昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~RE:地獄変~ (二)片手落ちだと

2024-08-14 08:00:09 | 物語り

 しかし片手落ちだと言われても、こちらからお願いしてのことでもなし、勝手に乗りこまれてきたわけですから。
正直いえば迷惑なことでしたし。そして今また話を聞いてくれと言われても、といった思いです。
「思いだしたぞ! あの青びょうたんの足立三郎の、あのときの小娘か。
どうにも見覚えがあるとさっきの婦女子も思ったが、当の本人が現れては間違えようもないわ」

 善三さんが、はたとひざを叩かれました。
「面白い、実におもしろい。わしに食ってかかったおなごなど、おまえさんぐらいのものだった。
よーく覚えているぞ。皆の衆、怖がることはない。
このわしに恨みごとのひとつも言いたくて化けて出てきただけさ。片腹いたいことだわ」

 おびえておられた皆さま方をなだめられます。
さすがに善三大叔父です。この世に怖いものなどない! と豪語されている善三さんです。
さすがに元特高刑事だった善三さん、肝がすわっておられて豪胆そのものです。
みなさん安堵の表情を浮かべられています。

「まあ、しかし。べっぴんさんに化けて出られるとは、大歓迎よ!」
といった本気とも冗談ともとれないことばに、一同どっと大笑いしました。
しかし現れ出た女性への善三さんのなめるような視線は、体調を崩されて本日の法事を欠席されたタキ叔母さんがおられたらと思うと、気が気ではありません。
「善三さま。恨みごとなどと、とんでもありません。
それどころか、善三さまには感謝していますのよ。
わたくしの想い人は、思いのほか軽い刑罰ですみましたし」

 凛とした立ち居姿に、みなさん見とれておりました。
ですが、
「皆さまが気になされていること、娘の妙子の出自でございます。
お察しのとおり、三郎の娘でございます」
と出てきたことばには、一斉に
「それはひどい!」、「旦那さんがかわいそうだわ」と、小夜子さんに非難の声があがりました。
ところが「うそを吐くでない!」と、善三さんが一喝します。

「たわけたことを言うでない! 
ほかの者ならいざ知らず、この坂田善三の目は節穴ではないぞ」
と、つづけられながらギロリと睨みつけます。
まさしく鬼の坂田と称された現役に戻られたかのような、鋭い眼光でした。
大の大人がふるえがった、鋭利な刃物のごとき光がやどっています。

ところが小夜子さんたるや涼しい顔です。なんとも気丈なことです。
「善三さま。そんな大きな声をだされなくとも、わたくし至って耳は大丈夫でございますから。
なにを根拠にそのように申されるのか分かりませんが、妙子が三郎さまの娘であることは間違いございません。
母親であるわたくしが断じます!」



最新の画像もっと見る

コメントを投稿