昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百六十八)

2022-10-05 08:00:58 | 物語り

「御手洗さま、失礼致します。女将のぬいでございます」
カラカラと格子戸の開く音がして、襖がすっと開いた。
「やあやあ、すみませんです。お忙しいだろうに、女将を呼んだりして」
 大仰な手振りで、女将の手を取る武蔵だ。
“ほお、これはこれは。華奢に見えたが、どうしてどうして。
細い指ではあるけれども、結構力があるぞ。握り返してくるこの感じ、中々のものだ”
「とんでもございません。すぐにお伺いするつもりが、遅くなってしまいました。
ほんとうに申し訳ありません。
あらためまして、本日は当高野屋旅館にお出でいただきまして、誠にありがとうぞんじます。
誠心誠意、つとめさせていただきます」

「なになに、美人の女将のお誘いだ。断ったりしたら、罰が当たると言うものです。
実は女将を呼び立てしたのは、他でもない。当地の特産品についてね、ひとつご教示願おうかと思って。
道々でお話したとおり、東北の特産品を扱うことに決めたのです。
そこまでは良かったけれども、とんと物が思い浮かばない。
それにもまして、一体全体どこに行けば良いのかと思案中です。
最悪役所に駆け込もうかと考えてはいるのですが、ちとみっともないのではないか……と。
軽く見られるのも、性分からして許せないし。今回は勇み足だったかと、後悔の念が湧いてき始めているんです。
助けてもらえませんか、是非に」
“なあに、目星は付けてあるんだよ。でもまあ、女将と話がしたくてね。
それで呼んだけれども、さてとどうするか? 仕事のことは早めに切り上げて、艶っぽい話でもしようや”

「あらあら、あたくしのような素人に教えを請われるなんて。
社長さま、案外無鉄砲でございますね。それとも、おからかいになられてます? 
そのお顔からして、大体の目鼻をお付けになられているのでは? 
でもまあ、承知致しました。鉄器類を扱わられるおつもりでしょうから、見知りおきの工房をご紹介させていただきます。
それに、こけしはいかがでしょう? キナキナこけしが当県産でございますが、お隣の県ではございますが、宮城の鳴子こけしなどもお宜しいかと思います。
失礼いたしました。キナキナと申しますのは、頭の部分がくらくらと動く人形でございます。
東北では赤子のおしゃぶりとして、出産祝いなどに大変重宝されておりますよ。
農民たちが一年の疲れを取るためにと温泉に出かけた折の、子どもたちへのお土産物として作られております。
懇意にしております工人がおりますので、是非そちらにもお立ち寄りください」



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