昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

スピンオフ作品 ~ 名水館女将、光子! ~  (十八)(光子の言い分:三)

2024-08-09 08:00:46 | 物語り

 三水閣、料理旅館、その実態は売春宿でございました。
三本の水の通り、三途の川、そのほかに世俗の水垢を落とす宿という意味もあったそうでございます。
三という数字が使われたのは、そういったこともありましたそうで。
三途の川とは? ということでございますか。
女たちの、恨み節でございましょう。もう戻れぬ、そんな意味が込められていると聞かされましたが。
いえいえ、三水閣の女将さんではありません。わたくしの教育係である仲居頭の里江さんからでございます。

もう三十路をはいられたとお聞きしましたが、とても素晴らしいお方でございます。
もうこの三水閣で、十年近くになられるそうです。
本来ならば三十路を過ぎた仲居はここを去るということなのですが、里江さんだけは特別に認められているそうです。
なんでも、とても大切なお客さまからおことばを頂戴されたということです。
ここを出てどこに、と思われますよね。
先ほど、「もう戻れぬ三途の川」と申しましたもの。
ですが、どうぞお察しくださいませ。これ以上のことは、口が裂けても言えぬことでございますので。

 ではそこでのわたくし、「人のこころを失ってしまったわたくしでございます。まさに、武蔵さまが仰った地獄を見ました」と申し上げたわたくしのことでございます。
好いた殿方に裏切られた、それだけでも女にとっては十分に地獄ではございます。
ですが、まだ入り口に立っただけのことでございました。
先ほど申し上げましたが、料理旅館という体をとってはおりますが、その実態は売春宿に他なりません。
まあ、高級という冠がつくやもしれませんが。

さかのぼりますれば、江戸の世において旅籠には飯盛り女という者がおりましたこと、殆どの方はお聞き及びと存じます。
その通りでございます。ただ、一応、仲居の方にも選択権があるとか。
どうしても気に入らぬ客ならば断っても良いとのこと。
但しその場合には、そのお客さまの一晩のお遊び代を負担せねばならぬ決まりだぞうで。
それがまたとんでもなくお高くて、何人も断り続けると一生を費やしても返せぬような額になりますとか。
ですので、皆が皆、泣く泣くといったことでございます。

 わたくしですか? 当初こそどなたとでも、と受け入れておりました。
正直のところ、三郎さんに見捨てられた折には、もうわたくしは死んでおりましたし。
殿方がお使いになるおことば「やけのやんぱち」そのものでございましたから。
ですが三ヶ月経ちましたでしょうか、堕ちたわたくしに光が差し込んで参りましたのは。

「ちっとも不幸な女に感じられない」。
そうでございますね、正直あの時期のわたくしはわたくしではない、そう思っております。
まったくの別人だと、己に言い聞かせております。ご了解くださいましな。
勘弁ならぬと仰るのでしたら、わたくしは一旦下がらせていただきます。
どうぞお好きなように、ご納得がいかれるように、お話しくださいまし。



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