昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百十八)

2023-02-08 08:00:17 | 物語り

「誇りよ、自尊心よ。そうね、自分を信じる思いでもあるわね。
よくいるでしょ、『あたしなんかどうせ・・』って愚痴をこぼす女が。
自分で自分を卑下してどうするの! そう言いたいわ。
『貧乏人だから、片親だから、学校を出ていないから……』。
色々言い訳をするけれど、そんなの自分を信じていないからよ。
『おかめみたいなあたしなんか』ですって? 冗談じゃないわ! 女を顔で評価する男って、最低よ。
それを受け入れる女もまた最低よ! 男に媚びてどうするの。しっかりしなさい! って、いいたいわ」
 舌鋒するどく語る小夜子に、勝子もたじろいでしまう。
これ程に激しい小夜子を、勝子は知らない。
毅然とした立ち居ふるまいをする小夜子ではあるが、今日のいまの小夜子は激しすぎる。

「怒ってるの? 小夜子さん。だったら謝るわ、あたし。
ごめんなさいね、馴れ馴れしくし過ぎたみたいね。分もわきまえないで、ほんとにごめんなさい」
 肩をすぼめて小さくなる勝子に、あわてて小夜子がいった。
「ちがうの、勝子さんに怒ってるんじゃないの。
勝子さんをジロジロ見てるあの女性たちに、腹が立ってるのよ。
新しいものにたいしていつも反発するあの女性たちに。
そのくせ誰か有名人がみとめると、手の平をかえすように賞賛して。
きのうまで敵対していたのに、きょうは大拍手みたいな。
あたしもね、初めのころは同じだったの。ジロジロ見られて、眉をひそめられて。
でも、あたしは負けなかった。キッと睨みつけてやったわ。
『文句あるの!』って、心のなかで叫んだりして」

「小夜子さんらしいわ。でも、そういわれれば、あたしもそうだったかも。
小夜子さんとこうして親しくしてもらえなかったら、たぶん小夜子さんのこと、良くは思わなかったと思うの。
ごめんなさいね、こんなこといって。ひがみなのよ、ひがみ。わかってるのよ、ほんとはね。
でも、小夜子さんがいったみたいにね、『あたしなんか、どうせ』の口なの。努力もしないで、やっかみで文句をいうのよ。
居るでしょ、文武にすぐれた人って。その人が男性ならね、憧れになるのよ。
もちろん女性でも、憧れる人はいるわ。その人は特別ね。神さまみたいなもの。
ただ、心のどこかで反発する気持ちもあると思うの。
『あたしだって、金持ちの家に生まれていれば……』なんて思っちゃうのよ」

 勝子の本音だった。
 いまの境遇に不満をいだいてる己を、小夜子にはかくしたくない。
小夜子に嫌われるのではないかと思えることでも、小夜子に軽蔑されるかもしれないと思えることでも、ことばにし行動にうつしたいと考えてみたりもした。
しかしその思いを強くすればするほど身がすくんでしまう。
凛としたすがたの小夜子を思い浮かべて、“新しい女、新しいおんな、あたらしいおんなになるの”と呪文のようにとなえてみる。
だめだった。小夜子を思い浮かべてしまうと、とたんに萎えてしまう。
結局は、小夜子からのがれられない勝子だった。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿