昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百九十三)

2022-12-06 08:00:27 | 物語り

「勝子、勝利! 小夜子さまを、ほら、ご案内して。そんな玄関でなにしてるの、失礼でしょ」
 中から、声がする。二階建ての家で、土かべが所々はげかかっていたりしている。
玄関のガラス戸もガタガタと音を立てなければ開かない。
「古い家でして」。申し訳なさそうに竹田が言う。「掃除は毎日してくれているのですけ……」と、付け足した。
「なに言ってるの!」。奥から母親であるタキの声が飛んできた。
「お金が取りもどせたんですよ、専務さんのご尽力で」と、五平に対する感謝の言葉口をついたところで、あわてて「母さん! 社長の指示だと言ったろうが。社長のおかげだって」と、荒い声をかぶせた。
「いいのよ、竹田。分かってるから。こういったことは、専務のお家芸でしょうから。
お母さんにそんな言い方をだめでしょう!」と、語気鋭く言った。

 場の雰囲気を変えるべく、勝子が「はーい!」と明るく返事をして、小夜子の手を握ったまま上がらせた。
「ここ、少しささくれてるから、気をつけてね」と、上がり口を指さした。
「勝利、こんどのお休みには直してよ。あんたは、何度も言わないとやらないから」
「わかったよ、いそいでやるから」。「それから、物干し台のがたつきのひと、忘れてないでしょうね」とつづき、「茶の間の桟にたながほしいんだけど」と、際限なくでる。
「そんなに? 一度にはできないから、少し待ってくれよ。人使いが荒いのは、社長以上だよ」
「あんたは、ほんと、要領がわるいんだから」
 互いを責め合うことばが、ポンポンと飛び出してくる。
しかし、そんなふたりの会話がうらやましく思える小夜子だった。

「でも、思い切ったわね。まさか、勝利が、一国一城の主になるなんてねえ」
 小夜子の手をしっかりと握りながら、「ここが勝利の部屋なの。そしてここがお茶の間で、奥がお台所なの。あたしのお部屋もあるのよ、二階に、ね。あとで行きましょ」と、説明しながら廊下を進んだ。
「ね、ね、見て、見て。ちっちゃいけれど、お庭もあるの。いまはまだなにもないけど、お花をね、植えるつもりなの。
そうねえ、春には菜の花と、やっぱり桜よね。夏は、ひまわりでしょ。それに、朝顔よね。
秋はね、とうぜんに秋桜。それと、菊の花よね。大っきいのじゃなくて、小菊が好きなの。
ただね、冬が……。でも、いいの。お庭の土も、少しは休ませないと。
一年中お花が咲いてるのもすてきだけど、疲れちゃうでしょうしね。も
ちろん、そのときどきで、植える場所は変えるつもりなんだけど。ねえ、その方がいいんでしょ?」

 

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿