366日ショートショートの旅

毎日の記念日ショートショート集です。

どうするとらびし

2012年06月04日 | 366日ショートショート

6月4日『虫の日』のショートショート



今さら言うまでもなく、私、虎犇という人間は、良識ある知識人であり、偏見のない博愛主義者である。世界の諸民族・宗教・文化への寛容を持ち合わせる人間である。その範疇に食文化もまた含まれるわけである。

例えば、昆虫食。
昆虫は完全食品である。良質の蛋白質、豊かなビタミン、ミネラル。神経系はグルタミン酸に富むので旨味成分が濃厚である。頭の先から尻尾の先まで丸ごと摂取できる極めて栄養価の高い食品なのである。
昆虫は未来への希望である。人口増加、食料難の避けられない未来において、少ない餌で短期間に大量に生育する昆虫は動物性蛋白質を摂取する、最も効率のよい手段なのだ。
我が国においても、蝗、蜂の子、蚕などが食されてきた。世界各地に昆虫食文化は存在するのである。
にもかかわらず、何故我が国では近年、虫をこれほどまでに嫌うのか?異常な清潔マニアの社会の生み出した偏見に他ならない。昆虫を不潔な、沢山の足で蠢く気色悪い存在とするイメージが社会の中で作られてしまった訳である。私が昆虫を食するということは、ひいては、この社会問題を個人レベルで克服することに他ならない。

さて、目の前の御馳走である。
セミのチリソース。
セミの幼虫は樹液を吸って育つのでことのほか美味らしい。カリッとした殻の中にプリプリの身がつまっているので、エビとよく似た味である。揚げた幼虫にチリソースがからまり、湯気を立てている。
トノサマバッタの掻き揚げ天麩羅。
トノサマバッタは揚げると見事な赤色に染まり、小エビの唐揚げと見紛う程である。目をつぶって食べれば、海老の掻き揚げと変わらぬサクサクとした食感と香ばしい味わいが楽しめるであろう。
カイコと野菜のミネストローネ
玉葱、人参、キャベツに混じってプカプカ浮いているのは、カイコの幼虫たちである。韓国では蛹を食べるそうだし、オーストラリアでは蛾の幼虫を蒸し焼きにして食べるらしい。芋虫類は濃厚でクリーミーで美味いと聞く。
ムカデとスズメバチのちらし寿司
ぶつ切りのムカデは甘辛く煮込んであるようだ。スズメバチの幼虫はさっと湯通ししてあるらしい。虫の具がたっぷりと酢飯にまぶされている。彩りに添えられたジョロウグモが虎柄でカラフルである。

先日、同僚の女性から呼び出された。彼女によると、別の部署の、ある女性が私に好意を寄せており、ぜひ一度会いたいらしい。据え膳食わぬは何とやら・・・早速会ってみると清楚な美女である。何度か会ううち、全くスレていないネンネであることがわかった。フフフ、手取り足取り教えてあげるよ。
「虎犇さん、食べ物の好き嫌いあるんですか?」
「ありません。何でも食べますよ」
「まあ、素敵」
「そうだ、君の手料理を食べさせてほしいな。お願い!」
「お口に合うかしら・・・じゃ、今週の土曜日の夜はいかが?」

こうして週末、彼女のアパートに初めて訪れた。今晩なんだかイケそうな気がする!いや、絶対にイケる!!
・・・・・・そして彼女の手料理が目の前に並んだ。
エ?・・・こ、これは虫?
何でも食べます・・・で、虫?
・・・かくして、自分自身に暗示をかけるべく、昆虫食について考察を始めた。
今さら言うまでもなく、私、虎犇という人間は良識ある知識人であり・・・

3日前の昼食の忌まわしい記憶がよみがえる。とんこつラーメンを半分ほど食ったとき、白濁スープの中に小さなチャバネゴキブリを見つけたのだ。
「おい!大将、この店はゴキブリ食わすのかよ!! 」
お代はいりませんと謝る大将をさんざん罵った。
「こんなん食えるかよ!腹こわしたら訴えるぞ!きったね~な!!」

「虎犇さんのためにがんばってお料理したら汗かいちゃった・・・フ~、あっつ~い」
ノースリーブワンピースの肩がずれて、ブラジャーの肩紐がチラリと覗く。
エ、エロい・・・
ここで男らしく虫をムシャムシャたいらげれば、快楽の一夜が待っている。
だが、一度食えば、虫が好きなことになってずっと虫を食うはめになるに違いない。
目の前には肌の上気した、初々しい美女。
美女と私の間には湯気の立つ絶品料理の数々。
虫か?女か?
女か?虫か?
さぁ!さぁ!どうする虎犇!