチャなんて言うなドテカボチャ!」
「オタンコナスも言うなボケナス!」
「ルナールの『にんじん』の「にんじん」は全部伏せ字にしろ!」
野菜たちが怒るのも無理ない。何もしていない野菜たちを侮辱してきた人間の一員であることが恥ずかしかった。
野菜たちが不憫でしかたなくなってきた。
すっかり顔面蒼白の白菜がぼそりと呟いた。
「さんざんわたしたち野菜を差別しておいて、挙げ句の果てに食べてしまうなんて」
野菜たち全員が黙り込み、すすり泣きが漏れてきた。
もうボクは我慢できなかった。
「野菜の皆さん、ごめんなさい。ボクは皆さんの苦しみや悲しみを世界中の人々に伝えます」
野菜たちが一斉にボクを見つめた。
「野菜の愛の伝道師としてボクは生きていきます!」
ありがとう!頼んだぞ!野菜たちがボクの肩を叩き、歓呼した。
涙ながらに繰り返し誓っているうちに目が覚めた。
「というわけで、野菜はちょっと・・・」
食卓に載った山盛りの野菜サラダを遠ざけようとすると、母さんが押し戻す。
「つまんない言い訳はやめて、さっさと食べなさい」

 

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冒険家たち

2012年08月30日 | 366日ショートショート

8月30日『冒険家の日』のショートショート

最大の難関、アイスフォールとの格闘四時間。
凍てついた氷壁に、わずかにアイゼンを食い込ませながら氷壁を攀じ登っていく。
平地の半分にも満たない酸素を求める自分の呼吸音、魔女の叫びにも似た零下三〇度の風。
一本のロープを頼りに崖上に体を引きずり上げる。
目を刺すほどの紫外線に晒された山頂がくっきりと目前に見えた。
やった。あと、五分もすれば初登頂に成功だ。休まずに歩を進める。なんとしても頂に立つのだ。
高山病にやられ酸素吸入しても動くことかなわなず、やむなく最終キャンプで待っている仲間たちのためにも。

「では警部、ここに集まった我々の中に犯人がいるとでもいうのか?」
「ええ。わたしの推理に間違いがなければ」
「で、犯人は誰なの?」
「犯人は佳子さん、あなたです!」
えー!思ったとおりじゃん。つまんねー。手がかり多すぎだろー。なんだ、この本。金と時間返せ~。
「・・・と、誰しも佳子さんを犯人だと思っていたでしょう。だが、違うのです」
えー!違うの~?さっきの撤回~!
「では、真犯人を明かす前に今回の連続殺人事件を振り返ってみましょう。お時間はとりません。ほんの五分ばかり」
誰、誰、誰~!

ウッシッシ
便利な世の中になったよなぁ。
こうやって共有ファイルをダウンロードして解凍して結合したらエロ動画一本タダで見れちゃうんだから。
これで『小悪魔ちゃん』シリーズ、コンプリートだよ。
こんだけ落として、いったいいつ観るんだよ!なんつってひとりツッコミ~。
やっぱそこはそれ。集めることに意義があるっつーか、『そこに動画があるからさ』っつーか。
でもけっこう時間かかんだよなぁ、ダウンロード。あと五分かぁ。えっとティッシュ準備OK!ああ、もどかし~!

岩場を回って数歩。テレコムが鳴った。
「今、山頂に向かうところだ。もう目の前。あと三分ほど」
地上からの電話の声は悲痛だった。
「実は、惑星メランコリアが地球と衝突するらしい」
「続いてたのか、その話。で、いつ?」
「えっと・・・今」
「三分待ってもらえないか?」

次の瞬間、地球上のありとあらゆる存在が粉々に粉砕され、轟音と共に舞い上がって跡形もなく消滅した。

 

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焼肉三昧

2012年08月29日 | 366日ショートショート

8月29日『焼肉の日』のショートショート



夏休み、実家に帰ってもなんだっつうんで、友だち四人でバイトやりまくって。
週末のバイト帰り、お疲れさんってことでみんなで焼肉行こうって話になって。
決まった途端、頭ん中でジュウジュウ音がしてきてヨダレをゴックン。
先輩に案内されるまま、駅裏のこじんまりした店入って。
そしたら先輩、入ったあとで、
「ここ、ここ。一度食ってみたかったんだよなぁ」つって。
店入ったら冷房が効いてて焼肉のいいニオイしてて、ボクら以外客いなくって。
「いらっしゃいませえ」
つってドスのきいた声がしてレスラーみたいな大男が出てきて。
耳にもピアス並んでたけど、鼻の真ん中にもピアス光ってても~牛そっくりで。
「学生さんたち四人?こっちどうぞ」
言われるまま座敷座って。
「腹減ってる?二五で食べ放題にするかい?」
っつんで四人顔見合わせて、じゃそれをっつうことになって。
そしたら、まあ出てくるわ出てくるわ。
カルビ!ロース!ハラミ!タン!ハツ!レバー!ミノ!ホルモン!
銀の大皿から落っこちそうなくらい山盛り出てきてテンションMA~X。
アッツアツのお肉で白御飯をくるんで頬ばったら、口の中で弾ける旨さ!
アッちゅう間に一皿たいらげて。
「大将、もう一皿!」
つってオーダーしてから先輩いなくなってんのに気がついて。
「先輩は?」
「さっきトイレ行ってたぞ」
三人でまた大皿完食して。次オーダーして。
で、食い終わったら二人になってて。
「モリッチは?」
「モリッチもトイレ」
で、次の大皿食い終わったら、中村もトイレに行くって席を立って。
ひとり待ってたら、次の大皿が出てきて。
厨房奥にあるっつうトイレと、山盛りのお肉を交互に見くらべて。
いくら待っても三人とも戻らなくて。
冷房がやたら寒々してきて。
食欲が失せて、なんか吐き気までしてきて。
だからっつってトイレに行く勇気もなくって。
「た、大将。御勘定」
つって四人分払って。
お店を出たら、三人が待ってて。
「あ、払ってくれたんだ。ごちそうさま~!」 

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ヴァイヲリン

2012年08月28日 | 366日ショートショート

8月28日『バイオリンの日』のショートショート



研究室奥、侵入制限エリア。博士が暗証番号ボタンを押すと金属ドアが開いた。
「覚悟はできているね。入りたまえ」
ヴァイヲリンを手にした正装の一郎がうなずく。
そこは、壁のみならず天井も床も緩衝材で覆われた隔離室だった。中央には円柱形の檻。中に麻衣子がいた。
「麻衣子・・・」
だが一郎以外の誰が、あの美貌の天才ヴァイヲリニストであることに気がつくであろう。
硬化した紫の皮膚。憎悪に鈍く光る白眼。耳元まで裂けた口に並ぶ牙。連なり落ちる涎。
一郎が近寄ると、獣の唸りとともに檻に体当たりを繰り返し威嚇した。
どうしてこんなことに。
数年前から世界中でゾンビ・アポカリプスが続発した。当初、新種LSDが原因とされたが、ゾンビ化は薬物使用者だけでは済まなかった。温厚な常識人が、ある日豹変して通行人を襲った。原因解明が進まぬまま、なんと愛する妻が演奏ツアー中に発症してしまうとは。
カチャリ。
振り向くと、博士の手には拳銃が握られ、安全装置を外したところだった。その銃を一郎に差し出す。
「症状は日に日に悪化している。一郎君、君が決めるんだ」
博士の言うとおりだ。怪物と化した妻に銃口を向ける。
「麻衣子、許してくれ」
汗が滴り、拳銃を握る手が震えた。
ダメだ。撃てない。
「博士、チャンスをください。ヴァイヲリンを弾かせてください」
博士が無言で拳銃を預かった。一郎が檻の前でヴァイヲリンを肩に支え、音を奏でた。
「おお!」
博士の驚嘆の声。見よ、野獣がピタリと静止、弦の音色に耳を傾けているではないか。
皮膚は赤味を帯びて生気を取り戻し、唇が収縮して薔薇色に変わった。
「奇跡だ、奇跡だよ、一郎君!」
白眼に瞳孔が戻り、麻衣子が微笑んだ。
「・・・一郎・・・さん」
「麻衣子!!」
麻衣子が心から愛した名器の天上の響きが人間の心を呼び覚ましたのだ。
ありがとう、ストラディヴァリウス。
一郎の頬を熱いものが滴り落ちる。博士もまた感動の涙を隠せなかった。
「麻衣子、君のヴァイヲリンだよ。弾いてみるかい」
「・・・ええ」
麻衣子はヴァイヲリンをそっと受け取り、胸に抱いた。
「ああ、なんて素敵なのかしら、このストラディ、バリバリバリバリッ
 

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よみがえる寅さん

2012年08月27日 | 366日ショートショート

8月27日『男はつらいよの日』のショートショート



「ああ、いい女だなあ、と思う。その次には、話がしたいなあ、と思う。ね。その次には、もうちょっと長くそばにいたいなあ、と思う。そのうちこう、なんか気分が柔らかくなってさ、ああもうこの人を幸せにしたいなあと思う。もうこの人のためだったら命なんかいらない、俺死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい」
松竹、奥の院に秘密裡に作られた特別試写室。社のお歴々は、困惑の表情でスクリーンを見つめていた。
「ちょっと停めてくれたまえ」
重役のひと声に、さくらと寅さんの掛け合いが一時停止する。
スクリーン袖で涼しい顔をしている山田洋次監督に、ひとりの重役が問いただした。
「これが社の命運を左右する企画とやらかね?この『男はつらいよ』シリーズの名場面ダイジェストが?渥美さんが亡くなった時、シリーズを封印したのは監督ご自身でしょう?」
すると監督が尋ね返した。
「では、まだ違いにお気づきにならないと?」
違い?
あらためて一時停止した画面を確かめる。
最新技術でデジタルリマスターされた映像は鮮明だ。だが、まぎれもなくシリーズが始まった当初の初々しい『とらや』の面々。
「まさか寅さんを『スターウォーズ』のように3Dにするとか?」
さすがに監督、吹き出してしまった。
いや!
驚くなかれ、一時停止していた寅さんたちが肩を震わせて笑いを必死にこらえているじゃないか!
そして思わず吹き出す、寅さん、さくら。
「お偉いさんがた、宇宙じゃテキ屋はできねぇぞ」
寅さんがしゃべった!スクリーンの向こうから!
監督が寅さんを制する。
「まあまあ抑えて抑えて。皆さん、おわかりですかな?今、話している寅さんは、バーチャル世界の渥美さん演ずるところの寅さんなのです」
試写室がどよめきに包まれた。
「監督、バーチャルのレギュラー陣で新作を作り続けることが可能だと?」
監督がスクリーンの渥美清に目を向ける。
「やるよ。やるけどさ、毎回とびっきりのマドンナ、頼んだよ」
寅さんの新作ができる!永遠に!これで社は安泰だ。
諸手をあげて喜ぶ中、ひとりが質問した。
「だが監督。さすがに永遠に脚本・監督は無理でしょう?」
すると、スクリーンの寅さんがカラカラ笑った。腹巻からリモコンを取り出すと監督に向けて「ピ」。
監督が一瞬にして消える。
なるほど。バーチャル映画を作る、バーチャル監督か。こいつはいけるかもしれない。 

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怪獣がいっぱい

2012年08月26日 | 366日ショートショート

8月26日『レインボーブリッジの日』のショートショート



子どもたちが夏休みになって間もない、うだるような午後。
東京湾上空に、ゆらゆら陽炎のように黒い影が浮かんだ。
目を細めて見あげる人々。
やがて影は、巨大円盤と化していく。
「う、宇宙人の侵略だっ」
そのとき。
円盤が虹色の光を海面に向けて照射した。すると、光の中から大怪獣二匹が出現したのだ。
「両生類怪獣イモラと害虫怪獣ゴキラだっ」
ああ、怪獣たちが海をかき分け、レインボーブリッジへと迫っていく。
イモラが鞭のようにしなる尻尾を、橋に向かってふりあげる!
負けじとゴキラが長い触角をふりあげる!
人々の落胆のどよめき。
一瞬にして、美しい吊り橋は寸断されて、無残にも崩れ落ちたかに見えた。
しかし!
尻尾と触角は、橋を砕く寸前、ピタリ空中で静止したのである。
怪獣二匹が円盤を見上げた姿勢のまま、一時停止したのだ。
ひと呼吸おいて、円盤が閃光を発した。
その光を確認して、二大怪獣は橋をそのままに退いていく。
よかった。レインボーブリッジは無事だ。
ところがどうだ!
円盤が再び虹色の怪光線を発し、また二匹の大怪獣が。
「嗜虐怪獣サドラと被虐怪獣マゾラだっ」
ああ今度はサドラとマゾラがレインボーブリッジを挟んで、SMプレイを!
しかし!
橋を破壊する寸前でまた動きを止め、円盤がまた閃光を発したのである。
そして、この二匹も退いてイモラとゴキラに合流した。
続いて出てくるわ、出てくるわ。
パメラとプリシラ、クララにアキラ、イクラとオカラ、ヅラにオナラでしょ、ナマラにミダラ・・・
いよいよ最後、橋を囲んで全員が並んで円盤を見上げる。円盤が数回光る。
いや~、ご苦労さん、ご苦労さん。
そんな感じで、大怪獣たちはぞろぞろと次の目的地、東京スカイツリーをめざした。 

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ねがいごと

2012年08月25日 | 366日ショートショート

8月25日『即席ラーメンの日』のショートショート

今日はカレーにするかな?
食品棚を覗いて物色する。SIOもいいし、ミルクシーフードも捨てがたい。やっぱり今日はノーマルにしとこう。
何段にも積み重なったカップヌードルから、ノーマルを引っこ抜いた。
わびしいなぁ。深夜警備のバイトで食いつないでいる、安アパートでひとり暮らし。当然、車もバイクも彼女もない。
コレ、食って寝るか。ああ、なんかいいことないかなぁ。
フタをめくってお湯を注ぐと、湯気がモワ~ン。
目の前に突然、ひょろりとした中年男が現れた。
往年の俳優、三谷昇が安っぽいシンドバットのコスプレをしたような、そんな感じ。
「毎度ぉ!わしは魔神じゃよ~。カップヌードルの魔神じゃよ~」
かなり胡散臭い。
「早速じゃがね~キミのお願い、かなえてあげるよ。だってわし、魔神じゃもん」
願いを?
「ランプの精は三つかなえてくれるけど、残念、わしは一つだけじゃよ。カップヌードルじゃもん、一回こっきりじゃ」
「ひとつだけ?」
「しかも願いごとを決めるのは3分以内、カップヌードルじゃも~ん」
3分以内か。何にしよう?
「ちなみに、魔神と会って願いごとをした記憶は、全部消えてしまうことになっとる。あ、説明しているうちに残り、2分半じゃ」
願いごとか。車もバイクもほしいし、彼女もほしい。
原付か軽がほしかったけど、どうせなら普通車、ハイブリッドカー、いや高級外車だって!
いや、やっぱりここは彼女か?
フツーの女の子とつきあえたら御の字だったが、こうなったら綾瀬はるかちゃんがいい!はるかちゃんとブチュ~!
いやいや、この安アパートとおさらばしては?
高級分譲マンションを手に入れては?いや、この際、高気密高断熱の一戸建てをゲットしては?夢のマイホーム!
う~ん、安定した職を手に入れるのが先決かなぁ?
健康とか長生きとか、そういうも大切だよなぁ。
ああ、困った!
「残り、30秒・・・25秒・・・20秒」
将棋対戦の制限時間を読み上げるみたいに、魔神が冷たくカウントダウンする。
ああ、決められない!
「10秒・・・5、4・・・」
時間がない!ボクは願いごとを叫んだ。
「魔神よ、明日カップから出てこい!」
魔神が大きなため息をついた。
「またやっちゃいました?ソレ。おたく、昨日もやったんですよ。一昨日も、その前も、そのまた前も」
え?
「来る日も来る日も、明日こそ何とかしようと思ってるんじゃ、アンタ、何にもできないよ。じゃ、また明日」
「また明日」
思わず、そう返事をしたが、アレ?誰と話してたんだっけ?さっぱり記憶がない。3分間、ボ~ッとラーメンができるのを待ってたんだっけな。
ま、いっか。とりあえず、ラーメン食って寝よう。
また明日、また明日。

 

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ブロフェルドの置き土産

2012年08月24日 | 366日ショートショート

8月24日『大噴火の日』のショートショート

「覚悟はいいかね、ボンド君」
詰襟ネールジャケットの禿頭の男が、ペルシャ猫撫で撫で囁いた。
この男こそ、世界犯罪組織スペクターを牛耳るエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドである。
米ソの宇宙船が消える事件が頻発、第三次世界大戦の危機迫る中、黒幕がスペクターであることを突き止め、ここに潜入した。
日本の某火山内部が敵の秘密ロケット基地であり、エメラルドグリーンのカルデラ湖も実は発射口の偽装遮蔽板だったとは。
宇宙飛行士に成り済ましロケットに乗り込もうとしたが、ブロフェルドに見破られ連行された。
「貴様の思うようにはいかんぞ、ブロフェルド」
ブロフェルドが耳障りな声で低く笑う。
「人生は二度しかないのだよ。生れた時と、死に直面した時と。さらばだ」
右手を掲げピクリと動かすと、部下2名がボンドの心臓に銃口を向け引き金を絞った。
目を閉じた瞬間、数発の銃声。
部下たちがバタバタと倒れる。
目を開くと、青ざめたブロフェルドが転がるように走り去るところだった。
「ヌハハハ、ボンドさん、間に合ったようだな」
日本情報部長官タンバー田中が豪快に笑う。愛用のジャイロジェット銃から硝煙が立ち上っていた。
火山口からロープを垂らし、忍者部隊がわらわらと降りてくる。キッシー浜美枝が救援を呼んでくれたのだ。
タンバー田中からワルサーPPKを受け取り、ボンドは敵味方の銃撃戦の中、ブロフェルドを追った。
しかしブロフェルドは一人乗り地下モノレールに乗り込み、間一髪、銃弾は防弾ガラスに虚しく弾かれた。
「アディオ~ス」
ブロフェルドがお尻をペンペン、地下洞窟に消えて行った。
畜生!シリーズ第5作でブロフェルド抹殺、スペクター壊滅、シリーズ終了、演技派をめざしていたのに。
やっつけ仕事で操作パネルのスイッチを押して、敵ロケットを宇宙空間で粉砕した。
そのとき、秘密基地全体にブロフェルドの例の不気味な笑い声がこだました。
「よくも計画をおじゃんにしてくれたね。秘密基地にはもう用はない。自爆装置スイッチオン!」
タンバー田中が叫ぶ。
「爆発するぞ!各々方、ずらかれ~!」
ボンドはキッシー浜美枝とともに地上へ脱出、海へと飛びこんだ。
救援ボートに這い上がり抱き合う二人を浮上した潜水艦が救助、めでたし、めでたし。
・・・おや?待てど暮らせど火山基地が爆発しない。大作のクライマックスは派手な爆発シーンがないと。
だめじゃん、ブロフェルド!
それから四十数年の時を経て、2011年1月、新燃岳が大噴火した。
轟く空振、降り注ぐ火山灰。観光名所だったエメラルドグリーンの新燃湖は消滅。いやはや、すごいのなんの。
その時、すでにボンドは役者を引退、タンバー田中は大霊界へ。
だめじゃん、ブロフェルド!

 

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不幸の匙加減

2012年08月23日 | 366日ショートショート

8月23日『奴隷貿易廃止国際デー』のショートショート



刺激臭が脳天を直撃する。糞尿と吐瀉物と汗が混じり合い腐っている。
熱い。この地獄がいつまで続くのだろう。
三ヶ月前、髪を剃られ、手枷足枷で繋がれて船艙に折り重ねられ押し込められた。わずかな食事、劣悪な衛生状態、仲間たちが次々とマラリアや赤痢に冒され息絶えた。死体、そして重病人は容赦なく海に投げ込まれた。奴隷船の周囲を夥しい鮫が餌を求めて喜々と泳ぎ回る。白人どもは僕たちを商品としてしか見ていないのだ。不良品を海に廃棄することに良心の呵責など微塵もない。
でっぷりと肥えた船長が僕たちを睨めつける。ひょろりと背の高い主席士官がヒョイヒョイ僕の仲間を指さしていく。
「そいつと・・・こいつと・・・」
指さされた者は船員に引きずり出された。ついに白人どもは健康な奴隷さえ廃棄し始めたのだ。悪天候で航海が長引き、真水が不足しそうだという理由で。
熱い。苦しい。
たとえ生き延びて新大陸の土を踏んだとしても、その先は、奴隷市場、過酷な強制労働・・・ああ、何のために生きてきたのだ?
『神様!お願いです。こんな最低の人生なんかごめんだ。どんな人生でもいい、別の人生を!!』
・・・
僕の心からの願いに、神様が応えてくれた。
『秋葉原~、秋葉原~』
すし詰めの車内から吐き出された。ホームの生ぬるい空気さえ愛おしく、深呼吸した。
助かった!
電車を乗り換え、団地へ、マイホームへと帰った。
妻がいた。息子がいた。
僕はベランダに出て、缶ビールを開けた。
目の前に隣の棟が見える。明かりのひとつひとつに家族の人影が見えた。ひとつひとつの幸せが見えた。
ビールをグビグビ煽っているうちに泣けてきた。
思い出した・・・
今朝、僕は神様に心から願ったのだ。満員電車の中で。
『望んでいたのとは違う職場と、望んでいたのとは違う妻や子供が暮らす家とを、満員電車で往復する繰り返し・・・そんな拷問に飽き飽きした!こんな最低の人生なんてごめんだ。神様、別の人生を!』
そして、電車は奴隷船の船艙になった。
・・・
僕がバカだった!何もかもすべて僕が望んだことなのだ!この平凡な生活こそがかけがえないのだ!
神様、感謝します。
僕は僕自身の今をやっと愛することができました。職場も家庭もすべての今を受け入れることができます!
リビングを振り返って、妻と息子に微笑みかけた。
でっぷりと肥えた妻が睨んだ。ひょろりと背の高い息子が僕を指さした。強烈な臭気が脳天を襲った。
「・・・それから、おまえ」 

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チンチン電車

2012年08月22日 | 366日ショートショート

8月22日『チンチン電車の日』のショートショート

気がつくと、そこは闇。
窓の外に目を凝らせば、微かに星砂の煌きが見えた。
ここは、宇宙だ。
そして、これはチンチン電車だ。
無限の宇宙空間に漂うチンチン電車の中、乗客はボクひとりきり。
運転席を見ると、運転手の大きな背中があった。
半透明の図体越しに、操縦席が透けて見える。
クラゲの運転手なんて初めてだ。
そうか、これは夢なんだ。
こんなの、夢でしかありえない。
夢だと思うと、妙な安心感があった。思考を放棄できる快感と言うか。
運転手が振り向いた。たぶん。
「夢やあらへんぞ」
クラゲが小刻みに身を震わせて笑った。たぶん。
「これはな、メタファーや。宇宙はよりどころのない孤独や」
はい?
「軌道の無い電車は、行き先を見失ったあんさんやないか」
なんなんだ、一体。
「そしてクラゲは、存在の揺らぎと先の見えない絶望感や」
これって夢占い?夢の中で夢占いされてんの?クラゲに?
「占いなら占いでかまへん。けどな、アナロジーは時として認識へのワームホールやぞ」
そしてクラゲが前を向いた。たぶん。

タワレコでR.E.M.の新作CDを購入、カサカサした黄色の袋を抱え電車に乗った。
ボクに続いて白人の青年が電車に乗り込む。
洗い晒しのジーンズ、バックパックのラフな旅行者風。
白い歯を見せてボクに微笑む。ブラウンの長髪と髭がキラキラしている。
「pardon?」
お、今、パードゥンって言ったよな。「失礼ですが」だっけ?
英語、通じるかもよ。ここはひとつ勇気を出して。
「オーケー、オーケー、ウェルカ~ム」
すると青年がペラペラ喋りはじめた。たぶん英語で。ひたすら流暢に、ひたすら早く。
脂汗と薄笑いを浮かべて、車内を見渡す。乗客が一斉に視線を逸らす。
青年がまくしたてる。その声がフェードアウトしていく。全身のバランスを失う。
視界にシャッターブラインドが下りる。
そして、闇。

 

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血液型性格判断疑似科学論議

2012年08月21日 | 366日ショートショート

8月21日『献血記念日』のショートショート



「おい、上がるぞ。いつ来てもお前の部屋はクソきれいだな。漫画本も全巻順番に本棚に並べて・・・典型的なA型だよな。俺の部屋なんてグチャグチャで足の踏み場もないぞ。だってB型だからな」
「あのな、その血液型で性格づけするの、やめないか?」
「やめないかって・・・血液型で性格は決まってるのは、決まってることだろ?A型は、几帳面でコツコツ頑張り屋さん。B型は、凝り性で明るい。O型はおおらかで親分肌。AB型は合理主義で目立たないタイプ。そう決まってるんだ」
「だから、その性格判断は、干支とか星座とかを信じると同じ程度のことさ。単なる占いや思い込み」
「でも、血液だぞ。ABO式の血液の性質の違いだから医学的根拠があるじゃないか。血液型で性格が違うと思っている人のパーセントを調査してみろよ。凄い確率で信じている人ばかりさ」
「そこが間違いなんだな。そもそもABO式の分類なんて赤血球の抗原の分類にすぎない。他にもRh式、HLA式など分類は300種類もあるんだ。それに、たくさんの人が信じていれば真実か?否、それは大変な誤解なんだ。たとえば、『ミュラー・リヤー錯視』というのを知ってるか?」
「いいや、何だそれ?」
「同じ長さの線分が二つある。一方の線分は両端が矢印型に閉じている。もう一方は、両端がY字型に開いている。すると、誰もが開いた線分の方が長く見えてしまう」
「ああ、その錯覚の図なら見たことがある。絶対長さが違って見えるよな」
「だろ?だから全員が信じていても真実じゃないこともあるんだ」
「ふむ。何か騙されている気もするけど・・・じゃ、血液型性格分類について、科学的に統計をとったデータはないのか?」
「アンケートのような調査はあるけれど、血液型について思い込みを持っている人を対象にアンケートをいくらとっても信頼できる調査結果が出るはずがない。ランダムサンプリング調査が大々的におこなわれたが、結果、血液型と性格との間の相関関係は認められなかった。今では、医学や心理学の世界では血液型性格判断は否定されている」
「へ~、でも、テレビ番組で特集されることあるし、『ナントカ型自分の説明書』なんて本が売れているし・・・」
「ああ、でも血液型を扱ったテレビ番組は視聴率がとれるから以前あったけど、放送倫理協会の勧告でめっきり少なくなってきている。説明書の本なんて、星占いの本とかと変わらないスタンスで読むべきなんだ。血液型性格判断は社会心理学の問題なんだ」
「社会心理学?」
「そう。血液型性格判断の危険な考え方のひとつだよ。偏見や差別を生む考え方だ。血が人を決める・・・遺伝決定論さ。B型の人は凝り性と決めつけるのと、黒人は低能と決めつけるのと大差ない発想なんだ」
「そんなこと、考え過ぎじゃないか?」
「いいや。日本人は事実を認識しないと。血液型性格判断なんて世界中の人が信じているはずがない。だって民族によっては殆ど同じ血液型ということさえあるんだから。血液型性格判断を信じ込んでいるのは日本・韓国・中国など東アジアの人々なんだ。他の地域の人はこんな分類を面白がらない」
「なるほど」
「血液型性格判断は、あの人と気が合わないのは血液型のせいだ、とか言って結論づけしたい人の生み出したロジックに過ぎないってことさ。疑似科学のカラクリがわかったかい?」
「あ、ああ・・・何となく・・・でも、お前、よくそんなに調べたな。ネットとかから?」
「ネットで『血液型性格分類』とか検索すれば、すぐにわかるさ。そのサイトに載っていた文献も図書館で読んでみた」

「さすが、お前、コツコツ調べて几帳面だな。典型的なA型だ」

「お前、俺の話、全然わかってないじゃないか。人の話を話半分に聞きやがって・・・これだからB型は・・・」 

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モスキート・パニック!

2012年08月20日 | 366日ショートショート

8月20日『蚊の日』のショートショート

コンニチハ
コンニチハ
可奈子サン、大場可奈子サン

蚊の鳴くようなか細い声が聞こえた気がして、日記帳の上を見ると本当に蚊が私を見ていた。

驚カレルノモ無理アリマセン。僕、喋ルコトガデキル蚊ナンデスヨ
喋ることができる蚊ですってぇ?
私は興奮した!
TVジョッキー日曜大行進の奇人変人コーナーに出演、白いギター、ゲットだわ!

残念ナガラ僕ノ声ハやんぐニシカ聞コエナインデスヨ~
あ、知ってる!モスキート音ってヤツだわ。17キロヘルツ以上の超高周波音で、若者にしか聞こえない・・・これじゃ大人は信用してくれないわ。

ソコデスヨ、ソコ。来週ノ期末てすと、僕達ガ勉強シテ、てすと中、耳元デ答エヲ囁イテアゲマショウ
え~!それってカンニングじゃないの?

大丈夫。ドコノ学校ノ校則ニモ、蚊ニ答エヲ教エテモラッテハイケナイト書イテアリマセンカラ
そりゃそうね。日記の白いページの上に次々と蚊が止まっていく。みんな、ありがとう!私のために!
蚊の大群が一列に並んで、数字の1になった。そう、学年1番も夢じゃないわ!

蚊の秘密基地。

ドウダ?首尾ハ?

上々デス、モス提督。娘ハ勉強ヲシテイルフリシテ、我ラ同志ガヒタスラ知識ヲ吸収シテオリマス。

第2次世界大戦後、我々ヲ駆除スル対策ガ次々開発サレタ。ソレガ我々ノ耐性ヲ強化スルトトモニ、知的進化ヲモ促シタノダ。地球征服ノ日ハ近イゾ。心シテカカレ!

ハッ!

期末テスト終了後、高校職員室。
「大場さんったら、どうしたのかしら。英語、0点ですよ。勉強しなかったのかしら」
「え~、国語も17点ですよ。どうしたんだろう?大場可奈子はここまで大馬鹿な子じゃなかったのに」
「テスト中に大場のへん、蚊が飛んでたんで『キンチョー3倍長持ちジェット』を噴射したんですよ。その途端、泣き出しちゃって・・・そりゃもう身も世もなく」
「ハハハ、成績悪くてもこの世の終わりって訳じゃなし」

 

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改造人間の憂鬱

2012年08月19日 | 366日ショートショート

8月19日『バイクの日』のショートショート



ブォン!
サイクロン号を吹かしたその時、警察官2名が目の前に現れて、道路脇の空き地に誘導した。
「あ、ご苦労さまです。お忙しいところすみません。こちらご覧ください」
ヘッドフォンをつけた警察官がスピード測定器から打ち出されたレシートみたいな紙を見せる。
「かなり急いでおられたようですねぇ。このスピードで走っていたの、あなただと認めますか?」
「ええ。怪人を追跡中です。先を急ぎますので、これで」
「急いじゃダメですって。バイクを降りて。免許証を見せてください」
「君たち、僕はジョッカーの怪人ホッケ男を追いかけていたのだよ。奴だって僕以上にスピードを出していたはずだ」
「ホッケ男?あの魚の開きみたいなの?あれは人間じゃないから。人間じゃないと検挙できないから」
僕は渋々バイクを降りた。ライダースーツのジッパーを開けて、免許証を取り出す。
「本郷さんね、こんなフルフェイスじゃ危ないよ。目なんか複眼になってるじゃないの。また事故して複雑骨折しちゃうって」
「気をつけます。気をつけますから早く処理してください。ホッケ男の『人類ヒラキ計画』を阻止しなくては」
「それテロかなんかなの?一般人がそういう情報を得たら、通報してもらわないと。ハイ、印鑑の代わりにここに指を押して」
僕は言われるままに、ライダーグローブを外して指紋を押した。
スピード違反で捕まったことは残念だ。しかし、怪人ではなく人間として扱われたことが誇らしかった。人間バンザイ。
「これ、赤切符ね」
「赤切符?」
「一般道で40キロオーバーはね、重度の交通違反なのよ。罰金6万円、一発免停。免許証は預からせてもらうから」
「6万円?免停?」
「とりあえずこの赤切符が免許の代わりで法定速度内なら運転できることになるんだけど。でも、その改造バイクじゃまずいなぁ。本郷さん、歩いて帰って」
僕の頭の中でプチッと何かが切れた。
「俺は人間じゃねぇ!怪人バッタ男だぁ! 

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ある縮図

2012年08月18日 | 366日ショートショート

8月18日『高校野球の日』のショートショート

オジサンはサウナが好きだ。
しこたまサウナで汗を流し、冷水に浸かる。これを数回繰り返すと汗と疲れがすっかり抜けて、肌はサラサラ、実に爽快だ。
そんなわけで、今日もサウナの扉を開くと先客が三名ほど。
そこに、さらに六名ばかりが入ってきて、サウナ室内の密度が一気に上がった。
入ってきた中で、二人は異質だった。若く、立派な体躯のスポーツマン男子二名である。
おどおどしながら出入り口近くの隅、下段に並んで座った。
ボクたちサウナ初めてです、と顔に書いてある。
「おい、兄ちゃんたち、こっち座れ」と、先客のひとりが、奥の高い段を譲った。
「あ、ハイ。ありがとうございますっ」ふたりが移動する。
贅肉などない、引き締まった体。日焼けした肌はミルクチョコみたいにきめ細かい。
オジサンのくたびれた体とは明らかに違う。トドの群れに迷い込んだアシカ二頭。
「兄ちゃんたち、ええ体しよるの」
「スポーツしよるんか?」
次々と質問され、丁寧に答える。
『高校野球』という言葉が出た途端、色めき立った。
地元では名の知れた強豪校、しかも予選で活躍中、その投手と捕手なのだ。
さんざんふたりを励まして、茹であがった先客三名がサウナを出る。
すると早速、後から入ったオヤジたちの餌食になる。
「兄ちゃんたち、サウナ初めてか?」
快活に答える球児たちの白い歯がまぶしい。
サウナの入り方講座が始まった。
終盤になって、別のオヤジが口を挟んだ。
「高校生がサウナ入って体にええんか?」
その一言で、空気が一変した。
高校野球選手がサウナ風呂に入るのは是か否か、大論争が始まったのだ。
球児ふたり、場にいたたまれず、どんどん小さくなっていく。
オジサンたちの結論は、『若者の新陳代謝とオヤジのそれとは違う、よって球児はサウナをやめるべき』であった。
「悪いこと言わん。お兄ちゃんたち、やめとき」
その言葉に、球児は押し合いへし合いサウナを出てそのまま脱衣所に向かった。
室内には、選手たちに最良のアドバイスをした満足感が充満していた。

オジサンたちは高校野球が好きだ。
地元選手が活躍すると、『育ての親』がウジャウジャ現れる。
影響力のある『育ての親』連中に、選手は翻弄される。
そんな縮図をここで見た気がした。

 

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パインアイス

2012年08月17日 | 366日ショートショート

8月17日『パイナップルの日』のショートショート



気がつくと彼女、パインアイスになってたんです。
そうなの。あなたのことが好きで好きでしかたないから。あたしを食べて。
もちろん、イヤだと言いました。
いくらパインアイスになったからって、食べちゃうなんて。
そしたら、彼女、シクシク泣き出したんです。
すぐに溶けてしまうから。ベタベタになって消えてしまうから。だからあなたに食べてほしいの。
このまま、溶けてなくなってしまう?なら、食べてあげたほうが。
そうよ。あなたが食べれば、あなたの中で生きられるから。お願い、早く。
わかったよ。それが君のためなら。
彼女をほおばると、甘酸っぱい味が口いっぱい広がりました。
氷の繊維にシャクシャク歯を立てると、冷たさがジインと沁みました。
ああ、もっと。食べて、食べて。
うん。とっても美味しいよ。君みたいに美味しい人は初めてだ。
あまりの冷たさに口の中がマヒしてしまいます。
それでもむさぼり続けました。
彼女のすべてを口に収めたころには、正直、頭の芯まで痛くなりました。
これでよかったの。
と小さく囁いて、彼女の最後の欠片が溶けてなくなりました。
どうして彼女、パインアイスになっちゃったんだろう?
その理由は、ずっとわかりませんでした。
でもやっとボクにも好きで好きでたまらない人ができました。
そしたら、ほら、ボクもパインアイスになっちゃったんです。
だから、ボクを食べてください。溶けてしまわないうちに。
お願いだから。 

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