昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~100万本のバラ~ (二十二)

2023-12-27 08:00:27 | 物語り

 突然に話しはじめたことは栄子には関係のないことだった。
興味もない。それよりもこれからのふたりの関係についての話が、本音の話が聞きたいのだ。
しかし松下はとうとうと話しつづける。
「でですね、その愚痴の中に、大変な玉が隠れているんです。
玉石混合ってやつです。当の本人たちは気付かない、ダイアモンドが混じっているんです…」
 あくびをかみ殺して聞き入る栄子だが、もううんざりといった表情を隠すことが出来なくなった。

それでも松下は話をつづける。
“このひとは自己チューなのね。人のことなんて、まるで気にしないんだわ”。
ホテルの控え室で感じた冷たさが、いままた感じられた。
「ぼくはね、栄子さん。情報の海のなかを泳ぎきって、新大陸を見つけたいんだ。
で、その産物として大金が転がり込むというわけだ。
金が欲しいわけじゃない。成し遂げたいんです。
だからね、そのためには何でもします」

 話を中断させるため「ちょっと…」と、立ち上がった。
すぐさま松下も立ち上がり、通り道を用意した。
そんな紳士めいた態度は栄子の気持ちをくすぐる。
“そうだわ、パトロンよ。どんな話にせよ乗らねば”と、考える栄子だった。
 戻ってきた栄子に「本題に入りましょう。どうです、結婚してくれませんか」と告げた。
意外な申し出だった。パトロン契約であり、愛人契約だと決め込んでいた栄子には信じられない。

「いまさら愛だ恋だもないでしょう。超一流ダンサーとしての地位を、あなたに確立させてあげよう。
会長に聞きました。『金さえかければ、トップに立てる』。ぼくならそれができる。
その代わり、浮気は許さない。いま恋人がいるのなら、別れてもらう。
これが条件だ。ぼくはね、情報入手のために、女を口説くことがある。セックスもする。
でもそれは、あくまで仕事の延長線上のことだ。だから認めてもらう」

 あまりに一方的条件と感じた。お前は浮気をするな、しかし俺はする。
明治の世ならいざしらず、男女平等同権がさけばれる平成の世なのにと憤りをかんじた。
しかし栄子をトップダンサーにしたとして、松下になんの益があるというのか。
トップダンサーを妻にしているという、自己満足だけだ。
疑念がわいてくる栄子だった。
“うかつに話に乗るわけにはいかない”。そんな警戒感が生まれた。

「以前はハワイアンにはまったけれど、フラメンコを知ってからは、もうこっちだよ。
どうだい、あの腰のくねらせようは。ハワイアンは少女で、こいつは妖婦だ。
妖艶な動きは、いやらしささえ感じさせる。けれど、ちっとも下品じゃない。
まさに芸術だね。松下くん、男のステイタスの本質は、女だよ女。
一流の、いや超一流の女を創りあげることだ。分かるかね、この意味が」

 会場で聞かされた会長の持論が、松下の弁を強くする。
「きょうこの場でOKをもらいたいという気持ちです。
でもそれはさすがに酷でしょう。すぐにとは言わない。けれど、ずるずるは困る。
そうだな、イブの夜を二人で過ごしましょう。
この店に、八時までにお出でなさい。来なければ、この話はなしだ。それで宜しいでしょうね」



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