昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百五十七)

2023-05-30 08:00:36 | 物語り

「お客って、どうせ女でしょ? あたしを呼ばずに接待するということは。で、どういう素性の女なの?」
「温泉組合の理事さんです。とっくりやらさかずきやら陶器のとりひきがありまして、その仲立ちのお礼をかねての、」
「ふん。その理事が怪しいのよね。旅館でしょ、女将だわね。で、どこの温泉なの?」
「東北だと聞いておりますが」
「東北ですって? そんな所にまで女を作ったの? あきれた」
「いえ、ほんとうに取り引きがありまして。現にこのあいだも、」
「いいのねいいのよ。武蔵が遊びだけで行くわけないもの。
出張のついでの遊びなのか、遊ばんがための出張なのか、一体どっちでしょうねえ」
 竹田のことばをさえぎっては、小夜子がたたみかけてくる。
小夜子の勘――女の勘はするどい。もう竹田のごまかしはまったく効かない。

「小夜子奥さま、それはちょっと。社長は、ほんとうに仕事熱心です。
誤解なさっています、小夜子奥さまは。よほどに遅くなられるとき以外は、かならず会社に戻られます。
そして加藤専務に、留守中の事をことこまかにおたずねになっていらっしゃいますから」
「病気なのよね、もう。中毒症よ、もう。
でもね、浮気するために働いてるのかもよ。
ほら、あれよ。晩酌といっしょ。力いっぱい仕事してさ、汗をたっぷりと流してさ、お風呂にゆったりと浸って。
それからいただく一杯のお酒。おいしいんですってね?」
「でも、小夜子奥さま。社長は、ほんとうに小夜子奥さまを大事に思ってみえます。
ぼくが太鼓判をおします。あ、ぼくなんかのそれでは、屁のつっかい棒にもなりませんね」

 ランプ亭というプレートが付いた、いちげんの客を拒否するがごとくに重々しい両開きのドアが、竹田の足を止めさせた。
「なにしてるの? はやく開けて」。たじろぐ竹田に小夜子が叱りつけるように言った。
ドアの取っ手に手を入れたものの、鉄製のそれは、やはり竹田の侵入を拒否するかのように感じたられ。
“おまえごときが入る場所ではない”とでも言いたげに、少し後からではびくともしない。
「もう、じれったいわね。こんな入り口で」と、きついことばが飛んできた。
「武蔵はすぐにあけてくれたわよ」。竹田のこころに突きささる。
「申しわけありません、なれないものですから」。両手で取っ手をつかんで、やっと開けることができた。

 



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