昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

恨みます (二十三)

2022-07-17 08:00:00 | 物語り

 雨の上がった、翌朝。
「堀井くん。どうかな? 上客になってくれそうかな。
なんにしても、じっくりと、ねっちりと、成仏させなさい。
君も早くランクアップしなくちゃ、な」
「はい、頑張ります」
 直立不動で、頭を深々と下げる一樹だった。俯いたままで、ニタニタとにやついてもいた。
“へっ。言われなくても、頑張るよ。おいしい、おいしいものが、待ってるんでね。
ねっ! 奥、さん。”と、ななめまえに陣取る社長夫人の加代をぬすみ見た。
加代もまた、顔を下に落としつつ、上目遣いで一樹を見ていた。
“頑張るのよ、早くランクアップしなさい。
あたしは、テータスのない男は、相手にしないからね”

「沢木専務、よろしく指導頼むよ」
「分かりました、社長」
 知ってか知らずか、上機嫌で一樹と沢木の肩をたたいて、社長室に消えた。
「よくやった。この女をうまく使えば、ランクBに行けるかもしれんぞ」
「はい、ありがとうございます。健二さんのマニュアルのおかげです。
ホント、感謝してます。俺、ずっと、健二さんについて行きますから

 沢木には心酔している、一樹だった。
思えば中学時代に、知り合った健二だった。
そのころの一樹は、どちらかといえば、いじめられっ子だった。
小学校ではわんぱくざかりで、恐いもの知らずの一樹だったが、中学ではそうはいかなかった。
他地区の生徒と折り合いがつかず、小競り合いが絶えなかった。
そしていつの間にか、ひとりになっていた。

 公園で一人泣きくれたことも、一度や二度ではなかった。
トイレそばに立っている樹木の陰で、ひとしきり泣いてはその幹やら根っこを蹴るのが常だった。
反撃してこない相手に対して「くそっ、くそっ」と、思い切り蹴ったりなぐったりを繰り返した。
「いてえんだよ、このくそが!」。
足やら拳をはれ上がらせるだけのことだと分かっていても、何度も繰り返した。

 中二の夏休みに繁華街に初めて足を入れた一樹は、さっそくからまれてしまった。
黒のTシャツにカーキー色のハーフパンツ、そしてブルーのスリッポンのスニーカーを履き、通りの真ん中辺りを歩いた。
どこから見てもお坊ちゃんであり、たむろしている不良グループの格好のターゲットになった。
で、そのトラブルを処理してくれたのが、沢木健二だった。
高校中退で十八歳の沢木だったが、警察にマークされるほどのワルだった。
ゆすり、万引き、そしてお定まりの暴力沙汰。
五人ほどのグループだったが、その喧嘩強さには定評があった。
半グレ集団との付き合いもあり、この界隈で沢木に逆らう者は、ひとりとしていなかった。



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